運命のダイス
この『次元の狭間』では、原初の者たちが創造した世界が無限に存在し、まるで絵の具を混ぜ合わせた泥濘のように、互いに混じり合いながら胎動している。
遠くには中世時代の巨大な都市が空に浮かび、その中では全身を青銅の鎧で包んだ兵士たちが、武器を手に持って殺し合っていた。
また隣の世界では、灰色の砂が積もった砂漠が広がり、10メートルを超えるであろう蠍の大群が、水の湧く集落に住まう人々を貪り食っていた。
他にも地中深く埋もれた世界では、原生種に寄生された人々が世を支配しており、死臭漂う中で生き残った者たちが、銃を片手に藻掻きながら戦いへ身を投じていた。
――そんな凄惨な光景を目にしても、単なる一つの世界、一つの人生として恒久に処理され続けるのが、この次元の狭間における普遍である。
「……ああ、また戻って来たのか」
この光景を見るのは二度目だと俺は思った。
メモヴェルスの欠片には触れていないのに、穂積海斗として17歳になったことは不思議と覚えている。
そしてここが次元の狭間であることも、何故か覚えていた。
「この先に、メフィストのいる古書店があるはず」
俺は眼前に広がる荒野に足を踏み入れると、道なりに進みながらメフィストのいる古書店を目指した。
――しばらく歩いていると、目の前に巨大な十字架を背負った男が、こちらへ向かって歩いて来るのが見えた。
その十字架は人間の肉塊で形作られており、滴る血がその男の服を真っ赤に染めている。
「奴らは私を見捨てた……奴らは私を見捨てたのだ……」
すれ違う時、その男の口からそんな言葉が聞こえた。
何があったのかは分からないが、俺が声を掛けても反応がないため、恐らくこの次元の狭間を永遠に彷徨っている者なのだろう。
その男が浮かべる苦悶の表情……まるでこの世の業をすべて受け入れたかのような形相である。
(……ここは地獄なのか?)
次元の狭間とは名ばかりで、人間の想像し得る「地獄」とは、まさにこんな場所なのかもしれない。
……そんなことを考えながら、俺は更に道なりに荒野を進むと、殺伐とした光景の中にポツンと建っている、古書店らしき建物が現れた。
ギィィィと音を立てながら古書店の扉を開けると、店の奥で書籍を整理するメフィストの姿が見える。
「……おい」
俺は忙しそうにしているメフィストに声を掛けた。
「おやおや、いらっしゃいませ。ちょっとお待ちください、書籍の整理が終わりませんので」
「こんなところに客が来るワケがないだろ。忙しそうなフリをするなよ」
「そんな身も蓋もないこと言わないでくださいな。本当に忙しいのですよ。そこで本でも読んで待っていてください」
メフィストに言われ、俺は渋々近くにあった書籍の一つを手に取り、パラパラと捲って読み始めた。
「天の使いが禁忌を犯した原罪について……その事例の一つとなるアザゼルの反乱とは……産み落とされたネフェリムが姿を変えた経緯……これってなんの話だ?」
読み進めてもまったく内容が分からず、俺はパタンと本を閉じて、別の商品を手に取った。
「天の使いたちは名を持たない。彼らは言葉として残せるような名を持っておらず、例えば【ミカエル】などは、人の子らが独断で創作したものである。天の使いたちは互いに抽象的な表現で呼び合う。ガブリエルであれば『神の言葉を伝える者』、ラファエルであれば『旅人を癒す者』、そして争乱を起こしたルシフェルであれば『光を運ぶ者』などがこれらに該当する……どうやらこいつも神話に関係した本のようだな」
俺はしばらく本を読んでいると、メフィストが書籍の整理を終えたのか、パンパンと手の埃を払い落としながら、こちらに向かって歩いて来た。
「やれやれ、ようやく終わりましたよ」
「……遅いよ」
「怒らないでくださいまし。それにしても、その本をよく読めますね。人の子が理解できるような言葉で書いてないのに」
「そうなのか? ちゃんと日本語で書いてあるような気がするけど」
「そんな気がするだけですよ。まあ、転生を繰り返している貴方が、まともな人間であるかは別の話になりますがね」
「嫌味を言うな」
俺は書籍を元にあった場所に戻した。
「さてはて、今日はどういったご用件ですかな?」
「こっちが聞きたい」
「ははは、それはごもっともな話で。私の酔狂に付き合って欲しいため、また貴方をここへお呼びいたしました」
そう言うと、メフィストは宝石を収納するような西洋風の小箱を取り出す。
「……これはなんだ?」
「いいから、開けてくださいまし」
俺はメフィストに言われた通り、小箱を開けて中身を確認する。
その中には深紅のダイスが一つ転がっていた。
「ダイスだな……ボードゲームでもするのか?」
「いえいえ、そんなお遊び事ではありません。貴方にとっては極めて重要なツールになります」
メフィストは小箱からダイスを取り出すと、俺の手の平の上にそっと置いた。
「このダイスの出た目の数だけ、貴方の年齢が若返るのですから」




