原生種が神と呼ばれる世界
ブゥン、ブンブン、ブゥゥゥーーン。
耳元で虫の羽音のような騒がしい音が聞こえた。
ロハン・カムダウルはその音で目を覚まし、慌てて起き上がると、隣で寝ていた母親の容態を確認しようとする。
「ママ……ママっ!」
いくら呼び掛けても返事はない。
原生種に足を食い千切られた母親は、出血多量により、すでにこと切れていた。
その血の匂いに誘われたのかは分からないが、母親の周りには死体に卵を産み付けようとする羽虫たちが集まっている。
「止めろっ! 止めろよっ!」
ロハンは羽虫を手で払いながら、母親の死体を強く抱き締めた。
――ハザルの村から逃げて、一週間ほど経っただろうか?
たった二人の幼い子供とか弱い女性では、この森の中で生き抜くのも限界があり、案の定、母親は原生種の群れに襲われて両足を失ってしまった。
どちらにせよ、生き残ったロハンはハザルの村で原生種の生贄として捧げられる予定だったため、単に生きる時間が、ほんの僅かに延びただけの話である。
これなら村から逃げずに、母親だけでも助かる道があったはずだ……そう思うとロハンの目から涙が溢れ出た。
(ごめんね……ごめんね……)
冷たくなった死体に語り掛けるように、ロハンは心の中で謝罪を繰り返した。
ドォーーン、ドォーーン、ズズズズズ、ドォーーン。
遠くの方で巨大な何かが歩いている音がする。
あれは恐らく原生種だ……それもこの地域を統べる『ジャガン』と呼ばれる原生種である。
(あんな怪物に、僕は食われるところだったのか……村の人たちも酷いや)
10年に一度、村の子供は生贄としてジャガンに捧げられる。
こうした周期から、9~12歳の子供が対象となるが、村の長に賄賂を贈り続けた者は免除になることが多いため、ロハンのような貧しい家庭では真っ先に選ばれてしまう傾向にあった。
ジャガンは食欲があまりなく、10年に一度だけ子供を食べれば、この地域に住む人間を襲うことはない。
だが一度でも反故にすれば、他の原生種たちと結託して村を襲い、根絶やしにするまで食らい尽くすと言われている。
この世界では、原生種が「神」に等しい存在として扱われているのだ。
そのため、村の者たちは血眼になってロハンを探すだろうから、こんな森の奥地まで逃げるしか方法がない。
(これからどうしよう……)
もう村には戻れず、他の人間も信用できない。
だが一人で森の中で生き残れるほど、ロハンにサバイバル能力が備わっているとは思えず、少し歩いただけで原生種たちの餌食になるのは目に見えている。
(とりあえず、ママのお墓を作ろう。それくらいしかやることがないや)
すでにロハンは自分の命を諦めたのか、母親の傍で死ぬことを覚悟したかのように、手で穴を掘り始めた。
――その時である。
「いたぞっ! ロハンだ!」
背後で自分の名前を呼ぶ声がしたため、ロハンは驚いて振り返ると、そこには村の者が刃物を持って近付いて来るのが見えた。
「うわぁぁぁ!」
ロハンは叫びながら走って逃げる。
だが大人の走る速度には負けるため、数秒後には腕を掴まれ、捕らえられてしまった。
「へへへ、捕まえたぞ! 大人しくしやがれ、このクソガキがぁ!」
「離して、離してよっ!」
「離すワケねぇだろ! おまえがジャガンに食われれば、村の者たちは全員助かるんだよ」
「僕だって死にたくない!」
「うるせぇ! いい加減に諦め……」
急に男の声が途絶えたため、ロハンは何が起きたのか目で確認すると、魚の口のようなものに、男の頭がすっぽりと包まれているのが見えた。
そして、口の中でバリボリという音が聞こえ、首筋を伝って大量の血液が流れ落ち、やがて男の服が真っ赤に血で染まった。
男の頭を食べたのは、この森に棲む中型の原生種である。
「ひっ!」
掴んでいた手の力が緩んだため、ロハンは素早く振り解いて、森の更に奥へ逃げようとした。




