タイムカプセル
「今日、やっと会えるのね」
大学の入学式を終えた私がその足で向かった先は、母校の校舎裏に広がる雑木林の中だった。
私には、仲のよい幼馴染みがいた。
家も近所で、本当の姉妹のように育った。
何事にも積極的で、明るく、お話上手なエリカ。
彼女の周りにはたくさんの友人がいた。
そんな彼女と幼馴染みであり親友でもあるということが、私の自慢でもあった。
しかし、その関係は、高校に入ってから崩れてしまった。
「あ、委員長だ」
「うわあ、また教師にいいように使われちゃって」
「もう高校生だよ。本当に勉強しかやることないのかな、あの子」
声を抑えることもなく話しているのは、いつもの集団だ。そして、間違いなく私のことを話している。私は今、担任の指示に従って資料を運んでいるところだった。
けれども、その集団が私のことを何と言っていようがそんなことはどうでもいい。ただ、最後に聞こえた、
「そうだね」
そのひと言が、私の胸に深く突き刺さった。
――エリカ……。
目頭が熱い。
今にも、すべてを放り出して逃げてしまいたい……。
『エリカの裏切り者』
教室にいることが耐えられなくなった私は、一人で校舎裏の雑木林にやってきた。怒りをぶつけるように、力の限り穴を掘る。そこに、先程書いたばかりの手紙を乱雑に埋めた。そうすると、ほんの少しだけ気持ちがすっきりした。
翌日から、私は昼休みのたびに雑木林に向かった。もっと深く穴を掘って、百科事典ぐらいの大きさの木箱に手紙を入れた。
それが、三ヶ月ばかり過ぎた頃だった。
木箱の中に覚えのない手紙が入っていることに気がついたのだ。
開いてみると、
『こんにちは』
とだけ書かれていた。
その日から、私たちの奇妙な文通がはじまった。
私は、エリカの悪口をたくさん書いた。エリカのひどい裏切りについて綴った。
彼女はそれに対して、「ひどい子ね」と同調してくれた。
『あなたの学年を教えて』
しばらく文通が続いたある日、そう書き残すと翌日には返事が届いている。
『二年生よ』
私と同じだ。
『あなたはどこの大学を受験するの?』
次いで書かれていたことに、私はどきりとした。
「……私が大学進学を希望しているって、どうしてわかったのかしら」
就職するとは考えなかったのだろうか。短大や、あるいは専門学校という道もあるのに。
『S女大を目指しているわ』
すると翌日、
『同じね』
そう返事があった。私は驚いた。S女大は県内でも有数の難関校だったから。
「成績がよいのかしら」
成績上位者は名前が張り出される。私もそこに入っている。もしかしたら、私たちはすでに面識があるのかもしれない。
その頃からだ。ふと、あの集団の中にエリカの姿を見ることがなくなったのは。
――やっぱり、馴染めなかったのね。
エリカは、見た目以上に真面目な性格だ。これまでは無理をして周りに合わせていたのかもしれない。
――今はエリカのことより、S女大に合格することを考えないとね。
そうして、私はこれまで以上に勉学に打ち込み、S女大への切符を手にしたのだった。
「そろそろ来る頃よね」
腕時計を見ながらつぶやく。
高校の卒業を迎えたあの日、私は一通の手紙を雑木林の中の木箱に入れた。
『入学式が終わったら、ここで会いましょう』
そう。彼女もまた、S女大に合格したのだ。
卒業式の日に手紙を埋めて以来、木箱を開けていない。だから、彼女からの返事も見ていない。
今日、彼女がここに来るという確証もない。
けれども、私は、彼女は必ず来ると信じている。
ざざっと、風が私の頬を掠めた。
それと同時に、土を踏む音が聞こえる。
私は、振り返った。
「ハル」
友人から名前を呼ばれたのは、本当に久しぶりだった。
「遅いよ。……エリカ」
そう言うと、エリカはただ、
「ごめん」
とだけ言った。
「髪、黒に戻したんだね。あ、ピアスの穴も塞いじゃったの? もったいない」
エリカは何も言わず、ただうつむいている。
「エリカ、すごいね」
エリカが顔を上げた。
「まさか、エリカがS女大に合格するなんてね」
「ハルと、また学園生活を送りたかったから……」
「そっか」
「でも、ハルの言う通り。私は裏切り者。ハルが嫌だと言うなら……」
「とっくに気がついていたよ。文通の相手がエリカだって。親友の筆跡を見抜けないわけがないじゃない」
私は、エリカに手を伸ばした。
「これからよ。これからまた、私たちの学園生活がはじまるんだよ」
エリカが私の手をとる。そして、互いを見つめて笑い合ったあと、私たちは二人で木箱を掘り出した。
「ねえ、今からエリカの家に行ってもいい?」
「今から?」
「うん。タイムカプセルを二人で開けようよ」
「タイムカプセル? でも、この中身、もう全部知っているじゃない」
「いいのよ。想い出話をしましょう。この中には、私たち高校生活の想い出がたくさんつまっているのだもの」
私とエリカはまた笑い合う。
そうして、想い出の込められた木箱を交代で持ちながら、私たちは家路を急いだのだった。