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まただ。
何で?
シラけた空気、みんなの白い目。
笑うでしょ?普通。
みんながクスリともしない方がおかしい。
それとも、わたしひとり、どうかしちゃったのかしら。
彼が転校してきたその日から始まって、今に至る。
その度人格を疑われるもんだから、わたし、彼の居ないとこで暮らしたい。
どおしてかな?
彼が、超イケメンで、優しくて、勉強もスポーツも出来る、絵に描いた様な王子様キャラだから?
お金持ちで、お金配ってそうしてるんじゃないかしら?
困った事に、彼とは中学から大学まで、そして、就職先のその部署まで一緒だ。
しかも、隣のデスク。
モニタリングされて、全世界に放映されてるんじゃないかな?
そんな風にさえ思っちゃう。
だから、その瞬間は不意に何度も訪れる。
課長が「ハゲヤマ、ちょっと一瞬ズラしてみてくれないか?これ。悪いな。」
表情を変えないその下で、腹筋が引きちぎれそうだ。
さすがにしゃっくりみたいなへんな音が微かに。
ほらまた、みんなの白い目。
「どうした?白石、具合悪いか?」
八景山房雄。
彼の名前。
「う、うん、だ、いじょ、、ぶ」
「ハゲヤマ!おまえ、ピカ一だ。今月の成績!」
係長が真顔で畳み掛ける。
「すげー!ハゲ、光ってるう!」
同期の宮崎まで。
もう、限界だ。
ひゃ、ひゃ、ひゃっ
ナメるなよ。
この10年近くの苦行に耐えて来たわたし、表情筋と腹筋や声帯の連携を断ち切る事に成功したのだ。
無表情に、ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ
ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ
ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ
「白石さん、大丈夫?」
福田先輩。
みんな発作だと思って心配する。
それでもあの白い目よりはましよ。
気味悪がられて、彼氏も出来ない。
わたし、ブスな方じゃないのに。
ぜんぶ八景山くんのせいだ。
責任取ってよ!
たぶん八景山くん、わたしの事好きだ。
結婚、いやいや。
そしたらわたし、一生この地獄を生きる事になるわ。
わたしも八景山くんが好きだ。
かっこいいし、かわいいし、優しくて色気もある。
抱かれたいとさえ思う。
彼がわたしの事好きなんて、天にも昇るわ。
告白めいたのは、された。
だけど、ダメよ。
ダメなの、それだけは、絶対ダメ。
だって、わたしの名前、白石ひかるなんだもん。