無骨な大男
――どのくらいの日数が経過しただろうか?
ロハンは意識を失ったまま、一向に目を覚ます気配がない。
悪戯に時間だけが過ぎ、彼が起き上がる時はもう来ないと思われたが、ある日、自分の頬を舐められた感触があったため、眉間に皺を寄せながらゆっくりと瞼を開いた。
見ると、隣には友人である狼が心配そうにロハンの顔を見つめている。
「あ、あれ……サラかい? 僕は一体どうなっちゃったの?」
ロハンは痛む体を摩りながら起き上がると、愛おしそうに擦り寄る狼の頭を、優しく撫でてあげた。
「なんだか悪い夢をずっと見ていたような気がしたよ。恐ろしい女の人に両腕を切り落とされたんだ……酷い話だよねぇ」
「残念だが、それは夢じゃない。実際に起きた出来事だ」
突然、背後から聞き慣れない声で話し掛けられたため、ロハンは体を強張らせながら振り向く。
そこには筋骨隆々の大男が一人で立っていた。
「お、おじさんは誰?」
「ようやく目覚めたか……人の子の体は回復に時間が掛かるな。丸三日間、おまえは眠り続けたんだぞ」
「夢じゃなかったってどういう意味ですか? 僕は両腕がなくなったんですよ」
「俺が治したんだ。少しは感謝して欲しいものだな」
ロハンは驚いて自分の両腕を見たが、肩の辺りに少しの傷跡があるだけで、以前と変わらず自然に動かすことができる。
「そ、そんな簡単に腕ってくっつくものなの?」
「俺はこういうのが得意でね。詳しく説明すると長くなるから、まあ素直に治ったことを喜べや」
大男はガハハと大きな声で笑った。
「……さて、先にやることがあるぞ。まずはおまえのイーテルヴィータを確定しろ。このカードに触れさえすりゃいい」
「い、いーてる……なんですかそれ?」
「いいからカードに触れるんだよ!」
大男は懐からカードを一枚取り出すと、ロハンの目の前に突き出す。
ロハンは言われるまま、恐る恐るカードに触れてみると、数秒後には今までの記憶がすべて蘇った。
「あ……」
「思い出したようだな」
「なんか変……体は子供で頭の中身は大人って感じで」
「おまえが6年分の世界を飛び越えちまうから、まだ体に違和感があんだよ。まったく、こちとら探すのに骨が折れちまったぞ」
「ま、まさか七奈美さん? 今度はなんでよりにもよって、そんな厳つい入れ墨だらけの凶悪犯みたいな男の体を選んだんですか?」
「違う違う、俺はおまえの知る相棒じゃねぇ。それに……よりにもよってとはなんだ、よりにもよってとは」
「なんだ、七奈美さんじゃないのか。良かった」
「何がいいのか分からねぇが、おまえさんの相棒とやらは、何処かの世界に閉じ込められちまったぞ。状況は大ピンチだ」
「そ、そうなんですか? それが本当なら助けに行かなきゃ!」
ロハンは立ち上がろうとするも、何故か体に力が入らずに転んでしまう。
「……あれ? 力が入らない」
「長く寝てたから養分が足りないんだろうな。こっちに食事を用意してあるから、まずは食っとけ」
「なんで僕を助けたり、面倒を見てくれるんですか? それに……あなたは誰なの?」
「食いながら話そうぜ。俺もこいつも、腹が減ったからな」
そう言うと、大男は嬉しそうにしている狼を指差した。
――そしてロハンと大男は、洞窟の中にある食事場へ向かうと、そこには豪勢な料理が隙間なく並べられていた。
「凄いな……これ、おじさんが全部用意したんですか?」
「細かいこと気にしねぇで、さっさと食いな。箸が欲しいなら先に言えよ」
「いつも通り手で食べます」
「インド人らしいな」
大男は近くにあった肉などを次々に口の中へ運ぶと、それを頑強な顎で磨り潰すように食べてしまう。
そんな食べっぷりを横目に、ロハンは魚料理を中心に平らげてゆく。
「おう、そこの狼。おまえさんには缶詰入りのドッグフードをやるから、こっちに来な」
その話を聞くと、ロハンは「ぶっ」と口から音を出しながら驚いた。
「か、缶詰? どうしてそんなものがこの時代に?」
「……何か問題でもあるのか?」
「だって今いる世界は17世紀初期のインドですよ。缶詰なんてこの世に存在すらしていないはず……」
大男はロハンの話を聞いて、呆れたように大きくため息を吐く。
「やれやれ、すっかりおまえさんは忘れちまってるようだな。こっち側の存在だってのに、実に嘆かわしいもんだ」
「……こっち側の存在?」
ロハンが首を傾げる様子を見て、大男は少し怒りを込めた声でこう言った。
「よく聞け『光を運ぶ者』よ。おまえは幻異界を代表する、創造主たる存在なんだぞ!」




