コンスタンティヌスとクラウディウス
シェットランド領と学問都市オークニーの境にある山の中腹。そこの開けた場所に大きなクルマが止まった。
「いやぁー、面白かった。今度は自分で操作してみたいな」
オグウェノが満足そうにクルマから降りる。続いてベレンとイディもクルマから降りた。
「不思議な乗り物でしたわ。馬車より速いのに、あまり揺れないのですね」
「まあな」
クリスやカリスト、ラミラが平然とクルマから降りる。最後に顔を青くしたルドが降りた。カリストとラミラがクルマの後ろのドアを開けて荷物を下ろし、待機していた馬車に移していく。
カイが運転席から降りてカリストに声をかけた。
「忘れ物はないか?」
カリストが頷く。
「大丈夫です」
「まあ、いろいろ大変だろうが頑張れよ」
「すべてが終わりましたら報告書を送ります」
「そうしてくれ」
カイは顔を青くして地面に座り込んでいるルドの隣にきた。
「相変わらず慣れねぇな」
「……慣れるのは難しいです」
「それでも、そのうち慣れるだろうから、頑張れ」
「……はい」
落ち込むルドにクリスが声をかける。
「出発するぞ」
「行きます!」
ルドが素早く立ち上がる。その機敏な動きにカイが笑った。
「大丈夫そうだな。またな、クリスティ」
「あぁ」
あっさりと別れの挨拶を終わらせたクリスが馬車の乗り込む。
カイはオークニーへと出発した馬車を姿が見えなくなるまで見送った。
少し馬車が走ったところで、オグウェノがクリスに訊ねた。
「今夜は月姫の屋敷に泊まってもいいか?」
「なぜだ?」
隠すことなく嫌そうな顔をしたクリスにオグウェノが当然のように訴える。
「泊まるところがないからだ」
そこにベレンが圧を込めた声でオグウェノを突き刺した。
「でぇーすぅーかぁーらぁー! 城があるのに、臣下の屋敷に泊まらないでくださるぅ? そんなに我が国に泥を塗りたいのですかぁ?」
「いや、城の主である第三皇子に宿泊の許可を得てないから、それまでの間……」
「許可なら私が出します。城にお泊りください」
「……わかった」
オグウェノがどこか残念そうに頷いたが、ベレンは満足そうだった。
翌日。
オークニーにあるセルシティの城に泊まったベレンとオグウェノとイディは、応接室にいた。そこへクリスとルドがやってきた。
「おはようございます」
頭を下げたルドにベレンが優雅に膝を折る。
「おはようございます」
「おはよう」
オグウェノも挨拶をすると、その後ろに控えていたイディも軽く頭を下げた。
「では、行きましょう」
眠そうに欠伸をしているクリスの腕にベレンが腕を絡める。
「……元気だな」
「これが終われば本が読めますから。さっさと終わらせましょう」
「そういうことか」
納得したクリスを引きずりながら、ベレンが勝手知ったる我が家のように城内を案内していく。どんどん城の奥へと歩き、セルシティの親衛隊が警備している部屋の前で止まった。
親衛隊が敬礼をして室内へ報告する。
「クリスティアヌス様がお出でです」
「入れ」
親衛隊がドアを開ける。クリスが部屋に入ると、衝撃的な光景が目に飛び込んできた。
大きめの部屋にローテーブルとソファーが並んでいるのだが、そのど真ん中で、土下座をしているクラウディウスの頭をコンスタンティヌスが踏みつけている。
予想もしていなかった光景にクリスが固まると、ベレンが慣れた様子で声をかけた。
「ここは帝城ではありませんから、もう少しお控えなさったほうが、よろしいのでは?」
思わずクリスが口を挟む。
「いや、それより他に言うことがあるだろ」
「あぁ、いつものことですから、お気になさらないで」
「これが、いつもなのか?」
戸惑うクリスを置いて、ベレンが近くのソファーにフワリと腰かける。後からルドたちが部屋に入った時には、コンスタンティヌスとクラウディウスは平然とソファーに座っていた。
クリスが困惑していると、コンスタンティヌスの隣に座っていたセルシティが苦笑した。それだけで、いろいろと悟って諦めたクリスがベレンの隣のソファーに腰を落とす。
すると、ルドがクリスの護衛するように背後に立った。オグウェノが窓の近くにある椅子に座り、その隣にイディが控える。
そこに老齢の執事がメイドを従えてやってきた。手際よく紅茶と茶菓子を置いて退室する。
皇子の城だけあり、茶葉は香りだけで一級品だと分かるし、茶菓子も珍しい果物に飴細工を施して、宝石のように輝いている。だが、手をつける者は誰もいない。
セルシティは全員を見回すと仕切り始めた。
「では、今回の騒動について、コンスタンティヌス兄様より説明をして頂きます」
コンスタンティヌスは忌々しそうにクラウディウスに視線だけを向けた。その気配を感じ取ったクラウディウスの肩がピクリと揺れる。
コンスタンティヌスはため息混じりに説明を始めた。
「今回のことは、クラウディウスが暴走したことが原因だ」
クラウディウスが慌ててコンスタンティヌスにすがりつく。
「だが、それはセルシティが……」
「順番に説明するから、しばらく黙ってろ」
「はい」
コンスタンティヌスの一喝でクラウディウスが小さくなる。
「確かに、きっかけはセルシティが一年前の祝賀会で、シェットランド領主を婚約者候補と紹介したことにある。私はまたセルシティの悪ふざけが始まったと頭を抱えていたのだが、クラウディウスはそれを別の方向に勘違いしてな。セルシティがシェットランド領主を伴侶に迎えることについて悩んでいると思ったそうだ」
クリスが頷く。
「〝神に棄てられた一族〟を親族に入れたくないと思うのは普通だな。しかも面子が大事な皇族となると、尚更か」
「そうだろう! だからオレは!」
ソファーから立ち上がって訴えるクラウディウスをコンスタンティヌスが睨む。それだけでクラウディウスは黙ってソファーに沈んだ。
「クラウディウスは、シェットランド領主をセルシティから引き離す方法を考えていた。そこにケリーマ王国の第四王子が、シェットランド領主に会うために我が国に来たという情報が入った。この時、クラウディウスはケリーマ王国にシェットランド領主を押し付ければよいと短絡的に考え、二人が帝城で出会うように仕組んだのだ」
「では、先帝の治療を依頼したのは?」
セルシティが困ったように微笑んだ。
「以前より皇帝から先帝の体が悪いと相談はされていた。もう少し詳しい情報を仕入れてからクリスティに治療の依頼をしようとしていた。しかし、クラウディウスから先帝の状態が悪化したためクリスティを至急帝都に登城させるように、と言われてな。急いで手筈を整えて、ルドに連れていかせたんだ」
「では、オークニーで私を襲ってきた賊は?」
「クラウディウスの手の者だ。狙われていると思えば早く帝都に行くだろう、と考えて軽く脅すつもりだったらしい。ただ、私の策によって、クリスティたちは予定よりかなり早く帝都に到着した。そこでクラウディウスは焦って第四王子の方も早く帝都に来るように仕向けたそうだ」
オグウェノが思い出しながら言った。
「あぁ。そういえば途中で、帝都にいる孫の結婚式に間に合わない、という老夫婦がいたな。馬に乗せて急いで移動したが……あれは、そいつの手先だったのか」
感心したように話すオグウェノに、コンスタンティヌスが怪訝な顔になる。
「気分を害さないのか?」
「なぜだ?」
「クラウディウスは貴殿を騙したのだぞ」
「それで誰か不幸になったのか?」
「なに?」
オグウェノが軽い雰囲気で話す。
「それで誰かが悲しんだり傷ついたりしたわけでは、ないんだろ? 孫の結婚式に間に合わないと憂いていた老夫婦も実はいなかった。それなら、別にいいだろ」
コンスタンティヌスがポカンと毒気を抜かれた顔になる。いままで無理難題なことや、常識では考えられない交渉事にも携わってきたが、交渉の場で表情を崩したことはなかった。
ここは表面上だけでも怒りや不快になり、交渉が自国に有利に進むようにするのが普通だ。だが、オグウェノはそれをせず流した。
この対応には裏があるのではないか、とコンスタンティヌスが勘繰っていると、クリスが軽く笑った。
「興味がないことには、とことん興味がないようだな」
「オレは自由に旅ができればそれでいい。邪魔をしないのであれば少々のことは気にしない」
「だ、そうだ。よかったな、相手が交渉下手で」
コンスタンティヌスがフンと顔を背け、隣に座っているクラウディウスを睨む。
「そもそも、おまえが勘違いしなければ……」
「すまない、兄上」
体を小さくしていくクラウディウスにセルシティが微笑む。
「一言、私に確認すればよろしいものを、それもせずに突っ走るからですよ」
クラウディウスが吠える。
「お前のことだ! 確認しても煙に巻くだろ!」
「そのようなことはしませんよ」
セルシティがどこか楽しそうに答える。コンスタンティヌスが額を押さえながら俯いた。
「弟たちでさえ思うように動かせないのに、国を動かすなど、まだまだだな……」
「兄上! 自分の力が足りないばかりに……」
クラウディウスがコンスタンティヌスのソファーにすがりつく。そこにコンスタンティヌスが立ち上がった。
「おまえに足りないのは頭のほうだ。あれだけ何度も勝手に動くなと言っているのだから、いいかげんに覚えろ」
コンスタンティヌスが容赦なくクラウディウスを足蹴にする。
「すみません」
蹴られているのにクラウディウスの顔はどこか嬉しそうだ。そのことに気が付いたクリスが、そっとセルシティに視線を向ける。
「クラウディウス兄様は気が強い美人が好みなんだ」
「そういうことは別の場所でしてくれ。で、話を戻すが、そこから何故、シェットランド領を侵攻することになった?」
「最終手段だったらしい。シェットランド領を押さえて、婚約を破棄させようとしたそうだ」
なんとなく予想はしていたがクリスは額を押さえた。
「それで侵攻するとは、短絡的で力技がすぎるだろ」
「クラウディウス兄様は、帝都に帰ったら皇帝から処罰が下る予定だから。シェットランド領には後日、詫びの品が送られてくるよ」
「詫びの品よりも、今回のことについて、しっかり箝口令を強いといてくれ」
コンスタンティヌスが質問をする。
「そうだ。爆発を抑えた魔法陣については調べがついたが、あの龍と鳳凰はどうやったのだ?」
クリスが深緑の瞳で釘を指す。
「皇帝より聞いていないか? シェットランド領に深く関わるな、と」
「だが……」
食い下がろうとするコンスタンティヌスに、クリスが冷ややかな視線を向けた。
「皇帝が跡取りと認めたなら、その時に教えよう」
クラウディウスが立ち上がる。
「貴様! それが次期皇帝となられる兄上への態度か!」
「そのような狭い了見では、この広大な国を統治することなど出来んぞ」
クリスの呆れたような言い方にクラウディウスが吠える。
「それは貴様が決めることではない!」
「わかっていないな。まさか、皇帝が跡取りと認めたら、皇帝になれると思っているのか?」
クラウディウスが静かになる。
「……どういうことだ?」
クリスが口角だけ上げて笑みを作った。
今夜投稿で完結します!(* ̄ー ̄)