初めての旅立ち
あの後、しばらくしてからぼくは村を出ることにした。
このままでは強くなれない。
誰かに師事するか、実践を積まないとダメだと思ったんだ。
ぼくは村を、皆を守りたい。
村が、皆が好きだからこそ、離れる事を、旅に出ることを決心した。
寂しさ半分、わくわく半分だ。
旅に出たら、ひょっとしたらお父さんやお母さんの話も聞けるかもしれない。
そんな期待もほんの少しだけあった。
そして、ひとまずの目的地を王都にした。
どこで鍛練したらいいかとか、情報や人やモノは中心地に集まるものらしい。
次にどこに行ったらいいかわからない時の定番みたいだ。
『まずは王都に行け作戦』だ。
近隣の村で小さいクエストをこなしながら王都へ行って、王様に会う。
うんうん。これぞ王道!
…なんの王道だろう?普通王様に会えないよね?
でもなんかそんな流れが自然だって思った。不思議だなぁ。
何だか最近いろんな知識が浮かんでくるようだ。
何か新しいスキルにでも目覚めたかなぁ?
でも、この判断に任せて大丈夫って根拠は無いけれど、変な安心感がある。
ぼくを心配して、守ってくれる存在が助けてくれている。そんな気持ちなんだ。
「それって、守護精霊様かもしれないでちよ?」
ニヒヒと笑いながら雷蔵ちゃんがぼくの顔を覗き込む。
雷蔵ちゃん、それあざといから。可愛いから。
また可愛いって思っちゃった!!!
耳が赤くなったので、慌ててくしくしして誤魔化す。
「守護精霊様かぁ…そうだったら素敵だよね~」
「おはぎさんは、何か特別な役割を任せられてるのかもしれないでちね!らいぞーの勘は当たるんでち!」
「さすがの雷蔵ちゃんの勘も今回は外れだよ。でもそれだったら、ぼくを助けてくれる雷蔵ちゃんもそうなんじゃないかな?」
「らいぞーこそ、そんなこと無いと思うんでちが…もし、そうだったらかっくいいでち!!」
ニヒヒと笑いながら、一人生えしていたチモシーを、ぷちっとちぎって口に咥える。
雷蔵ちゃん、とても楽しそうだ。
本当はぼく一人で旅立つはずだった。
雷蔵ちゃんも、おじさんから言われていた事もあって誘ったんだけれど、悲しそうに断られてしまった。
「らいぞーは足手まといになっちゃうでち」
そんなことは無いって、何度も言葉を重ねたけれど、雷蔵ちゃんは頷いてくれなかった。
出立の日。かど丸君たち始め、雷蔵ちゃんのお父さんやお母さん、村中総出でお見送りをしてくれるようだった。
雷蔵ちゃんを除いて…。
ぼくなんて何もしていないのにと言うと、皆が口々に手伝ってくれた、遊んでくれた、喧嘩の仲裁をしてくれたとか、色々伝えてくれて、最後に「ありがとう」と言ってくれた。
ちょっと泣きそうになったけど、我慢だ。
もう大人だもん。
これは永遠の別れじゃない。
強くなったら、また戻ってくる。そう伝えて握手やハグ、カジカジ毛繕いをしあった。
会いたかったのに…見送りは…来てくれないんだろうか。雷蔵ちゃんがいないことが一番寂しかった。
いよいよ、という時、雷蔵ちゃんのお父さんが、シュッと消えた。
え!?なんで!?
そして、近くの藪の中でおじさんと雷蔵ちゃんの声が聞こえた。
「こら!こんな所にいやがったのか!」
「ぎゃー!!なんでわかったんでちか!?」
「お前の事なんざ、まるっとお見通しなんだよ!」
うんうん。親子だねぇ。口癖がおんなじだ。
しかし…おじさんも何か特殊な職業なのかな?ひょっとして。
雷蔵ちゃんが、おじさんに首根っこ捕まれて、まるで赤ちゃんの頃のように運ばれてきた。
耳が真っ赤だ。
あれはこの年でされたらかなり恥ずかしい。
力も抜けちゃうんだよね。
気持ち、わかるよ。
ぼくの前まで運ばれてきた雷蔵ちゃんは、渋い顔のままだった。
投げ出される所でくるんと器用に回って綺麗に着地した。
さすが!かっくいい!!
「ったく!親友の見送りも満足にできねぇのかお前は!」
「………」
雷蔵ちゃんは、顔を背けたまま、こちらを見てくれない。
「おい!いい加減にしろよ!こういう時位強情張るな!」
おじさんが雷蔵ちゃんを振り向かせようと顔をつかむ。
雷蔵ちゃんは手足を地面に突っ張って意地でも動かない構えだ。
「んぐぐぐぐぐ」
「んぎぎぎぎぎ」
引っ張って、踏ん張ってお互い必死になってる。
あぁ…雷蔵ちゃんの顔が!雷蔵ちゃんじゃなくなってきてる!めちゃくちゃすごい顔になってきてる!
「おじさん!もうやめてあげて!雷蔵ちゃんの顔が戻らなくなっちゃう!!」
「ん?おお、すまんな、おはぎさん」
「んぶぎるっ!?」
おじさんが突然手を話すものだから、雷蔵ちゃんが勢い余って顔面から地面に突っ込んじゃった…。痛そう…。
「大丈夫!?雷蔵ちゃん!」
「全然大丈夫じゃないでち…」
「ほんとだ!お顔が大丈夫じゃない!!」
ずっとおじさんに引っ張られてたせいか、ぶつかったせいか、雷蔵ちゃんの顔が歪んでる!!
雷蔵ちゃんはプルプルと顔を振るって元に戻していた。
ぼくを見ると途端に耳をペタンと倒してしまった。
ぼくは土を払い落としながら話しかけた。
「怪我は?」
「大丈夫でち…」
「良かった~!」
「ごめん…でち」
「ん?」
「おはぎさん…らいぞー…らいぞーは、笑顔っ…で、み、見送り、す、するって、ぎ、ぎめでだっ!のに!やっぱっりっ…むっ…無理っ…でっ…ふっ…ぐっ…」
土を払っていたぼくの手に、ポタポタと、温かい雫が落ちてくる。
見上げると、雷蔵ちゃんの瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。
ぼくは思わず雷蔵ちゃんを抱き締めていた。
「ごめん!ごめんでち!!おはぎさんのっ…ことっ…応援するってっ…ふぇっ…嘘じゃないでち!…ふぐっ…でも…寂しくて…らいぞー…泣かないって…決めてたっのにっ!!」
「うんうん。雷蔵ちゃん、ありがとう。ぼくは雷蔵ちゃんが大好きだよ。いつまでもぼくたちは親友だよ」
「ふっ!うっ…うわ~~ん!!あ~~ん!!」
「泣かないで!泣かないでよ雷蔵ちゃん…じゃないとぼく…ぼくも…我慢…してたんだよ…雷蔵ちゃ…う…ううっ…うわ~~ん!!」
雷蔵ちゃんにつられてぼくも泣いてしまった。
我慢していた分止まらなくて、二人して抱き合ったまま、子供みたいに泣き続けた。
ようやく落ち着いて泣き止んだ時、村の皆が生暖かい笑顔で見ていた事に気づいた。
や ら か し た
今すぐ出ていこう。そうしよう。
「まぁまぁ、待ちなって!折角だ。今家のやつに弁当用意させるから、ちょっと村の入口で待ってろ。な?それ位の餞別用意させてくれよ」
割りと早足だったはずなんだけど、おじさんはすぐにぼくの目の前に移動してきて、涙と鼻水を拭われてしまった。
実は新しい長剣もくれたのに…でもそう言われたら拒否できない。
ありがたい。恥ずかしさで耳が赤いまま頷いた。
チラッと雷蔵ちゃんを見ると、おばさんに拭われてた。あれはあれでぼくら思春期には辛い。
雷蔵ちゃんも抵抗してたけど、素早くよける雷蔵ちゃんについていけてて、色々攻防があったけど最終的に諦めてた。
おばさんも強い。実は珍しい職業なんじゃないだろうか。謎。
雷蔵ちゃんと目が合い、お互い気恥ずかしくて、にへ、と笑う。
うん。なんかスッキリした。
これで前を向いて行ける気がする。
雷蔵ちゃんと、何も言わずに手をぽてん、と打ち合った。
「元気でね!お手紙欲しいでち」
「うんうん。必ず書くよ!雷蔵ちゃんも元気で」
「元気なのが雷蔵の取り柄でち!ニヒヒ」
にっぱりと満面の笑みを見られて、何故かまた少し、泣きたくなった。
雷蔵ちゃんは、おじさんたちに連れられてお家に戻って行った。
ぼくは言われた通り、村の入口でいつもの三人組と話していると、雷蔵ちゃんの声が聞こえてきた。
「おーはーぎーさーーん!!」
布で包んだ大荷物を背負った雷蔵ちゃんが、跳び跳ねるように駆けてくる。
「雷蔵ちゃん!?どうしたのその荷物…」
「ニヒヒ!お弁当と…雷蔵の荷物でち!!」
「え!?それって…」
「ニヒ!おはぎさん!雷蔵も行くでち!ほんとは雷蔵も強くなりたかったんでち。おはぎさんと一緒に。おはぎさんだけに負担をかけるようなことはしたくないんでち!自信がなくてへたれてた雷蔵の背中を…おやじが押してくれたんでち。雷蔵は、おはぎさんの隣に堂々と立ちたいんでち!」
「だって…いつ帰れるかわからないんだよ?」
「おはぎさんとの旅は、きっと楽しくて何年でもあっという間でち!」
「おじさんとおばさんにも会えないんだよ?」
「むしろせいせいするでち!一人立ちして一人前でちよ。親離れするいい機会でち!まぁ手紙位は書いてやるでちかねぇ」
「目的地も…定まってなくて…」
「そしたら寄り道し放題でち!」
「友達と離れちゃう…」
「おはぎさんがいるでち!一番の親友が。旅先でも新しい友達がきっとできまち!友達どころか、むしろ嫁さん見つけてこいっておやじに言われたでち。村には女の子が少ないでちからねぇ。雷蔵だけのお姫様を見つけるんでち!新しい出会いも楽しみでちねぇ!ニヒヒ」
「雷蔵ちゃん…」
「おやじに殴られたんでち。あと、母さんにも…しっかりしろ、素直になれって。家の事を、言い訳にして尻込みしてた雷蔵は弱虫だったんでち。勇気がなくて…ついていくって言えなくてごめんでち。本当に離れちゃうって思ったら…おはぎさんを一人にしたくなかったんでち。雷蔵は、おはぎさんの隣で並んで戦える位強くなりたい!ようやく覚悟が決まったでち!さ、反論があれば今の内に言うんでちよ~?全部論破してやるでち!ニヒヒ!!」
「雷蔵ちゃん…おじさんも、おばさんもありがとう。雷蔵ちゃん、一緒に旅に出てくれる?」
「あったり前でち!ニヒッ!」
かど丸君達に別れを告げて、ぼくは、ぼくと雷蔵ちゃんは強さを求めて旅に出ることにしたした。
まずは近くのドゥエブルという町に行こう。
文字通り道草を食いつつ、のんきに歩いていく。
ぼくらの新たな物語がスタートしたんだ!!
「ところで、その布…誰が用意したの?」
「母さんでち」
「そういえばお袋って呼ばないんだね?」
「…おはぎさん、よその人にはわからないようにしてるけど、実は母さんが一番怖いんでち。お袋って呼んだら、らいぞー吹っ飛んだんでちよね…」
雷蔵ちゃんごめん。もう忘れていいからそんな遠い目をしないで!!
…しかしお弁当を食べて荷物を減らしたら早めにこの布は回収しとこう。
なんで「盗賊」職業の雷蔵ちゃんにこんな唐草模様の用意したのかな…おばさん。
「なーんも考えてないでち」
うんうん。だから心を読まないでくれるかな。雷蔵ちゃん。
…これからもよろしくね、大事な親友!!
「……ニヒッ」
心が読めたのか、勘なのか、偶然なのか。
雷蔵ちゃんはてやんでいっと鼻を擦ってしばらく笑っていた。




