終わりと始まり
海斗のパンチをモロに食らったソルトニスだが、少しだけ体が仰け反っただけで、すぐに態勢を立て直す。
「い、痛いですね……だが、その程度の威力では私は倒れませんよ」
「強がるなよ」
「うるさいっ! 今のは油断しただけで、本番はこれからです」
そう言うと、ソルトニスは大きな口を開けて叫び声を上げる。
あまりの声の大きさに思わず耳を塞いだ海斗は、両手が疎かになってしまい、懐へ飛び込んで来たソルトニスの攻撃を防ぐことができないでいた。
「ぐわっ!」
ドン! と音がした瞬間に、海斗の鳩尾に激痛が走り、そのまま彼は数メートルほど後方へ吹き飛ばされてしまう。
今まで受けたことのない痛みにより、しばらく海斗はその場で蹲って動かなくなる。
「ヒョヒョヒョ、痛かったですかぁ? 今度はどんな苦しみを与えて殺してさしあげましょうか」
ソルトニスはフェンシング用のフルーレを取り出し、切っ先を海斗へ向けた。
「このフルーレで、何度も目玉を突っつくとか面白いかもしれないですねぇ。あ、当然ながら貴方の家族も同様に、私の拷問で苦しんで貰いますよ。大量の原生種を寄生させ、また30年ほど長生きできる特典付きでね」
「お、おまえ……血も涙もないのかよ」
「人の子と私たちを同列に扱うな! 我々は、貴様たちのような陳腐な感情に振り回されることのない、崇高な存在なのだ。さあ、その醜態を晒したまま苦しんで死ね!」
追い詰められたと思われた海斗だが、何故か俯いたままニヤリと口角を上げた。
「……な~んちゃって」
――次の瞬間、海斗の拳がソルトニスの頬を捉える。
メリメリと拳が頬へ食い込むと、そのままソルトニスは殴り飛ばされ、思い切り壁へ激突した。
「げげげ? ぎ、ぎぎ……ぎざまぁ」
「おまえ、弱いな。今まで出会った刺客とは比べものにならないほど弱い。裏で俺の過去をコソコソと書き換えてたから、本来持っている力を使い果たしたんだろ。俺の衝撃波で消し炭にしてやろうか?」
瓦礫から立ち上がったソルトニスは、フラフラとした足取りで再びフルーレを手にする。
「ひ、人の子の分際で、このソルトニス様に勝てると思うなよ!」
「俺の言っていることが理解できないのか、頭の悪い野郎だな。せめてもの情けだ、これで相手してやる」
海斗は内ポケットからシャーペンを一本取り出す。
「日本刀なんか必要ない。これで十分だ」
「ふふふ、ふざけるなぁぁぁ―――!」
激昂したソルトニスは海斗に襲い掛かったが、その攻撃をヒラリと躱すと、海斗は地脈の力を体内に溜めて衝撃波を放った。
「ぎゃああああああああ!!!」
断末魔の叫び声が聞こえた後、巨体のソルトニスを包み込むほどの衝撃波が全身を貫き、一瞬で彼を肉の塊にしてしまった。
「……これで悪しき者の刺客は始末した。だが、姑息な野郎はもう一人いるよな。そこにいるんだろ? 須崎先輩」
海斗は近くにあった電柱に視線を移すと、そこにはソルトニスとの戦いを見ていた須崎が、電柱の陰に隠れるように立っていた。
「や、やあ穂積君。そのデカイ男に因縁でも付けられたのかい? 僕も手助けするつもりだったけど、必要なかったようだね」
海斗はスタスタと須崎に歩み寄ると、顔面に思い切りパンチをお見舞いした。
「ヒ、ヒィィィ! 鼻が……鼻が折れたじゃないかぁ!」
「うるせぇよカス。おまえも消し炭にしてやるから覚悟しとけ」
「何故だ! 何故過去のトラウマを思い出さない? イーテルヴィータを確定すれば、貴様は廃人になるはずなのに」
「さあな、そんな記憶は何処かに飛んじまったよ。誰かが過去を書き換えてくれたのかもしれないな」
「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁぁぁ! これだけ苦労したんだ、僕は絶対に負けを認めないぞ!」
――突然、須崎は懐に隠していたナイフで海斗を刺そうとした。
だが、海斗は素早くナイフを手刀で叩き落とすと、もう一度、須崎の顔面にパンチをお見舞いする。
「ひぎゃあああ! 今度は反対側に鼻が折れ曲がったぁぁぁ!」
「往生際の悪いヤツだ。消し飛ぶ準備はいいか?」
すると、海斗は地面を強く踏んで地脈の流れを掴もうとした。
その様子を見た須崎は、慌ててその場から逃げ出す。
「……炎と衝撃波のミックスだ、この世界から消えてなくなれ!」
海斗は須崎の背中に向かって、炎と混ぜ合わせた巨大な衝撃波を放った。
地面を削りながら進み続ける衝撃波は、そのまま須崎に襲い掛かり、全身を炎が包んで彼を黒焦げにしてしまう。
体の芯まで焼かれた須崎は、力なく地面に倒れ、二度と起き上がることはなかった。
「終わったな……」
――その時、遠くから女性のような声が聞こえた。
【海斗……海斗、無事だったか】
「その声は……七奈美さん? 今は次元の狭間にいるの?」
【そうだ。イーテルヴィータの確定がギリギリ間に合ったようだな】
「ああ、お陰で刺客に勝つことができたよ。メモヴェルスのカードもここにある」
海斗は懐からメモヴェルスのカードを取り出す。
【良かった……本当に良かった】
「今回は誰がここまでメモヴェルスのカードを運んでくれたの?」
【それは……】
七奈美の思念体はしばらく黙ってしまう。
返答がないため、海斗は周りの様子を調べると、近くに干からびたミイラのような死体が落ちていることに気が付いた。
そのミイラは着ている服もボロボロで、生きている時の面影すら残されていない。
「これは……誰?」
海斗が質問しても、七奈美の思念体は答えなかった。
「もしかして、この世界にいた斎条七奈美さん?」
【あ、ああ……そうだ】
……とても八重野奈波だとは言えず、七奈美の思念体は嘘を吐いた。
「ちくしょう! こんな姿になってまで、命懸けでメモヴェルスの欠片を運んでくれたのか」
海斗はミイラとなった奈波の手を、力強くギュッと握り締める。
「……ごめん、また守ることができなかった」
海斗は涙を流しながら、ミイラに向かって謝り続けた。
【……海斗、これでこの世界の刺客たちを殲滅した。次のステージへ行けるぞ】
「ああ、分かってるよ。これからどうすればいい?」
【その判断はおまえに任せる】
「じゃあ、銃を探しに行こう。この人生を終わらせるんだ」
――そう言うと海斗は、奈波のミイラに背を向けてその場を後にした。




