-1- プロローグ
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「ずっと聴いていたいんだ」
「いつも想っていたんだ」
「大丈夫、きっと君を見つけ出す」
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カツン、カツ、カツン、カツ、
踵が軽快に廊下を鳴らす。
抑えきれない喜びが口元を緩ませ、長い廊下の先へと急がせた。
贈り物を抱え直し、ガラス窓に映った自分の身だしなみをもう一度だけ確認して、新緑の匂いの濃い、土の上へと短い階段を降りる。
中庭に足を踏み入れた途端、空気が変わった。
周囲の音が消えて、静謐な中に浮かび上がるのは物語を予感させる蔓薔薇のアーチ。
胸が高鳴り、足が止まる。深呼吸すればようやく音が戻ってきた。
ただ、抱えた贈り物に気付かれたらしい。
心地よい風が鈴を転がすような笑い声を運んでくる。
背筋を伸ばし、少し気取った素振りでアーチを抜ければ、目の前には白いガーデンテーブルとアフタヌーンティーセット。
そして、何より、
なんて愛らしいんだ!
絹を思わせる光沢をまとう銀髪が、そよ風にさらさらとなびく。こちらを見上げるのは輝きを放つ紫水晶を思わせる瞳。長い睫毛は瞬きの度に光を弾き、きゅっと品よく結ばれた唇は意志の強さを示すように形良く弧を描く。きめ細かな白い肌を引き立たせる淡い青のドレスは元来持って生まれた可憐さをより感じさせるし、あまりに作り物めいた美貌はともすれば生気が希薄になってしまいそうに思えるが、頬に差す柔らかな赤みと強い視線がまるで小説の一枚絵のように風景ごと切り取ってしまいたくなるほど鮮烈に心に迫ってくる。きらきらとその瞳が映しているのが自分だと言うのがこの上ない幸福と、同じ地上に産まれ落ちた運命を感じずにはいられ……
「お兄様、お褒めの言葉は嬉しいのですが……その大きな包みを一度下ろされては?」
心で賛辞していたつもりが、全部声に出ていた。
目の前に立つ美少女は、僕の妹のアゼリアだ。
困った様子で眉尻を少し下げているが、口元は嬉しそうに微笑んでいる。年は僕の3歳下。先程の賛辞は決して誇張しすぎという事はなく、まさに妖精が実在すればかくあらんという愛らしさの少女だ。
決して僕の贔屓目ということはない。屋敷の人間も、それこそ屋敷の外の人間だって、一目視界に入れば振り返ってでも見惚れてしまうのだから。王国妹ランキングなるものがあれば確実に殿堂入り間違いなしである。
「おお、そうだった。もうすっかり顔色も良いようだね、アゼリア。兄はお前の元気な顔が見られて本当に嬉しいよ」
「何をおっしゃるのです。元気になって嬉しいのは、わたくしの方です。もうお身体はよろしいのですか?」
「僕の身体?アゼリアこそ、何を言うんだい。このとおり、ピンピンしているさ」
抱えていた贈り物の包みをテーブルの脇に下ろし、力こぶを作るようなポーズをとってみせる。上等な生地だと分かる黒のジャケットに包まれた腕は、同年代の男どもに引けをとらない程度に筋肉がついているはずだ。
「それならばよいのですが……。お兄様、どうぞお座りください。お茶も冷めてしまいますから」
ほっと安心した様子で息をついたアゼリアは、包みを気にしながらも席に着くよう勧めてきた。まだ本調子ではない事に気付かれてしまったのかと内心冷や汗が出る。勧められるまま彼女の正面に座って、誤魔化すように微笑んで頬を掻いた。軽い頭痛も感じるし、この場を辞したら休んだ方が良さそうだ。
※
アゼリアには僕を含めて二人の兄がいる。
一番上の兄アデル、僕、そしてアゼリア。
あの日は、前々から鳥を飼いたがっていた妹のために、森へ綺麗な鳥を探しに行ったんだ。
僕等の可愛い妹は、もうすぐ誕生日だから。
ところが、僕らが歩く街道に魔獣が飛び出してきて――。
よく覚えていないけど、僕はアゼリアを庇って魔獣に吹っ飛ばされたらしい。頭を打ったせいか、記憶があいまいだ。どんな魔獣だったのかも思い出せない。
※
「さて、お待ちかねの贈り物を先に披露しようかな。アゼリア、開けてみて」
「ありがとう、お兄様!わたくし、何を頂けるのか楽しみにしていたのです」
残念ながら鳥は捕まえられなかったものの、元々プレゼントとして用意していた鳥かごはここにある。本当なら、アゼリアの気に入る小鳥が入っているはずだったんだけれど。
身体の調子の話から話題を変えたくて、足元の包みに触れた。包み方が甘かったらしくて、綺麗な銀色の羽の意匠が隙間から少しだけ見えてしまっている。嬉しそうにアゼリアが手を伸ばしてくるから、注意深く受け渡そうと持ち上げた。
「それほど重くはないけど、気をつけて」
彼女に包みを持たせ、さりげなく隙間を覆い隠そうと――鳥かごに僕の指先が触れた途端、ぴりぴりとした頭痛が走る。
※鳥かご(とりかご)
アゼリアが学園に置いている立派な鳥かごは、彼女の二番目の兄が贈ったもの。
ただし彼はアゼリアにこの贈り物をした後、ほどなくして亡くなる。
オープニングムービーでアゼリアが抱き締めているのがこれ。
生徒会イベント中、主人公が不注意で触れてしまったためアゼリアから一方的に目の敵にされることになる。
※
カツン、と大きく硬質な音が頭に響き思わず目を閉じると、索引のような字列が意識を上下左右にスクロールして、これが答えだと言わんばかりに浮上した。頭痛がいっそう酷くなって、片手で目元を覆う。
「……、あ……?」
アゼリアには僕を含めて二人の兄がいる。
一番上の兄アデル、僕、そしてアゼリア。
あの日は、
前々から
「……お兄様?」
「いや、なんでも……ないよ、……」
「お兄様、お顔の色がすぐれませんわ」
「そう、かな」
カシャン、と陶器のぶつかる音がする。カップを倒してしまったらしい。
華奢な手が、倒れ込みそうな僕の肩を支えようと一生懸命に押してくる。
「大変……誰か来て!……お兄様!お兄様!しっかりなさって……!」
ところで、
僕の名前は、
――なんだっけ?
連載を始めてみました。
のんびりお付き合いください。