ファスタの村
「よう!ここはファスタの村だ!のんびりしてて、いい村だから、ゆっくりしていきな!」
「…急にどうしたの~?かど丸君~?」
「ん~?いや、なんだか言わなきゃいけないような気がして」
「旅人さんがくると、かど丸君率先してご挨拶してくれるよね!でも今は誰もいないみたいだけど!」
「…そうだよね。何でだろ?」
「ふふふ~変なかど丸君~」
ぽかぽかといい天気で、のどかな村は今日も平和だ。
村の入口では、目をきゅるんとまわしてかど丸達が、ふしぎ、ふしぎと首をかしげながら、ついでに首やほほのまわりもカイカイしている。
基本的にこの村のチンチラ達はおっとり、のんびりしている者が多い。
そう。ここはチンチラの世界だ。
「チンチラの…世界…?」
ぼくは改めて周りを見回してみる。
仲のいいチンチラがいて、大人は仕事に、子供は遊びにと動きまわっている。
村は規模が小さいものの、清掃が行き届いており、村人達も仲がよく、自給自足が成り立っていて暮らしやすい。
目に入るのはいつもの光景。
そう、ずっとここで暮らしてきていたはずだ。
なのに…なぜ、違和感を感じるんだろうか。
じっと手を見る。変わらない小さい手。肉球ついてる。にぎにぎ。うん。動く。こんな小さい手でにぎにぎできるってすごい!
んんん?当たり前なのに何でそんなことを思うんだろう?
両手を握りこんでかたまっていると、
入口にいた三人がやってきた。
「どうしたの?おはぎさん」
「今日も!練習するの?おはぎさんはかっくいいよね!」
「でも変な~顔~してるね~?」
かど丸、ピックロ、ポコリが心配そうに話しかけてくる。
んんん?なんかどっかで見た番組のキャラクターを思い出す名前だなぁ。
「…番組…?」
「ばんぐみ?」
「パンのグミ!?美味しいのかそれ!?」
「パングミ~?カフェの新作かな~?食べたいね~」
ポロっと出た聞きなれない言葉に三人が反応するけど、それどころじゃない。
何故ぼくはそんな言葉を知ってるんだろう。
考えるけど、それ以上は出てこなかった。
ん~出てこないなら仕方ない。ひとまずは横に置いておこう。
「それを持ってきて」
何故ぼくはそんな言葉を知ってるんだろう。
考えるけど、それ以上は出てこなかった。
ん~出てこないなら…
「雷蔵ちゃん…心の声を拾って持ってこないでくれるかな?」
「なんかそうした方が面白いってらいぞーの勘が働いたでち。ニヒヒ」
「答えが出ない疑問は一旦置いとかないとループにはまるからやめてほしいんだよー」
「おはぎさんはまじめに難しく考えすぎでち。もう少し軽く生きていく方が楽なんでちよ?」
どうやらぼくはいつになく変な顔をしていたらしい。
長年の友人に心配かけてしまったみたいだ。
盗賊の雷蔵は小首をかしげて、じっとぼくを見てくる。
「心配かけてごめんね?」
「いいんでち~おはぎさん、なんかいつもと様子が違ったからね」
「うんうん。自分でもなんか変だったのわかってるけど、もう大丈夫だよ。ありがと」
「ニヒ。照れるでち。らいぞーはたいしたことしてないでちよ」
急にくしくしをし始める雷蔵。耳が少し赤くなってるのは見逃さなかった。多分これは照れてるんだな。可愛い。
え、待って?可愛い?いやぼく男の子だし?
そういう趣味はないんだけど?
本格的になんだかぼくはおかしくなったのかもしれない。
「雷蔵ちゃん!ぼくはこれから素振りしてくる!」
これは剣の稽古をして、いつものぼくを取り戻さなくちゃ!
「そしたら久しぶりにらいぞーも見学し…ようかと思ったけど…むむ、これはヤバイでち」
雷蔵もついてくるのかな、ん?
遠くから何かが近づいてくる音がする。
「ま~て~!!雷蔵~!!また逃げたな~!!!」
「げ、追い付かれたでち!捕まるわけにはいかないでち!じゃあね!おはぎさんまたね~」
雷蔵はシュバッと目の前から消えた。いつものことだけど速すぎてまるで消えたように見える。
盗賊スキルのお陰もあって気配が追いにくいというのもあると思う。
雷蔵が消えた後には雷蔵のお父さんがぜぇはぁと息を切らしてやってきた。
「ま…らい……おは…おは…ぜぇ」
ん~これは「待て雷蔵、おはようおはぎさん」かな?
「それで…あってる…はぁ」
親子して心を読まないでほしい。
そういう血統スキルとかあるのかな。
「あいつ店番からいっつも逃げやがる!そろそろ後を継ぐことも考えて欲しいんだが、ふらふらばっかりしやがって!」
ようやく息を整えたおじさんはぼくに向かって愚痴を言う。
「おじさんもいつも大変ですねー」
毎度の光景だから他の村人も慣れたものだ。
「毎回閉じ込めてもいつの間にか脱走してんだから困りものだよ。あいつも…授かった職業が盗賊だからな…悪く行けばそれこそ盗賊になっちまうが、あいつは…親のオレが言うのもなんだが根はいいやつなんだ。サボり癖があるだけでね。うまくやれば冒険者にもなれる。だけどこの村にはそれを活かしてやれる道がない…そこは申し訳ないと思うんだよ…」
雷蔵が逃げたであろう方向を見ながらおじさんはため息をつく。
「授かった職業は、生まれつきのものだし、誰のせいでもないですよ。ぼくも剣士だし。平和なファスタの村では特に出番もないけど…ぼくは剣士でよかったと思うし、この村に生まれて良かったって思ってますよー?お仕事にならなくても、剣を振るだけで楽しいです。雷蔵ちゃんも、わかってると思います。今は…つい楽しくて脱走しちゃうのかも…」
「おはぎさんは優しいなぁ。ありがとよ。」
おじさんはぼくの額の辺りを毛繕いしてくれた。
ぼくはもう大人になったけど未だに毛繕いをしてもらうのは嬉しい。少し恥ずかしいけれど。
毛繕いが終わって、ちょっと赤くなってしまったぼくは、くしくしをしてごまかす。
「おはぎさん」
「はい」
「何かあった時は…雷蔵を連れていってくれないか」
「え?」
急な言葉にくしくしの手が中途半端な位置で止まる。
「いや、今何かあるってわけじゃないんだ。…雷蔵もおはぎさんもこの村を好きでいてくれることもわかってる。でもな…」
おじさんはどこか遠くを見ながら腕を組む。腕が短いからあんまり組めてないけど。
「多分この村はお前達には狭い。職業もそうさ。多分必要だから授かったんだと、オレは思うんだよ。それは二人の気持ち次第だし、オレが考えすぎなのかもしれない。でも、もし…もし、機会があるなら、二人は旅に出た方がいいかもしれない。もっと活躍できる場があるかもしれないって思ってんだ。勿論親としてはずっとこの村にいてほしい気持ちもあるがね」
だから機会があればの話だよ、と、おじさんはちょっと寂しそうに笑った。
村にいないといけない、なんて事もなかったけれど、なんとなくこのまま村にいて、家庭をもって、それでずっと暮らしていくんだって思ってた。村が大好きだから、それに不満なんて微塵もなかった。
でも、村を出る…そんな選択肢があるなんて考えたこともなかった。
確かに旅人さんや行商人、稀に冒険者が来て、外の話を聞くことは楽しかったけど、ぼくにはただそれだけだった。
そうか、村を出てもいいんだ。それを選択する自由があるんだ。
それに、旅に出たって、嫌だったら戻ってくればいい。
この村の皆なら何があったって迎え入れてくれるはず。
おじさんの寂しそうな顔に少し胸がチクリとしたけれど、それでも、初めて知った未来の選択肢に、ぼくはワクワクが止まらなかった。