ラファエル
ロハンと大男は、再現された渋谷の街に足を踏み入れた。
隣に付いて来た狼が、舗装された道の感触を楽しむように、全速力で街の中を駆け抜ける。
目の前のビルには2階に大型店舗のカフェがあるため、大男は嬉しそうにそのカフェへ向かった。
「ガハハ! 見ろよガラガラだぜガラガラ。今わの際の夢の中だって、こんな光景は拝めやしねぇぞ」
大男は店舗にあるコーヒー製品を物色し始める。
ロハンは置かれているテーブルや椅子などを触り、その感触を確かめていた。
(す、凄い……ハリボテだと思ってたのに、完璧に再現されている。どんな魔法を使ったんだ?)
戸惑いの表情を浮かべているロハンを見て、大男が苛立つように声を掛ける。
「おい! コーヒーを淹れてやるから飲めよ。飲み放題だぜ飲み放題!」
「コーヒーは苦くて飲めません」
「なんだよ! 舌はお子様なのか。面倒クセェな、おまえさんは。俺はコーヒー淹れるのが上手いんだぞ」
「ごめんなさい……でも、ここまで建物を再現できるのは凄いですね。本当に魔法を使ったんですか?」
大男はコーヒーを淹れながら、ブルブルと首を横に振る。
「いいや、魔法なんかじゃない。ちゃんと確定した未来にある技術だ。この世界の物理法則にも従っているし、科学的に説明することもできる。ただ、おまえに説明してもチンプンカンプンだろうな。この時代の人間に、スマホの構造を説明しても分からないのと同じだ」
そう言うと、大男は近くにある椅子に腰掛け、カップにコーヒーを注いで飲み始める。
「僕にこれを見せて、何を学べと言うのですか?」
「ああん? 頭が悪いなおまえさんは。これを見て何も思わないのかよ」
「驚きはしましたけど……」
大男はズズズとコーヒーを啜り、乱暴にカップをテーブルの上に置いた。
「だからよ! 人間を創造することなんざ、俺たちにとっては立ちションするくらい簡単なんだよ!」
ロハンは内心(下品な例えだな)と思いつつも、その事実にしばらく言葉を失う。
「いいか、今一度よく考えてみろ。何度も転生を繰り返したり、凶悪な化け物と戦ったり、しかも神話の世界にまでおまえさんは足を踏み入れているんだ。人間を創造することなんざ、些細な出来事に過ぎないんだよ。いい加減に慣れるんだな」
「……だって」
「だってもクソもねぇ! おまえが自覚してくれないと、話が先に進まないんだよ。こっちだって無駄な苦労を背負い込みたくないからな」
「そう言うおじさんは誰なんですか? 僕を助ける理由とかもまだ聞いてないし」
「俺か? 俺は『旅人を癒す者』だ。人の子の世界では大天使だの、ラファエルだのとか呼ばれているがな」
「大天使……ラファエル」
その名前を聞くと、ロハンは三歩ほど後ろに下がって身構えた。
「どうしたよ?」
「おじさんは……僕の敵ですか?」
「ああん? どういう意味だ」
「以前聞いたことがあるんです、僕はサタンやルシファーの化身だって。神話の世界に関係があるなら、僕は大天使にとって敵になるでしょ」
ラファエルは再びコーヒーを一口飲むと、カップを置いて大きく溜息を吐いた。
「確かに、おまえさんは俺たちに盛大な喧嘩を売った。だがよ、今のおまえは完全に抜け殻だ。ここで殺しちまっても、な~んも意味がねぇ」
「抜け殻……?」
「おまえさんの片割れが、次元の狭間をウロついてるんだ。そいつと一体になれば、原初の時代の記憶を取り戻して、完全体になれるだろうがな。そうなった時、おまえは明確に俺たちの敵になったと言えるだろう」
「片割れですか? もう一人の自分がこの世界にいるってこと?」
「そうだ。あえて敵と呼ぶなら、そいつが本体であり元凶だ。そいつは、おまえのイーテルヴィータを閉ざすため、事あるごとに邪魔をしているはず」
その話を聞いて、ロハンは思い当たる人物の顔が頭に浮かんだ。
「メフィスト……ですね」
「ご名答だ」
ラファエルはカップに残ったコーヒーを一気に飲み干した。




