悪女の姉
「う、う〜ん」
ロハンは目を覚ますと、洞窟の中で自分が逆さまに吊るされていることに気が付いた。
蜘蛛の糸のようなものが足に絡み付いており、手で解こうとしても簡単には外せそうにない。
こうしている間にも、全身の血液が頭に向かい、なんとなく意識まで朦朧として来た。
「無駄よ無駄。その糸は鉄製のナイフでも切れないから」
下から女性の声が聞こえたため、ロハンは視線をそちらに向けようとする。
するとそこには、身長が2メートルを超えそうな大柄の女性が一人で立っていた。
「頭に血が上り過ぎて、かなり苦しそう。まあ、それくらい苦しんでくれなきゃ、妹の復讐にはならないのよね」
「あ、あなたは誰ですか? どうしてこんなことをするの?」
「そりゃ知らないわよねぇ……まだイーテルヴィータを確定してないんだし。でも、そんなこと関係ないわ。あなたが覚えていようがいまいが、妹を殺した事実は変わらないんだから」
「何を言っているのか分から……」
ヒュン!
ロハンの言葉を遮るように、風を切り裂く音が耳元で聞こえた。
そして次の瞬間、ロハンの右腕がボトリと地面に落ちる。
「ふぎぃ!」
右腕を切り落とされたロハンは、あまりの痛みで口から泡を吹いて気絶しそうになる。
「あ〜ら、痛かったかしら? これから四肢の一本一本を切り落として、芋虫のようにしてあげるわ。その後、原生種を大量に寄生させてあ・げ・る」
「た、助けて……」
ヒュン!
再び、風を切り裂くような音が聞こえると、今度はロハンの左腕がボトリと地面に落ちる。
この激痛により、ついにロハンは気を失ってしまう。
「また気を失ってみっともないわね。少しは気概のあるところを見せなさいよ、男の子でしょうに」
……だがロハンから返事はない。
こうしている間にも、ロハンの肩から大量の血が流れ出ており、いずれ出血多量により死ぬことになるだろう。
「さ〜て、あなたのイーテルヴィータを閉じてあげるわ。ここまで頑張ったのに残念ねぇ。さっきは長く苦しませるつもりだったけど、気が変わったから、さっさと死んでもらいましょうか」
――その時である。
ロハンを助けに来た狼が、女性の腕に思い切り噛み付いた。
「いった~い!」
だが女性は顔色一つ変えず、狼を頭上に持ち上げると、そのまま投げ飛ばして壁に激突させた。
狼は今の衝撃で肋骨が折れたのか、吐く息に「ヒューヒュー」と空気が漏れるような音が混じる。
「この子と一緒にいた狼ね。悪いけど、噛み付こうが蹴りを入れようが、私にはノーダメなのよ。黙ってこの子が死ぬのをそこで見ていなさい」
そんな言葉に対して反抗するかのように、狼はフラツキながら立ち上がる。
「まったく……これだから動物は大っ嫌いよ!」
ヒュン!
またしても風を切り裂くような音が聞こえたが、狼の手前でその音が掻き消されてしまう。
「……あれ?」
女性は不可解そうな表情を浮かべ、自分が放った糸の先端を確認すると、その先端を掴んだ人間の存在に気が付いた。
「やれやれ、物騒だな。こんなものを飛ばして生き物を切り刻むとは、悪趣味にもほどがあるぜ」
見ると、筋骨隆々の入れ墨だらけの男が、女性の目の前に立っている。
「……あんた誰よ、邪魔しないで!」
「そうは行かないな。子供と動物を甚振るのを黙って見てられるか」
「じゃあ、あんたが先に死にな!」
女性は自分の腕を胸元まで引き寄せると、力を溜めているかのように手を握り締め、次の瞬間、手の平から無数の糸を吐き出した。
その糸が男の腕に巻き付いたが、男は慌てる素振りも見せずに仁王立ちしている。
「あのよ、おまえさんが物理的な攻撃が効かないなら、俺だって効かないんだよ。こんなフニャフニャな糸なんざ、簡単に解けちまうぜ」
「なにっ!?」
巻き付いていた糸を鷲掴みした男は、その糸で女性の体ごとクルクルと空中で振り回した後、そのまま投げ飛ばして壁に激突させた。
そして「グワっ!」という叫び声が遠くから聞こえる。
「……これで、この狼とお相子だな。まあ、おまえさんがノーダメなのは分かってるがよ」
瓦礫の中から女性は立ち上がると、鋭い目つきで男を睨んだ。
「あんた……こっち側の存在だね。名を言いな!」
「名などない。まあ、強いて言うなら『旅人を癒す者』と呼ばれている。それだけ言えば、いくら察しの悪いおまえでも分かるだろう」
――女性は男の話を聞いて、たじろくように二、三歩後ろへ下がった。
「あ、あんた……なんでこいつの手助けなんかするのさ! 完全な戒律違反でしょ!」
「その戒律を定めているのは俺たちだ。おまえに指図される筋合いはない」
「きき……きいいいいいぃぃぃぃぃ! 悔しい悔しいくやっしいいいいいぃぃぃぃぃ! こんなこと絶対に認めないんだから!」
女性はヒステリックに叫ぶと、急に跳び上がって天井に張り付いた。
「今日はその子供を見逃してあげるけど、必ず私の手で殺してやる! イーテルヴィータを確定した後にこう言いな!」
女性はギリギリと歯軋りした後にこう言った。
「私は悪しき者の刺客、マラーニャの姉、ヴェノーニャだってね!」




