~sideおはぎとパパ~
今日は朝からご機嫌だった。
普段はしない鼻歌なんか歌っちゃったりなんかして。
うん。妻よ、そんな目で見ないでくれ。クセになったらどうしてくれる。
大丈夫だ。君の夫は壊れていないから。
でもニヤニヤが止まらない髭のおっさんは、自分でも正直キモいかもしれない。
…ま、まぁ気にしない!
「朝のお散歩だよ~」
扉が解放されるのをいまかいまかとくりくりした目で見つめてくるのは家の愛チラ『おはぎ』。
今日も可愛い。
「お待たせ!おはぎさん!」
いつもなら真っ先に飛び出して階段を登り降りしたり俺に向かって盛大にしっぽを振ったりするんだが、
今日のおはぎさんは盛大にくしくしするところから始まった。
うん。これもたまらん可愛い。
どうもおはぎさんのくしくし、主に顔周りの毛繕いは、大胆にして豪放、ダイナミックで動きが大きくて面白可愛い。
他のチンチラさんと比べても独特なフォームだ。
ちょっと雑とも言えるけど、これもまたよし。
いつものスタートダッシュにあわててついていくけど、
おはぎさんは必ずついてきてる?大丈夫?と時々振り返って待っていてくれる。
優しい。可愛い。自慢の子だ。
時々妻の視線が刺さる。だから、それがクセになったらどうする。
目尻が下がるのは仕方ないだろう?君も一緒だ。
と、目線で伝えようと試みたが、朝の支度をしていたのでアイコンタクト失敗。むむ。
とにかく、今日俺がご機嫌なのはおはぎさんが可愛いだけではない。
夢見が良かったのだ。
たかが夢、と侮るなかれ。
なんと、チンチラが人のように暮らす世界があって、俺はおはぎさんになっていて、おはぎさん視点で生活していたのだ!
視点で、というよりおはぎさんに憑依して、に近いかな?
おはぎさんはおはぎさんで考えて動いてて、そこにおれの魂も乗っかったみたいな。
だから、好き勝手に動いたり話したりはできなかった。
憑依している体なせいか、おはぎさんの思考もわかって面白かった。
改めて同じ視線でみると、チンチラちっちゃい!
こんな小さな手で動くだけでもすごいのに、器用に物が掴める。
肉球が親指みたいに使えてるのかな。
安定感があった。
無駄にわきわきしてみたりして。
面白かったのは、SNSでフォローしている雷蔵ちゃんもいたこと。
他にも知ってる子達がちらほらいて、
いつもなら画面越しに写真や動画でしか知らない子達が、
目の前で動いて、しゃべってる!
意思の疎通ができる!!
俺も話せたら、と思ったけど、やはりできずに断念。
しかし、目の前で生き生きと動いて、照れてくしくしする雷蔵ちゃんは可愛かった。
おはぎさんも可愛いけど!
毛繕いとして歯でカジカジ甘噛みされるのも、人の身ではわりと痛かったりするのだが、チンチラ同士だとえもいわれぬ気持ちよさ…おぉ…これはチンチラにならんとわからんよさだな。求む毛皮。感覚が全然違うわ。
そっかぁ、おはぎさんは、他のチンチラさんもだけど、これをお返しとしてそれぞれ飼い主さんにしてるんだね。
痛がってごめん。これからも感謝の気持ちで…いや、痛いもんは痛いな。
ありがとう。気持ちだけでマジで嬉しいよ。
あ、うん。お気持ちだけで。
イタタ。
夢の話しに戻ろう。
夢の中ではチンチラさん達には生まれながらの職業というものがあり、どうやらそれが仕事適性を示しているようだった。
でも、絶対、と言うわけでもなさそうで、生かすも生かさないもその人次第…なんだけど、どうやら職業に関する事が好ましくなるようだ。
おはぎさんは『剣士』が職業として授かっていた。
生活していた村はずいぶんのんびりしていて、特に戦う必要もなく、おはぎさんは枝を削って作った木剣で、ただただ素振をして、自己流の鍛練の日課をしては村人の仕事の手伝いをしていた。
自分の職業を生かせる場もないのに腐らず鍛練を続ける…ええ子やうちの子…ほろり。
けれど、雷蔵ちゃんのお父さんにより、村の外に出る選択肢もあることを教えてもらったおはぎさんは、いつになく興奮してた。
外の世界、村以外の町や、国があるのは知っていたけど、
村の中で満足していたし、自分には関係ないと思っていた。
なのに、自分がその世界へ飛び出してもいいと示唆されたこと。
おはぎさんはそれにとてもワクワクしてたんだ。
そして、おはぎさんと同化していた俺もワクワクしていた。
なんかさ、これって冒険の始まりなんじゃないかって。
だっておはぎさんは剣士だ。
いわゆるゲームのRPGとかで出てくる主人公は大抵剣士とか戦士。剣をメインで扱う事が多いだろう?
おはぎさんが主役のゲームが始まるのかなって思って。
心の中では某有名な、なんとかクエストのオープニングが流れてきたんだよね。
おはぎさんが主役ならチンチラクエストかな?
ん?あれは敵がドラゴンだったっけ?
まぁいいや。
新しいゲームのオープニングを観たような気分でおはぎさんと一緒にワクワクした。
その気持ちのまま目覚めた俺は、現実に戻っても、その前向きな気分で機嫌が良かったってわけ。
「ワクワクするなぁ、おはぎさん」
カイカイをしながらおはぎさんに話しかけると、
おはぎさんは珍しく俺の顔をジーッと見て何かを伝えようとしているかのようだった。