新宿大戦
――そして一週間後。
海斗は大型の原生種を退治するため新宿に向かっていた。
今まで駆除した港区や明治神宮に巣を張る原生種とは違い、新宿に棲み着いたものは人間の淀みを極限まで蓄えているため、恐らくかなりの難敵であると思われた。
数年前、芸能界で活躍していたトップアイドルがホストへ転身し話題となった。
歌舞伎町はホストクラブの中心街となり、そのトップアイドルの姿を一目見ようと、全国から数千万のお金を手にして女性たちが集まって来た。
今日ではネットに押され斜陽となったテレビ局もその流行に便乗し、深夜にも関わらずホストクラブの中継を試みるなど、視聴率稼ぎに躍起となる。
また政府の意向で風営法の規制から外され、いつしかホストは子供たちにとって憧れの職業の一つとなり、その流れから歌舞伎町ではホストクラブと同じく規制から外されたキャバクラも乱立し、これらのお店で働くアイドルが増加の一途を辿った。
……そして昨年、新宿の一等地に建てられたのが『新宿スカイアレシア』である。
この38階建ての高層ビルでは、下層階にてホストクラブやキャバクラが軒並み営業し、高層階はホストやキャバ嬢の住居として活用されている。
そのため、新宿スカイアレシアはホストやキャバ嬢たちの憧れの地となり、熾烈な競争を生き抜いたナンバー1のみが最上階に住むことを許可されているのだ。
そんな愛憎渦巻くビルの地下に、ミゼラムは原生種の巣を張った。
上階から憎しみ、悲しみ、恨み、妬み、嫉み、不安、怒り、苦しみ、痛み、そして殺意といった負の感情が引きも切らず集まるため、『悪しき者』にとって力を蓄えるのに最適な場所だと言える。
「……今度の相手は手強いぞ、覚悟しておけ」
イヤホンから仁翔の声が聞こえると、海斗は丸ノ内線の新宿スカイアレシア前駅で電車を降りた。
「メモヴェルスが凄まじい反応を見せています」
「すぐに幻異界へと繋がるはずじゃ。『現界』と『幽界』との境目を見誤るなよ、下手したら一般人を手に掛けてしまうからな」
「分かってますよ」
海斗はそう言うと、駅から出て新宿スカイアレシアへ向かった。
――仁翔曰く、この世は『現界』と『幽界』に分かれているらしい。
『現界』とは、魂と肉体が結び付いた者が活動する領域を指し、ここでは環境の構築やモノづくり、芸術といった様々な創造を行い、世の中を発展させることが可能である。
対して『幽界』は魂の格納場であり、次の肉体に転生するための待機所として『現界』の裏側に存在しているため、肉体を持つ人間はその境目を越えることができない。
当然ながら日常生活を送るのが『現界』であり、死後に向かうのが『幽界』である。
そして、その二つの世界を完全に掌握するのが、善き者と悪しき者が住まう『幻異界』なのだ。
(どうやら現界と幻異界が繋がったらしい……原生種に寄生された肉体が死人のように歩いている)
視線の先に、目や口から血を流した男がフラフラと歩いているのが見えた。
ああなると現界や幽界にも戻れず、幻異界を永遠に彷徨い続けることになる。
(……哀れだが助けることは不可能だな。ミゼラムを倒せば希望があるかもしれないが)
海斗はフラフラと歩いている男を避け、新宿スカイアレシアのホールに足を踏み入れた。
「おやおや、性懲りもなく私の愛しい子供たちを殺しに来たのですか? 私の目が黒い内は、あなたの思い通りにはさせませんよ」
……頭上から声が聞こえたので海斗はホールの天井を見ると、ミゼラムがシャンデリアにぶら下がってこちらを睨んでいた。
「おまえはサーカス団か。そんなデカい図体でぶら下がったら、シャンデリアが落ちて壊れるだろ。おまえより価値が高そうだから、さっさと下りて来いよクソ野郎」
「口の減らないガキめが……」
ミゼラムは軽く歯軋りしながら、シャンデリアから手を離してふわっと地面に着地した。
「あなたは新宿スカイアレシアがどんな場所か分かっているのですか?」
「……まあな。こんな瘴気に満ち満ちた場所、世界でも他に類を見ないと思うぞ。おまえたち悪しき者の餌場としては打って付けだよな」
「餌場って言うな!」
「ああ悪い悪い、俺はおまえたちをゴキブリか何かだとしか思ってないんで」
ミゼラムの蟀谷に青い筋が立ったが、海斗は気にするでもなく日本刀『兼佐陀・紫電』を引き抜き、切っ先を怒りに震えるミゼラムへ向けた。
「新宿に棲み着いた原生種の生殖虫……つまりはクイーンを倒せばゲームセットだ。何処にいるか教えて貰おう」
「あなたの目は節穴ですか? もうすでにここにいますよ」
すると突然地面が割れ、巨大な触手が海斗の前に姿を現す。
巨大な触手は何度も海斗を叩き潰そうとし、大理石の床に大量のヒビが入った。
「あ~あ、もったいねぇ。ここ直すのにいくら掛かると思ってんだ。ポップコーンムービーじゃねぇんだぞ、予算を考えろ予算を」
海斗は原生種の攻撃を避けながら悪態を吐く。
「喧しいっ! とっととクイーンに喰われて私たちの養分になりなさい!」
「そう簡単に負けねぇよ。俺にはこの刀があるからな」
そう言うと、海斗は襲い掛かって来た触手に日本刀を突き刺した。
触手は痛みで暴れるが、海斗は決して離さずに凄まじい電撃を原生種へお見舞いする。
だが以前とは違い、触手の動きが止まることはなかった。
「嘘だろ!?」
「オホホホホホ! 今までの原生種と一緒にしてもらっては困ります!」
ミゼラムはエンターティナーのように大きく手を広げ、ホールの階上にいた男の名を呼ぶ。
「さあお出でくださいフギオール様! 18歳の穂積海斗を葬った者よ!」
海斗はミゼラムの言葉を聞き、どういう意味か分からずに首を傾げた。
「いかんっ! 逃げろ海斗!」
イヤホンを通して仁翔の声が聞こえ、海斗は逃げる理由を尋ねた。
「どうしてですかお師匠? 俺には逃げる理由が分からない」
「そいつは4年前の刺客じゃ。今のおまえさんでは一切歯が立たんぞ!」
だが仁翔の声も空しく、階上にいた男は大きく飛び上がると海斗の目の前に着地した。
「我の名はフギオール、幻異界の核より送られた刺客の一人」
フギオールと名乗る男はミゼラムの2倍ほど体格が大きく、全身から紫色の瘴気のようなものを放っている。
服装は魔女のような漆黒のローブで身を包み、布の隙間から見える腕は丸太のように太く、まるで格闘家のように鍛え上げられていた。
海斗はその男から発せされる威圧を感じ取り、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。
「ふんっ!」
フギオールは拳で下腹に打撃を入れると、メリメリと音がしてそのまま数メートルほど後ろへ海斗を吹き飛ばした。
(な、なんだ? 手の動きがまったく見えない……!)
海斗の口から大量の血が噴き出し、あまりの痛みで立ち上がることができなかった。
「弱いな……弱過ぎる。やはり20年以上離れればこんなものか。すぐに止めを刺してやるから、我らの糧になるが良い」




