39.美女?
「すぐ来る」
「来るって?」
バンザイポーズを元に戻したコアラさんがよくわからないことをのたまった。
そのまま待つのも間が持たないので、枯れたユーカリの木に魔法をかける。コアラさんは大喜びでカクカクした踊りを披露していたわ。
全部元通りにできる日も近いわね。これでだいたい6割くらいは元に戻ったわよ。
変な踊りを見てたら……可愛い、じゃなくて。ふとした疑問が口をついて出た。
「コアラさんって二足歩行なんだね」
「突然どうした。そうだな。人間も二足歩行だろ」
「確かにそうよね。ふわふわだから、トラシマみたいに四足じゃないんだと思っちゃって」
「まあ、いろいろあるんだ。待ちぼうけにしてすまんな。ユーカリを食べればすぐに時間が経つぞ」
「私はちょっと……あ、そうだ」
ポンと手を叩く。あることを思い出したわ。
エミリーがコアラさんにって何やら考えているみたい。「きっと喜んでくれます」何てことを言っていたっけ。
「どうした?」
「ううん。次にお屋敷に来てくれた時のお楽しみね」
「すぐ行く」
「ま、待って。何か来るんだよね」
「そうだった」
歩き始めたコアラさんを後ろから抱きしめて動きを止める。
どさくさに紛れて、ふわふわの頭を撫で撫でしたわ。うふふ。
「うぎゅう」
コアラさんの声にキュンキュンしたところで、ガサガサと草木が揺れる。
来るって言ってたけど、コアラさんが誰か呼んだみたい。
トラシマは耳をピクリと上げたけど、目を開くこともなく再び眠りについた。
尻尾も動いていないし、彼が「危ない」との反応をしないから、コアラさんが呼んだ誰かなのかなと思ったの。
「呼んだー?」
艶やかな紫色の長い髪に右手を通しながら顔を出したのは20代後半くらいの色気のある女の人だった。
王都でもこんなに綺麗な人を見たことが無いわ。同性の私でも艶のある彼女をつい魅入ってしまうほど。
ん? 彼女が動くと黒っぽい何かも動く。
「よお。すまんな。急に呼び出して」
「いいのよ。あら、可愛いお嬢さん。人型には興味がないんじゃなかったの?」
「ルチルはユーカリの木を復活させてくれたんだ」
「そういえば、枯れていた木が元に戻っているわね」
んーと口元に人差し指を当て顎を上げる姿が小悪魔的で色っぽい。
そこじゃなくて、私が目を離せないのは彼女の下半身である。
彼女の腰から下は巨大な蜘蛛だった。蜘蛛に似た形状といった方が正確かな。
彼女の脚は蜘蛛と同じ八本あるのだけど、甲虫の殻のように金属光沢があってつやつやしていて毛が生えていない。
「へえ。この娘が」
「は、え……」
蛇に睨まれた蛙のように固まってしまっちゃった。
彼女の目が赤く輝いたからビックリして。
「あ、驚かせちゃったかしら。人間じゃなくてごめんなさいね。私はアラクネーのオウロベルデよ」
「ルチルです」
「ルチルちゃん、ありがとうね。コアラくんがくたばりそうだったけど、私じゃ何もできなくてね」
「いえ。コアラさんに魔法が使えるようにしてもらったんです! それで」
頭を下げる姿まで艶がある。
そんな感謝されるようなことはと思い、焦ったように言葉を返しちゃった。
だけど、彼女はゆっくりとした口調で続ける。
「そうだったのね。コアラくんの人間の友人と同じね」
「そ、そのお方って。ラインハルト様でしょうか」
「名前まで覚えていないわ。人間の男の子よ。仲が良かったのに森の外へ行っちゃったんだって聞いているわ。不幸な事件があったとか」
「は、はい……そうらしいです」
忘れたくとも忘れることができないシルバークリムゾン王国誕生秘話。
ユーカリの木が燃えたことによってマジ切れしたコアラさんが竜? と戦ったんだっけ。
最後は竜が反省して謝って来て、結局、ラインハルト様がユーカリの木をもう一本育てて解決したのよね。
「ベルデ。糸をもらえるか?」
「その袋。新しくするの?」
「いや、ユーカリが落ちないし、これは問題ない。ほら、人間は服を着たり、リュックを持ったりするだろ」
「そう言うことね。コアラくんの恩人に私も何かと思っていたの。服がいいの? それとも糸のままがいい?」
てこてことオウロベルデさんの元まで寄って行ったコアラさんが早速目的を告げる。
久しぶりに会った様子だけど積る話などなく、さっそく本題に入るところがいかにも彼っぽくてくすりとしちゃった。
彼女は服を作ることもできるのね。とっても興味があるけど、グッと堪えて糸をお願いしたわ。
「遠慮しなくていいのに。あなたが着る服くらいなら『ついで』で大丈夫よ」
「え! でも」
「あはは。色をつけるのはコアラくんに頼んでね」
「は、はい」
ちゅっと唇をすぼめたオウロベルデさんが指を鳴らすと指先から糸が出てきてみるみるうちに服になっていく。
出来あがったのは白一色ながらも縁と裾に花柄の刺繍がなされた見事なワンピースだったわ。
裾が短いのはいいとして、体にぴったり張り付くような形になりそうね。裾にスリットが入っているから私には大胆過ぎるかも。
寝間着にしちゃってもいいかもしれないわね。
「はい。着てみる? それとも先に色をつけてもらう?」
「この場で着るわけには」
「あら、別に人間の男がいるわけでもないし」
「誰も見ていなくても屋外で着替えるのは少し抵抗があるので」
「ふうん。人間ってよくわからないことを気にするものね」
屋内だったらその場で着替えても全然問題ないわ。
コアラさんがいる?
コアラさんは男の人だけど、人間じゃないし裸を見られても全く気にならないかな。
言い方は悪いけど、トラシマと一緒に裸で水浴びしても気にならないじゃない。それと同じよ。
人間と同じような目で見ていたら、コアラさんは服を着てないし目なんて合わせることはできないわ。
むしろ、服を着ている方が違和感ありありよ。
会話をしている間にもオウロベルデさんはしゅるしゅると糸を出し続け、あっという間に長さ一メートルくらいの糸巻きくらいの束を5つも作ってくれた。
彼女に糸を提供してもらえるのはとっても嬉しいけど、糸というのは現物じゃなくて糸を生産する素が何かないかなってことだったのよね。
ハッキリ言わなかった私が完全に悪い。
でも、この糸……とてもいい。王国内で極少量だけ存在し、一般には流通していない糸に生糸というものがあるの。
それに似た、ううん。生糸よりもっと繊細で肌ざわりが良い。
アラクネーの糸って凄いわ。




