またのご来店をお待ちしております
よくありそうな話です。
「いらっしゃいませ」
私は小さな喫茶店の店主をしている。
駅からは少し歩く住宅街の中にある為か、来店する人数はそこまで多くない。時折知人に手伝ってもらったり、知人の紹介で短期の子を雇うくらいで人手が足りてしまう程に。
軽食も提供はしているものの、客入りは多くはない為店は私一人で回せる。
そんな小さな喫茶店でも、常連という存在は出来、通ってくれるようになる為有り難いと思う。
「店主さん、今日はホットケーキを」
「かしこまりました、お待ちください」
ホットケーキを注文したのは、一年ほど前から通ってくださっている常連のお客様。
いつもうちでコーヒーを飲みながら軽食を取り、読書をして帰られる方だった。
「この人の新作、とても面白くて…」
「何という作品ですか?」
こうして面白い本を教えてくださるこのお客様は、大変読書家のようで様々なジャンルの作品に精通していた。
ある時はこちらも読んでいて胸が焦がれてしまうような激しい恋愛作品を、ある時は子供心を思い出すような壮大な冒険譚を、ある時は過去に実際にあった痛ましい事件を題材にした作品を。
ありとあらゆる作品を教えてくださるので、私もこのお客様が読んだ事の無い作品はあるだろうかとお勧めの作品を挙げていき、もし読んだ事のある作品であればお互いに感想や考察を語り合うのが日課だった。
来店するお客様が少ないからこそ語り合う事が出来るのかもしれないと思うと、ここに喫茶店を開業して良かったとさえ思う。
「また明日」
「はい、またのご来店をお待ちしております」
お互いに微笑み、そう言ってお客様が扉を開け、夕暮れの中へと去って行くのを見守るのが日課だった。
閑古鳥が泣いていると言っても過言ではないような店の一日の中で、とても楽しい時間。
それはこのお客様が来店するようになってから、約一年間続いていた。
きっかけはお客様が読んでらした作品を、私もちょうど読み進めている最中だった事から話し掛け、そこからお互いに本の話をするようになった。
そうして一年続いていた日課だったものの、お客様の来店頻度は徐々に少なくなっていった。
毎日の来店だったものが、二日に一度になった。それが続いてから、三日に一度、五日に一度。
それから、一週間に一度に。
「最近あまり来る事が出来なくてつまらなかった」
「……お忙しいのでしょうか、顔色もあまり良くないようですが…」
来る度にお客様の顔色は悪くなっていき、見ていて大変心配になった。
お客様は困ったように笑いながら言う。
「元々体が良くなくてね……このお店はちょうど健康の為にしていた散歩の通り道にあったから、よく来るようになって」
「そうでしたか。ご無理はなさらないでください」
私の言葉に、お客様は悲しそうな顔をしてから口を開いた。
「実は、手術をする事になって。近々県外の病院に入院しなくてはいけなくて」
「それは…」
手術が必要な程の大きな病気を患っていたのかと、私は言葉を失う。
「もう、ここには来れなくなってしまうのが、何よりも悔しい」
「……その手術というのは、難しいのですか?」
私の問いに頷いてから、お客様はコーヒーを一口飲む。
大きな溜め息を吐きながら泣きそうな顔で。
「きっと、長くは生きられない。そんな中ここで過ごした時間は、何よりも楽しかった」
「そんな事言わないでください、私はいつでもここでお待ちしておりますので」
「もう、戻って来ないかもしれない」
「それでも、店を畳む事なくここで私も生を終わる覚悟でお待ちしておりますよ」
私の言葉に笑って、「約束」と小指を差し出され私はお客様と約束を交わした。
「不健康だから本の虫になっていたけれど、それも無駄では無かった」
「ええ、人生に無駄な事などけしてありませんので。私もお客様と過ごせた時間は何よりも有意義な時間でした」
お客様はただ、「また来るから」と言って夕焼けの中へと消えていった。
それから私は待ち続けている。
いつお客様が来店しても良いように。
お客様はこの本は読んだだろうか、どの本ならまだ読んでないだろうかと考えながら、店の扉が開く度にお勧めの本を頭に浮かべながら待ち続ける。
何ヶ月も、何年も、何年も。
待ち続けている間に店の客足は増え、人を雇った。軽食を作るのが得意で愛想の良い人物。
「いらっしゃいませー!」
店の扉が開き、明るい声が店内に響く。
「……びっくりした、違う店に来たのかと思った」
その声に、懐かしい顔に私は自然と笑みを浮かべる。
「いらっしゃいませ、当店自慢の軽食担当でございます。軽食の種類も増えました」
「今日のお勧めはさくらんぼタルトです!軽食というよりデザートですが!それはそれは良いさくらんぼを仕入れたので、そのまま食べても美味しくて…」
「そのまま食べずにちゃんと調理してお客様にはお出ししましょうね」
味見と称してさくらんぼを食べた際に「このまま出しても…」と呟いていたのは本気だったのかもしれないと、私は苦笑した。
「それじゃあ、店主さん自慢のコーヒーと、店員さん自慢のさくらんぼを使ったタルトを」
お客様をいつも座られていたカウンター席へと案内していると当店自慢の軽食担当は私に真面目な顔で言う。
「軽食の種類が増えましたって説明してたって事は、前によくいらしてた方ですよね。この時間ならもし他にお客様来ても何とかなるので、店長ゆっくりお話してください!」
「気が利きますね、そうさせてもらいましょうか」
「お言葉に甘えて店主さん、お借りします」
「どうぞどうぞ!当店自慢の店長をごゆっくり独占してください!」
お客様と私で顔を見合わせ、苦笑してから、私はコーヒーを淹れる。
お客様は入院中に読んだという時代小説を私に勧めてくれ、私は先日発売されたばかりのミステリー小説をお勧めした。
他愛も無い会話をし、流れるのはかつてと同じ空気。
「本当は、無くなってたらどうしようかと思ってた」
「約束しましたので、私はここに骨を埋める覚悟ですよ」
「待っていてくれて、ありがとう」
会計を済ませ、お客様は夕暮れの扉へと歩を進める。
「また明日」
「はい、またのご来店をお待ちしております」
戻って来た日常に私は、明日はどの本の話をしようかと久しぶりに嬉しくなったのだった。
性別・年齢が分かるような内容ではないのですか、この作品を読んでくださった方はどういった登場人物を想像したでしょうか。
もしよろしければ教えてくださると嬉しいです。




