ツンデレ治療師は軽やかに弟子との恋に落ちた……のか?
クリスは口角を上げて言った。
「皇帝になるには、シェットランド領の承認が必要だ」
「なっ! なんだと!? たかが、田舎領地の承認など!?」
クラウディウスが確認するように、コンスタンティヌスに視線を向ける。コンスタンティヌスはしっかりと頷いた。
「先帝からの条約でな。次期皇帝はシェットランド領の承認を得ることが必須になっている」
「どうして!?」
「それだけの力がある。この国を維持するには、シェットランド領の力が必要ということだ」
「なっ!?」
コンスタンティヌスが重い口調で言った。
「もしシェットランド領が動けば、この国は消え……いや、世界が変わる。それだけの力がある」
「間違った解釈をしてもらっても困るな」
クリスの言葉にクラウディウスが安堵する。
「そ、そうだよな。兄上は大げさだ」
「シェットランド領が動く時は、世界を敵にする時だ。その時は世界が消えるだろうけどな」
クラウディウスが目を丸くしてクリスを見る。
「兄上の説明と、どこが違うのだ?」
「世界を変えるなんて面倒なことはしない、というところだ」
クラウディウスが振り返ってコンスタンティヌスに確認する。コンスタンティヌスは静かに頷いた。
「だから、手を出すな、と父上も言っておられたのだ」
クラウディウスは信じられない顔でクリスとコンスタンティヌスを交互に見る。
「だ、だが、あんな雪深い田舎領地のどこにそんな力が……」
「我が国の建国の祖である、龍と鳳凰を従えているんだぞ。他にどんな力を秘めているのか想像もつかん」
草原での光景を思い出したクラウディウスは力なく椅子に座り込んだ。
「関われば厄災をもたらす……〝神に棄てられた一族〟の名は、伊達ではないということか」
「これに懲りたら余計なことはしないことだな」
クラウディウスが沈む。そこにセルシティが会話に入ってきた。
「で、クリスティとルドにも迷惑をかけたから、個人的に詫びをしたいんだけど」
ルドの肩がビクリと跳ねる。クリスはあからさまに嫌そうな顔になった。
「おまえが詫びをするとは、明日は剣でも降るのか?」
セルシティがクスクスと上品に笑う。
「失礼だな。事前にクラウディウス兄様を止めれなかったからね。詫びとしてはなんだけどルドの退団届を受理するよ」
「なっ!?」
クラウディウスが体を起こしたが、セルシティが手で制した。
「ただ、完全に受理すると、この国の戦力に影響が出る。だから、条件付きというのは、どうだろう?」
「条件?」
クリスだけでなくルドとクラウディウスも首を傾げる。
「そう。有事の際は招集をかけるから、その時には応じてほしい。それ以外の時は今まで通り、クリスティのところで治療師の勉学に励む。どうだい?」
クリスがルドに視線を向ける。ルドは少し悩んだが、小さく頷いた。
「そこが落としどころか」
「私としては退団させても良かったが、さすがに国の戦力に影響が出るのは問題だからな。いざ、という時は力を貸してくれ」
「わかった」
クリスが表情に出さずに安堵する。それを見逃さなかったセルシティがニヤリと笑った。
「よかったな?」
「べ、別に心配などしていなかったぞ」
顔を背けるクリスにベレンが微笑む。
「では、これで今まで通り、ということですのね。話は以上ですか?」
コンスタンティヌススが頷く。
「主要な話は終わったが、どうした?」
ベレンは立ち上がるとクリスの腕に抱きついた。
「あなたの屋敷にある書庫とやらに案内してくださいな」
「は? ちょっ、待て」
クリスがベレンに引きずられていく。
「師匠!」
その後をルドが慌てて追いかける。ポツンと残されたオグウェノは苦笑いをした。
「お姫さんは、すっかり本の虫だな。そうだ、頼みがあるんだが、いいか?」
頼み事をされると思っていなかったセルシティが興味深そうに頷く。
「なんだい? 私にできることならいいよ」
「そんな難しいことではない。しばらく……」
セルシティはオグウェノの申し出をあっさりと了承した。
※※※※
クリスの屋敷の書庫に案内されたベレンは目を輝かせて本棚に飛びついた。楽しそうに一冊、一冊を吟味している。
その様子に表情を緩めながらクリスは声をかけた。
「ここで読んでもいいし、持って帰ってもいいぞ。ただ、持ち帰る場合は貸し出しになるから、手続きをしてくれ」
「わかりましたわ」
返事はあったが内容が頭に入っているかは不明である。それぐらい集中している。
クリスは邪魔をしないために廊下に出ると、控えていたカリストに声をかけた。
「後は任せる。なにかあったら手助けしてやれ」
「わかりました」
カリストが優雅に頭を下げる。そこに満面の笑みを浮かべたカルラがやって来た。
「クリス様、今日は天気が良いですので、中庭にお茶をご用意しました」
そう言われてクリスが窓から外の景色を眺める。穏やかな日差しの下で、春先に咲く花が庭に彩りを添えていた。
「久しぶりにいいな」
クリスは勧められるまま中庭に出て、セットされた椅子に座った。ついこの前まで冷たかった風が温かくなっている。
「もうすぐ春だな」
全身で季節を感じているクリスの前に、カルラがティーセットを並べる。
「ところで、犬とは進展がありましたか?」
クリスが不在の間、ずっと落ち着かなかったカルラは根掘り葉掘り聞きだすつもりで、大量のお茶を用意して待機していた。本当は昨日のうちに聞き出したかったが、休ませるように、とラミラに止められて泣く泣く諦めていたのだ。
茶色の目を輝かせているカルラを横目に、クリスはまず紅茶を一口飲んだ。
「ふぅ」
大きく息を吐いて遠くを眺めるクリスにカルラがにじり寄る。
「で、どうでしたか?」
クリスは悟りを開いたかのような無表情で淡々と言った。
「何もない」
「嘘は言われないほうがいいですよ。犬の実家で一晩一緒に過ごされたとか、ラミラから聞いております」
クリスは紅茶を吹き出しかけそうになったが、どうにか堪えた。
「なら、ラミラから聞いたらいいだろ」
「昨日、報告をうけました。ですが、クリス様から直接お聞きしたいのです」
「……」
クリスが顔を逸らすが、カルラが追ってくる。
「で、犬と何があったのですか?」
緊迫した空気を裂くように声が飛んできた。
「あ、いたいた。おーい」
イディを連れたオグウェノが歩いてくる。クリスは苦い表情のまま訊ねた。
「どうした?」
クリスの前まで歩いてきたオグウェノが笑顔で言った。
「しばらくオークニーにいるぞ。第三皇子から許可を得た」
「なんだと!?」
驚いて立ち上がったところに可愛らしい声が響く。
「これだけの本を借りたいのだけど、いいかしら?」
ベレンが山積みの本を抱えているカリストを従えて小走りでやって来た。
「おまっ、多過ぎだ! そんなに読めるのか!? もう少し減らせ!」
「では、お薦めを教えてください」
「なに!?」
やっとゆっくり出来ると思っていたクリスは思わぬ騒動に頭を抱える。そこに、ルドが笑顔で歩いてきていた。
「師匠、治療院研究所から連絡が……」
クリスを囲むように近づいてくる。
「あぁ、もう……どこから片付ければいいのか……」
項垂れるクリスの耳元でカルラが囁いた。
「犬とは恋仲になりましたか?」
「こ、恋!? なんっ!?」
顔を真っ赤にしているクリスにカルラが微笑む。
「そろそろ自覚されたら、どうですか?」
「じかっ!? 私はそんな……」
「師匠、どうしました?」
呼ばれたクリスは、自然とルドの方を向いた。
ルドはいつもと変わらない笑顔のまま、軽く首を傾げてこちらを見ている。琥珀の瞳を視線が合う。それだけで、心臓が跳ね上がる。嬉しいような苦しいようなドキドキする。
「なんだ!?」
クリスが反射的に胸を押さえる。
「どうした? 胸が悪いのか?」
声をかけられてオグウェノを見た。
艶やかな黒髪の下で深緑の瞳が心配そうにこちらを見ている。文句がつけようのない男前の顔なのだが、なぜかバタークリームのケーキを食べた時のような甘ったるさを感じた。そして、脈が早くなることはない。
「師匠?」
再び呼ばれてルドの顔を見る。それだけでクリスは自分の顔が真っ赤になり、脈が早くなっていくのが分かった。
「きょ、今日は休む! 全部、明日からにする!」
「あ、ちょっ、師匠! 治療院研究所に返事だけでも……」
早足で歩き出したクリスをルドが慌てて追いかける。
カルラは軽く肩をすくめると、ベレンたちに声をかけた。
「お茶にされませんか? よければ、お話しをお伺いしたいので」
「よろしいですわ。なにを聞きたいのですか?」
カルラがにっこりと微笑む。
「クリス様はどのように恋に落ちましたか?」
カルラの視線の先では、顔を赤くしながらも、どこか嬉しそうにルドと話をしているクリスの姿があった。
これで完結です…………あ、石投げないで!。゜(゜´Д`゜)゜。
ちゃんと続き書いてます!
続編「ツンデレ治療師は軽やかに弟子と踊る~周りは二人をくっつけたい~」連載中
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頑張って書いてます!.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!(*≧∇≦)ノ