生と死
「どうした……?」
奈波は急に叫び出す海斗を見て動揺してしまう。
「だから言ったんだよ、彼を助ける必要があるって。でも、もう手遅れかな」
炎に包まれた廊下の奥から須崎が現れた。
見ると、両手に黒い肉塊のようなものがブラ下がっている。
「奈波ちゃん、今回で穂積海斗は50回目の死を迎えることになるよ。正確に言うと【死にかけ】だけどね」
「どういう意味?」
「彼の命が絶たれる瞬間に、過去を書き換えてるのさ。そのまま殺してしまうと、また22歳からやり直しになるからね。そんなことは絶対にさせない。この世界で永遠に苦しませるのが僕たちの目的だ」
「50回も彼の過去を書き換えるだと……そんな力がおまえたちに備わっているとは思えない。ハッタリだ!」
「いや、それが違うんだよ。この世界は特別に、幻異界の核からの影響を強くしているんだ。『刻殺し間』も13地点ほど存在している」
「何っ!?」
「信じられないだろうが事実なのでね」
奈波は驚きでしばらく言葉を失った。
『刻殺しの間』は、善き者、悪しき者でなくとも過去を書き換えられる場なので、創造された世界に1つでも存在することさえ稀である。
その刻殺しの間が13もあるとすれば、過去は書き換え放題だと言えるかもしれない。
ずっと抱いていた違和感の正体が分かると、動揺していた奈波は努めて冷静になり、須崎と再び会話を始めた。
「海斗に何をしたんだ?」
「さっき言った通り、彼が死ぬ直前で過去を書き換えているのさ。君という思念体は、奈波ちゃんの体に入ったばかりだから知らないだろうけど、彼は地獄のような苦しみの中、49回もの疑似的な転生を繰り返している。それは、メモヴェルスにもしっかり記録されているよ。だから彼がイーテルヴィータを確定した時、走馬灯のように49回もの【死の記憶】が蘇ったんだ」
須崎は手に持っていた黒い肉塊を奈波に見せる。
――それは、海斗の母親と妹の首だった。
「今回は彼の目の前で家族を殺してあげたよ。記念すべき50回目にしては、生易しい方法かもしれないけれどね」
「貴様……っ! 今までどんなトラウマを彼に植え付けたんだ!」
「そうだな~、原生種を寄生させて30年ほど苦しませたり、皮を剥いで吊るしたり、キツイ薬物で廃人にしたりとか色々ね。人の子の想像する拷問は、一通り試してみたと思う」
……奈波は、予想を遥かに超えた彼らの残虐性に絶句してしまう。
「うわあああ、ぐっ、ぐえええぇぇぇ」
見ると、倒れていた海斗は口から泡を吹いて苦しみ出した。
「海斗……大丈夫か、海斗っ!」
「ああ~、もう彼はダメだね。狂い死ぬ兆候が出ている。精神と肉体は絶妙に繋がっているから、過去のトラウマに耐えられなかったんだろう。君は過去を書き換えても、またメモヴェルスの欠片を探しに行くんだろ? 彼のためにも止めてあげなよ。見ての通り、イーテルヴィータを確定したら、人として使い物にならなくなる。放っておくのが賢い手段さ」
「くっ……!」
奈波は言い返すことができないでいた。
「では、過去を書き換えてあげよう。八重野奈波として、彼と幸せな人生を送るんだな。その交渉には応じてあげるよ、僕は優しいからね」
――そう言うと、須崎はパチンと指を鳴らした。
すると、周囲の光景がグニャリと歪み始め、奈波の意識が霧の中へ迷い込んだように遠ざかる。
奈波はしばらく気を失ったような感覚になり、5分ほど経過して目を覚ました時は、自分が学校の教室にいることに気が付いた。
「ちょっと~、聞いてるの奈波? 大学は何処を受けるか聞いてるんだけど」
顔を上げると、目の前に千里が立っていた。
「えっ……だ、大学?」
「奈波は1年生の時から成績良かったもんね。やっぱり東大にチャレンジするとか?」
……何処かで聞いたようなセリフなので、奈波は過去へ戻ったことを悟った。




