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夢の中の本心

 クリスは器材の片付けをカリストたちに任せ、ルドを連れて先にシェットランド領に戻った。

 ルドのボロボロの姿に出迎えたミレナが驚く。


「どうしたの!? 治療医師を呼ぼうか!?」


「いや、帰る途中で治療は済ませた。ただ魔力がほとんど残っていないから休ませる」


「なら、着替えを準備して持っていくよ」


「頼む」


 ヨロヨロと今にも倒れそうに歩くルドに注意しながら、クリスは客室に入った。


「一先ず座れ」


「いえ、まだ大丈……」


 クリスが問答無用でルドの背中を押す。


「っ……」


 軽い力だったが、ルドは踏ん張ることが出来ずにベッドに倒れた。


「どこか大丈夫なんだ。やせ我慢するな」


「……すみません、師匠」


「なぜ謝る?」


「お手を煩わせて……」


「あのなぁ……」


 ノックの音が響く。クリスがドアを開けると、着替えとお湯とタオルを乗せたワゴンをミレナが持ってきた。


「手伝おうか?」


「いや、大丈夫だ」


「手がいるようなら声をかけて」


「わかった」


 ミレナが退室すると、クリスはお湯でタオルを湿らした。


「顔と頭を拭くぞ。そのあとは着替えだ」


「いややややや! 自分で出来ますから!」


 魔力がないため動かしづらい体で、ルドが逃げようとする。クリスは無理やり押さえつけると、ルドの顔を拭いた。


「そんなフラフラな状態で自分で出来るわけないだろ」


 ルドが諦めたように手を上げる。


「わ、分かりました。ですから、せめて座らせてください」


「あぁ、確かに座っているほうが拭きやすいな」


 クリスが離れる。ルドは緩慢な動作でベッドの端に座った。


「拭くぞ」


 クリスがルドの頭を拭く。ガシガシと拭かれているルドはどこか気持ち良さそうに目を細めた。タオルは埃であっという間に黒くなっていく。


 クリスは黒くなったタオルを置いてルドに言った。


「よし、じゃあ脱がすぞ」


「は? え?」


 驚くルドに、着替えの服を持ったクリスが当然のように説明する。


「さっきも言っただろ。着替えだ」


「いえ! 自分で着替えぐらいできますから! 大丈夫ですから!」


「なら、さっさと自分で脱げ」


 クリスに迫られ、抵抗する力が残っていないルドは大人しく上半身の服を脱いだ。バランスよくついた筋肉が露わになる。


 その姿にクリスは自分の顔が真っ赤になっていくのが分かった。顔を見られないように素早くルドの背中にまわり、着替えの服を広げる。ゆったりとした服なので着せやすい。


「着せるぞ」


 上着を頭から被せ、袖を通すのを手伝う。そこでクリスは、ルドの耳にある魔宝石のピアスが目に入った。


 ルドは脱力したように俯いており、クリスの視線には気づいていない。ここまで魔力を使ったことがなく、予想していたよりも体がしんどいのだ。


 ルドが今にも飛びそうになる意識をどうにか保っていると、クリスが耳に触れた。


「師匠?」


「動くな」


 振り返りかけたルドが止まる。クリスはルドの耳から魔宝石のピアスを外した。


「なにを?」


「交換しようと思ってな」


「交換?」


 ルドが首を傾げていると、クリスが胸からネックレスを取り出した。その先にはルドの魔宝石のピアスが付いている。

 クリスはネックレスから魔宝石のピアスを外して、ルドの耳に付けた。


「これで魔力を補充すればいい。まったく。魔宝石の魔力まで使い切るとは、やり過ぎだ」


 ルドは耳から魔力が流れてくるのを感じた。全身が満たされ、体が軽くなっていく。


 余裕が出てきたルドは苦笑いをした。


「予想よりも魔力を吸いとられた上に、爆発の規模が大きかったので……気がついた時には、魔宝石の魔力まで使って防御していました」


 ほとんどの魔力を球体に吸われ、爆発が起きた時には、実は身を守るほどの魔力は残っていなかった。そのため、今まで魔宝石に貯めていた魔力を無意識に使っていたのだ。


 ルドが思い返していると、クリスが魔力が空になったルドの魔宝石のピアスをネックレスに付けていた。

 そのことに気がついたルドが慌てる。


「魔力が空の魔宝石を持っていたら、師匠の魔力が吸い取られます。回復したら自分の魔力を込めますので、その魔宝石も自分に渡してください」


「別に私の魔力を吸い取られても問題はない。預かると言ったのだから、預かる」


 どこか意固地になっているクリスに、ルドが肩をすくめる。


「何度も言いますが、それは師匠にあげたものです。預けたのでは、ありません」


「知らん」


 クリスが顔を背ける。ルドは軽く息を吐きながら、着替えのズボンを手に取った。


「おかげで動けるようになりました。後は自分で出来ますので」


 クリスが横目でルドを睨む。


「預かっているだけだからな」


「なら、ずっと預かっていてください。それならいいですよね?」


「グッ……」


 クリスが言葉に詰まる。ルドは着替えるために立ち上がった。ふらつく様子もなく、しっかりと立てている。


 その姿にクリスは腕組みをして頷いた。


「大丈夫そうだな。ワゴンはここに置いておけばいい。今は、とにかく休め」


「わかりました」


 クリスが部屋から出て行く。ルドは埃まみれのズボンを脱いで新しいズボンを履いた。


「一応、出しておこう」


 ルドは埃だらけの服を載せたワゴンを廊下に出すと、ベッドに倒れこんだ。

 魔宝石のピアスから微かにクリスの魔力を感じる。


「そうか……ずっと師匠が付けていたから、師匠の魔力も吸収したのか……」


 疲労感から心地よい眠りの波がやってくる。こちらを心配そうに見つめてくる深緑の瞳と、抱き締めた時の温もりを思い出す。


「し、しょう……」


 ルドは意識を手離した。


※※※※


 ルドの耳に子どもがすすり泣く声が聞こえてきた。目を開けると、周囲は真っ暗で何もなく、ベッドで寝ていたはずなのに何故か立っていた。


「……ここは?」


 足元を見ると、膝を抱えて座る子どもの姿があった。

 子どもの背中には、長く伸びた金髪が小さな体を包むように広がっている。体は微かに震え、泣くことをこらえているようにも見えた。


「師匠?」


 ルドの声に反応したのか、泣き声が止まり、子どもの頭が動く。金色の髪の隙間から深緑の瞳が睨んできた。


 師匠が子どもになった感じだな。


 ルドが膝をついて手を差し出す。


「どうしたのですか?」


 小さな体がビクリと跳ねる。ルドは怯えさせないように笑顔で優しく声をかけた。


「怖くないですよ」


 深緑の瞳が警戒したまま小声で呟く。


「ほっといて……」


「どうしてですか?」


「……わたしは、きたない」


「なんで!?」


 思わず身を乗り出したルドから逃げるように小さな体が後ろに下がる。


「あ、すみません。でも、どうして……」


 子どもが床に視線を向ける。ルドも同じように下を見た。子どもを中心に水溜まりが広がっている。


「血……わたしのせい……」


「師匠のせい?」


「わたしを、逃がすために……」


 子どもがルドに手を見せた。小さな体が少し成長している。


「ほら。私の手は真っ赤……」


 鉄が混じったような独特の臭い。よく見れば水溜まりは血だ。


「私は守られるほどの価値もない」


 子どもから少女の姿になったクリスは、立ちあがると自嘲的に笑った。


「お前はいつも私をまっすぐ見てくる。疑うこともせず、まっすぐに向けられる尊敬と信頼。それが私には重いんだ。私はそれに応えられるほどの人間ではない。様々な人の、仲間の犠牲の上に立っているだけなんだ」


 クリスが両手で顔をおおう。


「心の中では、いつも全身血に濡れた自分が泣き叫んでいる。吐き出さないように、堪えるだけで精一杯なんだ。もう……私にかまうなっ」


 最後の言葉とともにルドがクリスを抱きしめる。

 クリスがそんなことを思っていたなんて、知らなかった。自分が追い詰めていたなんて、気づかなかった。守っていきたいと思っていたのに。


 ルドはクリスの頭を包み込むように腕でおおった。


「気づかなくて、すみません。大丈夫です。好きに泣いてください。叫んで、吐き出してください」


 クリスが驚きで目を丸くする。


「全て出しきってください。全部、受け止めますから」


「嫌だ」


「えっ!?」


 ここまできっぱりと拒絶されると思っていなかったルドは軽くショックを受けた。一方のクリスは顔を見られないように俯いている。


「だって……そんな醜い姿を、お前に見られたくない」


 思わぬ言葉にルドが軽く笑う。それを感じたクリスは怒ったように顔を上げた。


「笑い事ではないぞ。本当の私は……ずっと、ぐじぐじ悩んで……鬱陶しくて……面倒なんだ……」


 言いながら再びクリスの顔が俯いていく。ルドは少しだけ体を離すと、クリスの顎に手を添えて上を向かせた。


「知ってます」


「え?」


「師匠って意外と引きずるんですよね。思ったように治療が出来なかった時とか、ずっと考えているじゃないですか。性格だって素直じゃなくて、面倒だし」


「わ、悪かったな」


 クリスが拗ねたように、そっぽを向く。ルドはこめかみにかかる金髪にそっと触れた。


「ですから、大丈夫ですよ。どんな師匠でも、自分はそばにいます」


「……どんな私でも、か?」


「はい」


 笑顔でルドが頷くと、クリスが砂のように崩れていった。


 ルドの足元にできた砂山の上に金色の猫がいた。ルドが猫に手を伸ばす。猫は嬉しそうにルドの腕に乗り、そのまま肩まで駆け上がった。

 それからルドの顔に全身をこすりつけると、軽く欠伸をした。そして首に巻きつくと、安心したように深緑の瞳を閉じた。


「猫とは……師匠らしい」


 ルドが金色の猫を撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らした。尻尾がルドの手に絡みついてくる。


「大丈夫ですよ。ずっと、そばにいますから」


 遠くで猫の鳴き声が聞こえた気がした。


完結まで毎日投稿します!(*´ω`*)

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