正しさを疑わない世界
「なんだ……?」
海斗はホールの窓から外の様子を見ると、何台かの戦車が遠くのビルを砲撃し、その戦車を盾に身を伏せている軍服を着た男たちも、同じ方向に向かって銃撃戦を繰り広げていた。
「どうなってんだ!? 一体外で何が起こってる?」
海斗は外が危険だと悟ると、新宿スカイアレシアの表口から出ようとせずに、裏の階下にある地下鉄駅入り口へと向かった。
爆撃の音は絶えず鳴り響いており、地下鉄への通路も瓦礫で塞がれてしまう可能性がある。
……恐らくこの様子だと地下鉄も動いていないだろう。
この場から避難するため、海斗は線路伝いに他の駅へ逃げることを考えていた。
「君! 何処へ行くんだ?」
突然、海斗は背後から声を掛けられ驚いて立ち止まる。
見ると軍人と思われる男二人が、銃を構えてこちらを警戒していた。
「どうした? 何故軍服を着ていない?」
「怪しい男だ、捕まえろ!」
軍人の二人組は海斗を捕まえようと迫って来た。
海斗は身を翻して通路の奥へ進もうとすると、後ろから激しい銃撃音が鳴り響く。
(嘘だろ……民間人を撃つのかよ)
海斗は銃弾の雨を避けながら、新宿スカイアレシア前駅のホームへ辿り着く。
周囲を見渡すと人っ子一人おらず、当然ながら地下鉄も動いていなかった。
海斗は急いで線路へ下りて、自分の足で次の駅へと向かった。
(さっきの軍人は撒いたようだな、危うく撃たれるところだった)
……そう安心したのも束の間、前方からライトを照らしながら歩いて来る者が現れた。
海斗は慌てて暗闇に身を隠してやり過ごそうとしたが、何故かその人物は海斗の前で立ち止まった。
「……おい、隠れても無駄だぞ、メモヴェルスの輝きで丸見えだからな」
声の高さで海斗は女性だと分かると、恐る恐る壁の端から顔を出した。
「あんた誰?」
「貴様、悪しき者を倒した後にどうなるか聞いてなかったのか? 準備不足は命取りになるぞ」
「き、貴様……? あんたと俺って初対面だよな、呼び方どんだけ馴れ馴れしいんだよ」
「いや、初対面ではないぞ。ああそうか、七奈美と言えば伝わるのか?」
「ええっ!? 七奈美さん? 顔が前と違うんだけど」
共通しているのは美人というだけで、前に現れた七奈美とは似ても似つかなかった。
「現実世界……すなわち『現界』で私とシンクロする体を探すのは骨が折れるからな。顔が似てなくても仕方がないんだ」
「あんたが七奈美さんだという証拠は?」
「知れたこと、私はメモヴェルスの力に触れている。貴様が懐に忍ばせても、その輝きは遠くからでも視認できるぞ」
「……そうか、じゃあ味方だと信じて良さそうだな」
海斗はイヤホンマイクを通して仁翔とコンタクトを取る。
「お師匠、新宿スカイアレシアからの撤退に成功。それに……七奈美さんと再び遭遇しました」
「七奈美……誰じゃ?」
「俺にメモヴェルスのカードを渡してくれた人です」
「ああ、幻異界の核より放たれた思念体の一人じゃな。そいつは実体を持っておらんから、前の女性と違って驚いたじゃろ?」
「……その通りですね」
海斗はもう一度、七奈美の顔をまじまじと見つめた。
七奈美は「フン」と鼻を鳴らし、海斗から顔を背ける。
「性格の悪さは前と変わってないみたいですが」
「変わるのは実体だけじゃ、性格は変わらん」
「……おい、聞こえているぞ。貴様だって失礼なこと言ってるだろ」
七奈美は苛立たし気に海斗へ文句を言う。
「とりあえず七奈美さんを連れてシェルターに戻ります。ただ無事に帰れるか分からないですけど」
「やれやれ、善き者が現実世界の過去を書き換えるとこうなるんじゃ。正しさを疑わない世界というやつじゃな」
「正しさを疑わない世界……?」
「おい、グダグダ言ってないで早急にこの場を去るぞ。ここもまだ安全ではないからな」
七奈美は海斗に背を向けて次の駅へ向かった歩き出した。
海斗は通信を切ると慌てて七奈美の後を追う。
「先に言っておくが、貴様の過ごした東京はもう存在しない。新宿区や港区などの名称も使われていないし、すでに番号制になっている。今の東京は巨大な軍事拠点と化したんだ」
「どうしてそんな……」
「貴様が悪しき者を倒したからな。ミゼラムのような小者でも、ちゃんと役割があるんだよ。それは過去に住まう悪しき者たちとの連絡役だ。ミゼラムが倒され、奴らはこの時代における実効支配を同時に失ったんだ。よって今の時代は善き者たちの独占状態となり、奴らの都合で過去が書き換えられている。私は書き換わるタイミングでこの体を借りたのさ」
「何故このタイミングで?」
「過去が書き換えられると日本の地形すら大きく変わる。今の東京の地図を熟知している者が必要だろ?」
「……それはまあ確かに」
「じゃあ付いて来い。私が旧後楽球陣城塞へと案内するから」
「そんなこと言って、また体から湯気が出て消えちゃう可能性もあるんでしょ?」
「いや、大丈夫だ。悪しき者が倒され、この世界は大きくバランスを崩している。善き者も辻褄合わせに必死だから、私に構っている余裕なんてない。奴らが最も恐れるのは、貴様がメモヴェルスの力に触れる瞬間だけだ。それはもう済んでいる」
七奈美は地下鉄の線路伝いに歩いていると、途中に管理施設へ抜けるドアを見つけた。
「ここから地上に出よう。銃弾が雨あられと飛んで来るかもしれないが撃たれるなよ」
「冗談キツイぜ……」




