-4- プロパティ・ウィンドウ
ルフレ王国。
その名の通り光の満ち溢れるこの国は、鉱物資源の豊かな国である。
長年魔力をため込んだ地質が様々な魔力を含んだ宝石を生み、ひとたび珍しい鉱石や宝石が発見されれば、瞬く間に貴族の話題の的となる。
古来から鉱物資源の恩恵にあった王国民たちは、その感謝と畏敬を込めて貴族の家名に石の名を冠したのだった。
「男なのかよ、サフィール……!」
王国の成り立ちについてやんわり振り返ってみたものの、現実逃避しきれなかった。
「はい、サフィール様は男性です……よね?」
自信無さそうに、アゼリアが可愛く小首を傾げる。僕を女性だと勘違いした件が尾を引いているらしい。いや、常であれば聡明なアゼリアがそんなうっかりを繰り出す事は無いのだが、予想外な場所に僕が現れて相当焦っていたんだろう。
ところで、王国では若い女性が手紙を書く時、便箋の線に対して少し控えめな、丸みを帯びた字を書くことが多い。二人でしばらくジグソーパズルを続けているうちに紙片がある程度手紙の形になってきたのだが、どうにも筆跡が女性にしては素っ気ないというか……きっちりと文字が線に合わせて整然と並ぶ様が会計文書か何かに見えてきたので、アゼリアに言ったのだ。サフィールって男っぽい字を書くんだな、と。サフィール様は男性ですから、とあっさり返された僕の気持ちはいかばかりか。
「なるほど……サフィールが男だから、許嫁となると僕が女性なんていう突飛な話に繋がっていくわけか……。先に家名じゃなくて名前を聞いておくんだった」
王国内に同性同士の恋人達は人知れず存在しているようだが、結婚できる制度は無い。ルールに厳格な貴族が許嫁と言うからには、異性同士の話だと考えるのが当たり前なのだ。ちなみにライアットの家名はエメロードだから、ライアット・エメロードが正式な名前だ。うちはジェット家なので、アゼリアはアゼリア・ジェット。そしてこの手紙の主は、エリオット・サフィール。サフィール家の次男坊で頭の出来が良いんだが、うちに遊びに来る度に棘のある物言いをするし僕に色々と難しい頼み事をするらしく、アゼリアは苦手に思っているそうだ。
「お兄様はいつも笑って受け入れていらっしゃるけど……わたくしは少し、雰囲気が苦手なのです」
「名前を聞いたら、なんとなく……本当になんとなく、思い出したような……」
サフィールはアゼリアから聞いたイメージだけで言えば、陰険眼鏡だな。愛する妹に意地悪な言動をするなんて、僕からすれば親の仇みたいに覚えているはずなのだが、もやがかかったように思い出せない。もしかしたら、めちゃくちゃ影が薄い奴なのかもしれない。とにかく今度会う事があったら一言物申してやらなければ。
「お兄様はまだ本調子ではないのですもの……わたくしとしては、お兄様がサフィール様を思い出せなくても平気なのですけど」
サフィールは、僕が魔法をうまく使えるのをいいことにあれこれと仕事の手伝いをさせるらしい。アゼリアは複雑そうな表情の後に苦笑して、ぴったり合った紙片同士を張り合わせる作業に移行した。ところどころ穴はあるようだが、内容を読むにはたいして支障は無さそうに見える。手元にある分の紙片を粗方並べ終えて貼り合わせに加勢すると、二人での作業はスピードを増し、あっという間に元通り……とはいかないが、くしゃくしゃの手紙らしい塊が完成した。
「どれどれ……親愛なる友人、……ここは破れてるな」
遠目に早速読み始めると、いきなり良い所で紙片の穴に当たる。絶対ここに僕の名前があっただろうに丁度いい感じで虫食いのように破れて失われているのだ、無念。おそらく名前は何度か出てくるだろうと希望を持ちつつ、さらに読み進めていこうと虫食いをつついた瞬間、
覚えのあるぴりぴりとした頭痛が額の内側で駆け廻った。
字列が縦横無尽に目蓋の裏を走り目が回りそうになった頃、脳内でカツンと大きな音が響き、意味のある文章が浮かび上がる。
※エリオットのラブレター(?)
エリオットが以前頑張ってしたためたラブレターらしきもの。
この恋が玉砕してしまったことは、ビリビリの状態からも察せられる。
丁寧に貼り合わせられているが、肝心の想い人の名前は読みとれない。
一体だれが修復したのか真実は闇の中。
※
「……!お兄様、お顔の色が……!」
「大丈夫、今回は大丈夫……多分」
危ない。不意打ちの衝撃に気が遠くなりそうだったが、昨日の経験が早速生きて踏ん張れた。これ以上アゼリアに心配をかけるわけにはいかない。それに、鳥かごの時に比べて頭痛もそれほど酷くなかったのが良かった。触れるものによって違うのかとも思うが、少しずつ身体がこの奇妙な能力に順応しているのかもしれない。
それよりも何よりもつっこみたい部分が色々とある。
「お兄様……」
「これ、ラブレターなのか……?」
「えっ。……そう、なのではないですか?文面には許嫁などと書かれていますし……」
おっかなびっくりもう一度手紙に触れてみても、今度は頭痛は起こらなかった。
その代わり瞼の奥じゃなく、近未来SFみたいに、視界の真ん中に同じ文言の書かれた薄青の四角いウィンドウが開く。
※エリオットのラブレター(?)
エリオットが以前頑張ってしたためたラブレターらしきもの。
この恋が玉砕してしまったことは、ビリビリの状態からも察せられる。
丁寧に貼り合わせられているが、肝心の想い人の名前は読みとれない。
一体だれが修復したのか真実は闇の中。
※
あの痛みや奇妙な感覚は、初めて触れる時に限られるのか。
そしてこのウィンドウは……そう、パソコンのプロパティウィンドウみたいなものだろう。
僕はある特定のアイテムに触れた時、そのアイテムの名前と解説が見られるらしい。知りたいと思えば何度も表示できそうだ。
しかし、影の薄いインテリ陰険次男坊からラブレターを送られても、ちっとも嬉しくないぞ……。いや、”らしきもの”と言うからには、第三者目線の解説だ。これは一体、誰が考えた解説なんだろう?
とにかく、落ち着いて手紙を読み進めていくことにする。
『 親愛なる友人、〇〇
既に気付いているだろう?これを書いたのは僕だ。
ライの名前じゃなければ貴様の執事は届けてすらくれないだろうからな。
あの日の約束を覚えているか。
とおく幼い日、貴様をいいなずけにしたいと言った日の事だ。
貴様の肖像画をうちの屋敷に来ていた画家が描いただろ。
やっとジェット家に送ったから、地下室にしまわれているはずだ。
今こそ約束を果たす。
2-21・3-22・6-20・2-18・3-21・5-15・2-6・7-1・2-8
E 』
うん、ラブレターと言えばラブレターと言えない事もない、かもしれない文面ではある。あくまで第三者が読んだなら。
手紙の最後に付け加えられた数字の羅列は魔力で書き足されたものだ。おそらくアゼリアには見えていないだろう。僕の魔力の質をよく理解していなければ、こんな芸当はできない。つまり、エリオットは僕と相当親しいのだ。
アゼリアは、エリオットが僕に無理難題をよく押し付けてくると可愛く怒っていたが、それも親しいがゆえのことだったのだろうと今なら想像できる。
ラブレターに見せかけた手紙。
僕には、全てを語らないこの手紙が、何か大切な伝言のように思えてならない。
なぜって、どうしてこんなに胸が熱くなるんだ。
僕は確実に、大事な事を忘れている。