【皐月視点】ゲーム
彰子ともう少し仲良くなりたい。
今の子って何がトレンドなんだろう。自分より10歳も離れていない高校生が相手なのに、流行りが分からない。
調べても、動画アプリや今人気のドラマ、アニメ、漫画とかで。
女子高生同士できゃっきゃ遊ぶものと、家族でわいわい楽しむものはジャンルが違うと思うんだけどなあ。
「というわけで彰子、ゲームしよう」
すっかり体調も回復した次の休日。親睦を深めるため、私は彰子をゲームに誘った。
家族でわいわい遊ぶって、私がイメージするものはトランプとかのテーブルゲームや、スポーツや、カラオケという安直な発想だ。
後者2つは苦手な人もいるだろうし、外出そのものが億劫だという意見もある。
というわけで、インドアで遊べるものと絞ったところTVゲームに行き着いた。
さいわい、私の家にはゲーム機がある。3世代くらい前だけど。
ジャンルはそれなりに豊富だと自負したい。アクション、STG、スポーツ、音ゲー、格ゲー、RPG、レースゲームなど。
幅広く網羅しているから、どれかひとつは彰子がやりたいと思うものが見つけられるはず。
ゲーセンで遊んでた姿は記憶に新しいし、ゲームが嫌いな若者ってのはそうそういないよね。
「これ、プレステ?」
「そうそう。ごめんね、Switchとかあればよかったんだけど」
「Switchやったことないからべつに。レトロゲームも味があっていいよね」
「これレトロ扱いなんだ……いや発売時期考えればそうなるか」
テレビ台と兼用している、木製の収納ラックからゲーム機を取り出してコードを接続する。
何年ぶりだろう、人とTVゲームするのって。
ソファーに無造作に座って、ああでもないこうでもないと言い合いながらコントローラーを操作するこの感覚。私まで学生時代に戻った気分だ。
……で、どうしてこうなってるのかな?
『ナイスショット』
キャディの軽快な声とともに、ゴルフボールは大空にきれいな弧を描いて跳んでいく。
だいたい250ヤードは出ただろうか。
遮蔽物のないフェアウェイへとボールは転がっていき、理想的な流れに彰子がおー、と声を上げた。
ソファーに腰掛け、おせんべをぼりぼりかじりながら。
「……彰子、ゴルフのルール分かるの?」
「少ない打数で穴に入れることを競うスポーツでしょ」
それは、そうなんだけど。でも、操作しているのは私だけだ。
つまり、ソロプレイとなる。
コントローラーは2つあるのに、彰子は見ているだけでいいからと参加を遠慮した。
私がスコア更新を狙ってワンラウンドする様を、ただ後ろから眺めているだけ。
スマホぽちぽちはしてないあたり、退屈ってわけではないのだろうけど。というか、されたら私の心が折れる。
なんか、子供用の催しで必死に盛り上げようとする大人と冷ややかな反応の子供を眺めている気分だ。
あれって、大人が子供にノリを振れば振るほど子供は恥ずかしがっちゃうんだよね。
『ナイスオン』
2打目でなんとかグリーンに乗ったものの、飛距離を見誤ってカップからはだいぶ離れた位置から打つことになってしまった。
グリーン自体も隆起が複雑で、ボールの軌道が読みづらい。
うー、ロングパット苦手なんだよなあ。
「あー、風強いからね。けっこう飛ばされちゃったな」
「手前に池があって、落ちないようにって飛距離伸ばしたらすごいことになってしまった……」
「で、グリーン斜めってるからパットも下手すると池ポチャでしょ? いやらしいコース配置だよね」
彰子、意外と詳しいな。ゴルフなんて学生でやってる人はほとんどいないだろうし、本当に見てて楽しいのか疑問に思う。
「み○ゴルなんてどこで覚えたの?」
「配信者さんがやってて覚えた」
他人のプレイで覚えたって斬新だなー。だからこのゲームを指定したのか。
「彰子自身はゲームやらないの? ソシャゲとかブラゲとか」
「貯金中だから課金ゲームはやんないよ。基本運ゲーか札束で殴るゲームばっかだし。ストレス溜めてまでクリアするよりは、動画で済ませたほうがローコストだから」
……もしかして今の子って、あんまりゲームしないのかな?
そもそも映像を長時間見ることに集中力が続かないって聞くし。
ゲームもクリア動画でやった気になるって。エアプレイで満足するのかな?
「っていうか、高いじゃない。ソフトに合わせてハードも買わないといけないし。あとやってて疲れるから、見てるだけでいいかなって」
「まるでスポーツ観戦だね……」
「日野が今やってるのもスポーツでしょ?」
ということは、今の若者の〇〇離れはだいたいお金がないことが原因なのか。
まあなあ、物価高いもんなあ。昔はゲームを買ってあげないとクラスで我が子が孤立するから、ってことで買い与えることが推奨されてたのにね。
でも、それすら贅沢って家庭が増えてきたってことか。スマホさえあれば、ずっと動画で暇を潰していられるし。
家にゲーム機がないからって持ってる友達の家に入り浸って、誘われなくなった話よく聞くけど。ある意味時代が追いついたってことなのかな。
「おーい、日野ー」
続きやってー、と画面内でパターを握りしめたままのゴルファーを彰子は指差す。
コントローラを持ち直して、私はとりあえずゲームに集中することにした。
さて、どう打とう。
カップはほぼ直線状にあるけど、途中のグリーンは上り坂だ。
傾斜が厳しいため、強く打てば下っていくときに勢いがついて、奥の池にまっしぐらというリスクをはらんでいる。
「なんでグリーンなのにこんなべこべこなんだよー。リアルゴルフはまだなめらかな地形なのに」
「ほらほら、がんばー。バーディチャンスは目の前だよ」
「パーすら厳しいよー」
泣き言をこぼすと、あははと彰子は笑った。
ボギーでも気にしないからと後押しされて、やけくそでパターを振る。
まっすぐボールは進んでいったものの、力が強すぎたためか穴にはじかれてしまった。
「あー、惜しい」
「いや、物理法則的におかしい。落とし穴にふちでもついてるのかって不正を疑いたくなる」
「日野だってさんざん、スーパーバックスピンかけてチップインしてるじゃない。通り過ぎたカップに向かってボールが燃えて転がるとか、おもくそ物理法則無視してますぜ」
「救済措置なんだからいいんですー」
このホールはなんとかPARでしのいだものの、その後のスコアはさんざんなものだった。
ミスショットで思いっきり頭上に打ち上がったり(テンプラ)、強風に煽られてコースエリア外に転がっていってしまったり(OB)、崖下からホールインワンを狙うも、嫌がらせのようにそびえ立つ欅の木にはじかれたり。しかも二回も。
深いバンカーに埋まって、クラブを振るもまたべつのバンカーに落ちたときは二人して笑ってしまった。
どうして私、こんな鬼畜コース選んじゃったんだろうね。
「えっと……楽しい?」
ガチ勢でも実況に長けてるわけでもない、素人のプレイをずーっと見てるって。
最終ホールにようやく到達して、私は彰子へと振り返った。
「楽しいよ。日野、リアクション面白いから」
「そ、それはどうも……」
ボギー続きの悲惨なスコアで、こっちは心が折れそうだ。
彰子がいなかったらとっくに中断していただろう。
「あと、景色も。グラフィック結構いいよね。ゴルフコースってわたし好きなんだ。わりと」
ああ、言われてみれば。
目に優しい緑が広がっていて、季節設定は秋だからか紅葉した木々がさざめく風景は美しい。風の音も、鳥のさえずりも、揺れてきらめく水面も。
やる側からだと邪魔で仕方がない大木も、観客目線だと違うんだね。
「日野、配信者やってみれば? 案外受けるかもよ」
「公務員は副業禁止だよ……」
「そういやそうだった」
動画を眺める感覚で楽しんでくれてるってことかな。
これはこれで……仲が深まってると言っていいのかな。
そうしてすべてのコースを回り終えて、いい汗と冷や汗を流した私へとひとりぶんの拍手がおくられる。
このゲーム、ひさびさにやったけどすっかり感覚鈍ってたなー。社会人になってからめっきりゲームやらなくなっちゃったしね。
難関コースが相手と言っても、やられっぱなしは癪だ。いつかリベンジしたい。
「あのさ、日野。次なんかやりたいのある?」
今まさに言おうとしていた台詞をそっくり言われてしまった。
ずっとソファーでだらけていた彰子は、いつの間にか姿勢を正して隣に正座している。
「お、彰子もついにプレイヤーとしてやる気が出てきた?」
「わたしばかり楽しんでたから、日野も楽しんでもらいたいなって」
どうやら、ボギー連発で内心落ち込んでいた私を励まそうとしてくれたらしい。
こっちとしては、見てくれる人がいるからそれはそれで楽しかったんだけどね。
でも、やってる姿を見ているうちにやりたいと思ってくれたのなら本望だ。
「じゃあ、次。いちばん簡単なコースにするから、彰子も打ってみてよ」
「うん。日野はやる? それとも見てる? どっちでもいいけど」
「さっきの彰子目線で楽しむことにするよ」
ふたりで競い合うのもいいけど、やる側と見る側の面白さを交互に味わうのも悪くない。
ゲームを動画で済ませることの何が楽しいのか、って思ってたけど。彰子のプレイを眺めているうちにだんだん分かってきた。
ちなみに彰子は『少女ゴルファーでも300ヤードかっ飛ばせるってどんな世界やねん』とか突っ込みながらクラブを振っていた。
彰子はいちいちツッコんでくるから面白い。『だらぁ』『どあほ』って人格変わるから笑ってしまう。君のほうが配信者向いてるんじゃないのかな?
とりあえず、もっと仲良くなるとの目標には近づけた感じかな。
ゲームの元ネタはみんなのGOLFです。




