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-7- 兄として

「お兄様……?」


 心配そうにアゼリアが僕の顔を覗き込んでいた。

 辺りはすっかり暗くなっているようで、肖像画に触れる前には半分だけ閉められていたはずのカーテンは全て閉められ、部屋のシャンデリアには魔法の優しい灯りが揺れている。


 どうして、こんな大切な事を忘れていたんだろう。


 ライアット・エメロード、そしてエリオット・サフィール。

 この二人は間違いなく僕の親友だ。


 しかし僕自身については、7歳頃の出来事がばっちり入ってきただけで最近の事についてはまだまだはっきりしない。エリオットの顔は思い出せたし、先ほどまでの想像通り奴は陰険眼鏡だったのだけど。


「どうすりゃいいんだ!?」


「きゃっ」


 思わず叫んでしまった。僕の傍に付き添っていたアゼリアが目を丸くしている。

 すまない。だって、このまま何もしなければ僕は死んでしまう。


 記憶の中の”私”はのんきにこの世界を満喫できない事を残念がっていたみたいだが、13歳までをこの世界で生きてきた僕からすれば、残念とかいう一言では済まされない。

 ”私”の記憶がほとんど無い以上、僕として生きてきたこれまでが僕の全てだからだ。

 しかし、エリオットの送ってきた肖像画に触れる事によって、僕は”私”の記憶の一端を思い出した。

 そう、あれはラブレターじゃない。



『鍵』だ。

 僕の記憶をこじあけるための鍵。



 ストーリーを思い出した”私”は、おそらく僕が記憶を失くす事まで見据えて布石を打っていたのだ。


 一気に流れ込んできた映像と共に、”私”のゲームについての記憶も戻ってきた。

 それで分かった事といえば――


 ・ここは『エトワール・ドゥ・プランセス』という乙女ゲームの世界。

 ・アゼリアは『エトプラ1』に出て来る主人公のライバル、悪役令嬢。

 ・悪役令嬢の兄のひとりは、ゲーム開始前には死んでいる設定。

 ・悪役令嬢の2番目の兄には名前設定が無い。



 おい最後!名前無かったのかよ!!


 まぁ、ゲームスタート前に死んでるとか、完全にモブ……いや、モブ以下の存在だもんな……。

 それに、僕のかわいい妹が悪役令嬢だなんて……なんてことだ!


 しかし、ゲーム中のアゼリアは今とは性格が違っているように思う。思い込みが強いところ、しっかり好き嫌いをいうところは似ているかもしれないが、特定の誰かへ執拗に意地悪するようなタイプではない。気に入らないことがあれば、はっきり目の前で本人に言う。本人に直接言うのもどうかと言われそうだが、僕の可愛い妹は良くも悪くも真っ直ぐな性格なのだ。


 他にもいろいろと情報はあるのだが、僕に直接関係がありそうなのはこの辺りだろうか。


「どうなさったの、お兄様」


「いや、うん、……エリオットの事を思い出した」


「まぁ。では……お医者の言う通り、少しずつ回復しているのですわ」


「そうかもしれないな」


 驚いた様子のアゼリアはふわりと笑顔になって、感激するように両手を胸の前で合わせている。今日も可愛いよ、アゼリア。


「では、お食事を持ってまいりますね!消化が良いようにと……お兄様の分は美味しそうなリゾットですの。待っていてくださいませ」


 兄の回復を素直に喜んでいる様子のアゼリアは、うきうきと元気よく部屋を出て行った。勢いよく開いた扉が、廊下にいたアンナによってゆっくりと閉じられる。すっかり扉が閉じてしまうと再び部屋は密室になり、嬉しそうに僕の事をアンナに報告するアゼリアの可愛い声もボリュームを一気に絞ったように聞こえなくなった。


 もう一度、記憶から得られる情報を整理してみよう。


『エトプラ1』の主人公、セナ(デフォルトネーム)。

 彼女が攻略対象の中の王子様ルートへ進んでいくと序盤から悪役令嬢が出て来るのだが、この悪役令嬢の”兄”は『1』のスタート時点で既に死んでいる。


 悪役令嬢の名前はアゼリア、あろうことか僕の可愛い妹のことだ。

 ゲーム中では今の性格からかなり違ってしまっているが、これから2年の間に何かあるのだろうか。


 そして悪役令嬢の兄である僕は、『1』のスタート時点……2年後のアゼリアの学園入学までに死ぬ。

 おっと、今、”悪役令嬢の兄”という言葉で、僕の一番上の兄の可能性を考えたかな?

 残念、うちの兄貴は『1』にちょこっとだけ出演しているのだ。もちろん他に兄はいない。

 つまり、僕で確定。


 しかも、『エトプラ1』のファンブックや設定資料集をかなり読み込んだ記憶があるものの、僕の死因については書かれていなかったはずだ。本当にふわっとした感じで死んでた。まずい、このままだと単に時間経過で死ぬかもしれない。この前の事故で頭打ったからな……もしかして深刻なダメージがあるのか。


 ただ、希望が無いわけじゃない。

 ”夕暮れの3人”のスチルは、『エトプラ2』のものだ。


『エトプラ2』では、ファンディスク的なおまけ要素で既存のキャラクターの幼少期にもスポットが当たる。エリオットとライアットの幼少期を結びつけるエピソードとして僕が上手く使われた格好だ。エリオットとライアット、悪役令嬢の兄も含めた3人が親友だったという話は『1』でも軽く触れられるが、時折切なそうに俯く二人の過去トークに出て来るおかげで、悪役令嬢の兄には結構コアなファンがついていた。

 名前がついてないから、普通に”お兄様”、は分かるとして……悪役令嬢の兄を略して”悪兄”だとか、いろんな呼び名がついていた覚えがある。

 つまり、”悪兄”ファンの子達は、サブキャラ人気投票で欲望のまま僕へ投票してくれているのではないだろうか?見事上位に入っていれば、”悪役令嬢の兄”は『エトプラ2』の攻略キャラとして含まれている可能性がある。


 ここでの問題は3つ。


 まず、サブキャラ人気投票で上位に入っていなかった場合。――問答無用で『1』の開始前に死ぬ可能性が高い。


 次に、上位に入っていても『エトプラ1』の時間を通る時に矛盾が生まれるということ。

 もしも『エトプラ2』で僕が生き返って攻略対象に名乗りを上げているとしても、”物語が『2』に入ればそうなる”わけで、『1』発売時点では生き返らせる予定も無かったはず。

 7歳時点の”夕暮れの3人”のスチルは『2』のオマケにしか出てこないが、ちゃんとこれから『2』の物語につながると約束するに足るものだろうか?

 だって、僕らは普通にこれから年を取って、妹のアゼリアや主人公のセナは学園の1年生に入学する。それからの1年間は『エトプラ1』の領域なのだ。1年間丸々意識不明というのもぞっとしないでもない。


 そして3つ目、物語がどう進むかは主人公次第だということ。

『エトプラ1』のラストで主人公が攻略対象からの告白をOKすれば、そのままエンディングを迎える。

『エトプラ2』の物語が始まらないなら、僕は死んだままになるんじゃないか?


 これらとは別に最悪なのは、『エトプラ1』の開始と共に一度色んなものがリセットされる可能性だ。

 肖像画に触れるまで、僕はすっかり”私”の事を忘れてしまっていた。もしかするとアゼリアと共に魔獣に急襲されることは『1』にかかわりのある事だったから、こちらの世界のルールに引っ張られて、記憶に混乱が生じてしまったのかもしれない。


 こんな調子で”私”の記憶も含めリセットされたら、どうにもできない。

 僕が死ぬかもしれないって事実までも忘れたら、回避不能になってしまう。


 本当、どうすりゃいいんだ……。



 それから、気になる事がある。

 ”夕暮れの三人”のスチルだが、これは夕暮れの中シルエットの少年3人が手を振りあう一枚絵だ。そう、少年3人であって、断じて少年2人と女装少年1人のスチルではない。メインの二人と比べて僕の扱いはシルエットだったが、あんなドレス姿でない事は確かだ。

 ”エリオットのラブレター”というアイテムも『エトプラ1』には存在した。ただし、内容は正しくラブレターで、今回僕に送られてきたものとは全く違う。


 おそらく、”私”がこの世界に迷い込んだ時点でストーリーに大きな矛盾が生じているのだ。これから僕が死を回避しようと不確定要素を増やすことは、かなりのギャンブルになる。

 不確定要素が増えてストーリー通りに進まないとなれば、せっかく”私”がよみがえらせてくれた『エトプラ』全般の知識が死を回避するためのチートとして使えなくなるからだ。


 だけど、そのギャンブルに乗ってでも、僕は死ぬわけにいかない。

 なぜって、僕の可愛いアゼリアが悪役令嬢扱いされる未来なんて認められないだろう?



 今の僕は、僕の大切な妹――アゼリアの兄として生きているんだから。



「お兄様、お夜食食べられそうですか?」


 アゼリアの後ろから、続いてヨハンがワゴンを押して部屋へ入ってきた。

 ワゴンには両側に耳のついた丸いグラタン皿が乗っていて、優しく立ち上る湯気からは香ばしいチーズの香りがする。消化のしやすさだけでなく、僕の好物も配慮して作ってくれたようだ。


「大丈夫だよ、アゼリア。君が学園を卒業して、素敵なレディとして独り立ちするまでは、僕が傍についてる」


「……!はい、お兄様。頼りにしております」


 先ほどまで僕が思い悩んでいた内容など知るはずもないアゼリアからすれば突拍子もない話だったろうに、アゼリアはくすくすと笑顔をこぼれさせながら頷く。

 まだ学園にも入っていないのに気が早いと思ったんだろう。


 とにかく、ひとまずの目標は”アゼリアの入学まで生き延びること”だ。


 そして、生きて『エトプラ1』の開始を見届ける事が出来たら、

 アゼリアが悪役令嬢にならないためのフラグを見つけるのだ。


ややこしい説明はここでいったん終わりです。

”僕”の目標:とにかく妹の入学式を見るまで生きる

      (訳・魔法学園の可愛い女子制服を着たアゼリアの姿を見るまでは死ねない)

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