16.解呪
「よしよし。それをだな、水桶の中に突っ込む」
「うん」
緑の水滴が水面にぴちょんと接する。
私の水滴と水の中に起こった小さな渦とさざ波がぶつかり合った。
私の魔力を拒否しようとしている?
「嫌がってるだろ? もっと流し込んでみろ。三滴くらい」
「うん」
言われた通りにしてみると、三滴目の魔力はすううっと水の中に広がって行く。
さざ波はこの水に他の誰かの魔力が込められていたってことかな?
コアラさんの魔力と違って、他人の魔力を拒否するようなそんなものが。
「とまあ。そんな感じだ。慣れてくれば魔力が見えるようになる。そいつは弱い闇属性の魔法だな。より強い魔力を当てると弾け飛ぶ」
「呪いみたいなもの?」
「有り体に言えばそんなとこだ。そいつが村人に悪影響を及ぼしていたんじゃないか?」
「そうなんだ。でも」
水に魔法がかかっていたとして、エミリーのウォータースクリーンのように範囲が広くなりすぎると術を維持できなくなるわよね?
私の考えを察した彼がすぐに反応する。
「水はどんどん湧き出てくるから、魔力が薄まり最後は効果を維持できなくなる、ってことか?」
「うん。それそれ」
「誰かがやったのか、水源からしてどうかなってんのか。自然現象か人為的なものか見極めは必要だな」
「ありがとう! 浄化することはできそう」
人為的なら定期的に魔法をかけていて、自然現象ならずっと呪いがかかりっぱなしだけど、私が毎日浄化すれば何とかなるよね。
考えを整理していると、コアラさんがまとめてくれた。
「一時的かもしれんが、井戸に直接魔力を注ぎ込めばいい。解呪の魔法があればもっと少量の魔力でいけるんだが、強引に魔力そのものでも術式は破壊される」
「そんな技初めて聞いたわ……」
「魔力の流し込みは外部魔力じゃなきゃ不可能だからな」
「確かに」
ウィザードってすごいと改めて思ったわ。
コアラさんも外部魔力を使うウィザードだよね、きっと。
感心して魔力に集中していた意識をコアラさんに向ける。
おいしそうに、ユーカリの葉を食べていた。
「もっしゃ」
「おいしい?」
「おう。この上なく。後はなんだったか、インプか?」
「うん。今は見かけないけど……」
「インプが大量にいるってのは普通じゃないな」
「そうなんだ?」
「インプは群れて行動しない。あいつら超ビビリだからルチアくらいの魔力保有量があれば、逃げて行くんじゃねえか?」
「そういうことだったのね」
私は自分の魔力を感じとることができなかったけど、インプは分かっていたんだ。
水に含まれていた呪いを感じ取ることができなかった私だけど、魔力を感じとることはできるのよ。
体内魔力だけ、という注釈はつくけどね。
だから、エミリーの持つ魔力も分かるし、魔力保有量にもよるけど容量が大きい人なら100メートルほど離れていても分かるわ。
でも、世の中ややこしくて魔力の痕跡を隠す隠遁系の魔法もあるし。体内魔力も魔法で隠されちゃうと感じとることはできなくなってしまう。
難しい……。
「とまあ、インプについてはこんなところだ」
「え?」
「魔力に集中していたのか? そうだな。しばらくはそうしている方がいい」
「インプのことを教えてくれていたの? ごめんね」
「大したことじゃない。俺に分かることは自然下のインプは群れない。犬猫よりは高い知恵を持つ。後は魔力を持つ生き物だから使い魔として契約可能、くらいだな」
「使い魔……そんな魔法もあるんだね」
「ん? 廃れてしまったのか?」
「私が知らないだけかも。自分の魔法を磨くことはしたけど、他は植物の育成や武芸なんかで魔法の知識を深めてなかったから」
コアラさんが使い魔について教えてくれた。
要するに自分と意思疎通ができるペットみたいなものみたいね。
その人の熟練度次第で、使い魔を通して視界を共有することなんかもできるんだって。すごく便利そう。
「こんなところか? 水とインプ、他にも何か相談事があれば言ってくれ。外敵を排除するとかそういうのは明後日くらいからにして欲しい」
「そんな物騒な……」
コアラさんは餓死寸前まで衰弱していた。今だって10枚くらいのユーカリの葉を食べただけで、私のために村まで来てくれている。
もう少しゆっくりと休んでからの方がいいよね。数時間前には倒れて動けなくなっていたんだもの。
そんな私の心配をよそに彼はこめかみ当たりを自分の爪でつつき、思案している。
「聞いている限り、インプ以外に会ったのは村の人間だけなんだよな?」
「うん、村では、そうだよ」
蔦の化け物のことを思い出し、嫌な汗が流れた……。
この後、コアラさんを小川まで見送ってから井戸に再び戻って来たの。
その頃には夕焼け空になっていたわ。
「暗くなる前にやっちゃいましょう!」
井戸を覗き込み、魔力に意識を集中させる。
と、その時。
「ルチル様ー!」
私を呼ぶエミリーの声が聞こえてきた。
遅くなっちゃったから心配させてしまったのかも。
彼女には小川まで行くと言っていただけだったから、仕方ないか。
正直に森へ行くなんて言ったら、彼女もついてくると譲らなくなってしまうんだもん。
彼女には魔力を回復してもらわなきゃいけなかったし。ごめんね、エミリー。
と彼女に心の中で謝罪しつつ井戸の枠に乗せた手を離し、パタパタと走って来る彼女に向け手を振る。
「エミリー。魔力は回復できた?」
「はい。バッチリ全快です!」
「後でいろいろお話しなきゃならないことがあるんだけど、先にやりたいことがあるの。少しだけ待っててもらってもいい?」
「もちろんです。ですが、井戸の水は危険とジェット様が」
「原因が分かったの。今から浄化してみようと思って」
「それはすごいことですよ! 何が原因だったんですか!?」
「それも含めて、後でお屋敷で、ね」
「はい!」
水桶で魔力を三滴だったから……どれくらい井戸に水が溜まっているのか分からないけど、大雑把にやってみよう。
水桶100杯分くらいをとりあえず。
雑に魔力を注ぎ込む方が一滴、二滴とやるより遥かに楽かも。
コアラさんに教えてもらったから、外部魔力を捉えることにも慣れてきた。
さあ、一気に行くわよ。
緑色の魔力がドバドバと井戸の底に注ぎ込まれる。少しの反発を見せた水面であったが、私の魔力の方が全然多かったらしくすぐに静かな水面になってくれたわ。
水桶を井戸の底に入れ、うんしょと引っ張り上げていたらエミリーも手伝ってくれた。
今度は一滴だけ水桶に魔力を落としてみたの。
うん、抵抗する反応は無し。湧いてくる水によって浄化された水がまた汚染されるかもしれないけど、今日のところはここまでかな。
「では帰りましょう!」
「はい!」
エミリーと並んでお屋敷に向かう。
本当に長い一日だったわ……ううん、まだ夜が残っている。
エミリーに水とインプのこと、そして私の魔力のこと、コアラさんのこと。一杯お話することがあるわ!
先に黙って森に行ったことを「ごめんなさい」しなきゃ、ね。




