区切り
クリスが服の下にある魔宝石を握りしめ、確信したように叫んだ。
「生きている気配はある! どこだ!?」
膝をついて手当たり次第に瓦礫をどけていく。そこに、冷めた顔をしたクラウディウスが剣を突きつけた。
「シェットランド領、領主、クリスティアヌスだな」
クリスはクラウディウスを無視し、ひたすら小屋の残骸をかきわけてルドを探している。
その様子に親衛隊の男が怒鳴った。
「貴様! クラウディウス第二皇子の御前であるぞ! 手を止めて、頭を下げろ!」
親衛隊がクリスの肩を掴もうとしたところで、オグウェノが立ちはだかる。
「こっちに攻撃の意思はないんだ。好きにしてもいいだろ」
「なにを!? 無礼にもほどが……っ」
オグウェノの軽い雰囲気が一変した。突然、親衛隊の男の全身に無理やり押し付けられるような重圧がかかり、膝をつきそうになる。
主以外の者に膝をつくなど、プライドが許さない親衛隊の男は、頭を下げかけながらも、どうにか意思を保ちながら叫んだ。
「な、何者だ!?」
「ケリーマ王国、第四王子オグウェノ・ケリーマだ」
「グッ」
地位の違いに親衛隊の男が下がる。短い金髪を風に揺らしながらクラウディウスが言った。
「そなたは一応、客人として扱われているらしいが、この国の内政には手出し無用だ」
冷めた紺色の瞳をオグウェノが睨み返す。
「これは友としての行動だ」
そう言い切ると、オグウェノはクリスの隣に移動した。そして、瓦礫を動かしているクリスの手に触れた。白い手は小さな傷だらけとなり、血がにじんでいる。
オグウェノは一瞬悔しそうに顔を歪めたが、すぐにいつもの威厳に満ちた表情で言った。
「友が困っているなら、手を貸すのは当然だろう。それが愛しき人なら、なおのこと」
クリスが手を止めて顔を上げる。そこには、普段とは少し違う微笑みを浮かべたオグウェノがいた。
まるで慈しんでいるような眼差しに、クリスが思わず首を傾げる。
「愛しき人?」
「そうだ」
オグウェノは大きく頷くと、瓦礫に向かって叫んだ。
「赤狼! 出て来なければ月姫はもらっていく!」
「こんな時に冗談を……」
クリスの言葉をオグウェノが途中で遮る。
「冗談ではないぞ。前にも言っただろ? 我は本気だ」
オグウェノがクリスの耳元に口を近づけて囁いた。
「赤狼に出てきてほしくば、このまま会話を続けろ」
まるで人質をとっているかのようなやり方に、クリスはオグウェノを視線だけで批判した。しかし、オグウェノの目に冗談や戯れはなく、真剣だ。
クリスが小声で訊ねる。
「出てくるのか?」
「あいつは簡単にはくたばらん。闇雲に掘って探すより確実で早い」
クリスがすぐにでもルドを探したい気持ちとの間で揺らいでいると、クラウディウスが入ってきた。
「クリスティアヌス! そのままケリーマ王国へ行くのであれば、シェットランド領への侵攻は中止するぞ!」
「どういうことだ!?」
驚くクリスの頬にオグウェノが手を伸ばす。
「それなら話が早い」
オグウェノが男前の笑顔でクリスの頬に触れ、顔を近づけてきた。
「……おい?」
「我と一緒に来い」
二人の影が重なりかけたところで、瓦礫の一画が盛大に崩れた。
「師匠から、離れろ!」
土埃にまみれた赤髪が瓦礫をはねのけて出てきた。最初は勢いが良かったものの、すぐにフラフラと倒れそうになる。
クリスは驚きながらも、すぐルドのところへ走り、手を伸ばした。
「無事か!?」
ルドが差し出された手を握りながら答える。
「大きな怪我はありません」
安心させるようにルドが笑顔を作る。その顔にクリスは全身の力が抜けかけた。熱くなった目頭を堪えるように俯く。
「……るな」
「すみません、ちょっと聞こえないんですが……」
どこかすまなそうな、遠慮気味な声。ルドのいつもの様子に緊張の糸が切れそうになる。
クリスは涙が出そうになるのを堪えながら、俯いたまま握りこぶしを作ってルドの胸を叩いた。
「心配させるな! と、言ったんだ!」
「ゲホッ! ゴホッ! し、師匠、さすがに傷に響きます」
「あっ! す、すまない。すぐに治療を……」
クリスが手をかざそうとしたところで、クラウディウスが怒鳴った。
「クリスティアヌス! ケリーマ王国に行くのか! 行かないのか! どっちだ!?」
クリスがクラウディウスを睨む。
「私はシェットランド領から離れるつもりはない」
「ならばシェットランド領に侵攻するまで!」
クラウディウスが背後にいる魔法騎士団に命令した。
「すぐに編隊を組め! 魔力が多い者は、転移魔方陣に魔力を送って起動させろ! 残りの者は、シェットランド領に侵攻だ!」
だが、魔法騎士団全員は同じ方向を向いたまま動かない。
「なにをしている! これは命令だ! 早くうご……」
クラウディウスの言葉が止まる。視線の先には龍と鳳凰が描かれた国旗を屈げた軍隊があった。
先頭には白金の騎士服を着たコンスタンティヌス第一皇子と、セルシティ第三皇子の姿がある。
その光景にクラウディウスが呆然と呟いた。
「な、なぜ、兄上がここに……」
コンスタンティヌスの落ち着いた声が響く。
「ただちに戦闘を中止して引き上げよ! これは皇帝の命である!」
魔法騎士団が素早く隊列を組んで国旗の下に集う。入れ替わるように馬に乗ったセルシティがやってきた。
「遅くなって、すまない」
セルシティが白金に輝く髪をなびかせながら微笑む。騎士服をまとっていても、勇ましさより美麗さが際立つ。
「遅すぎる」
クリスが脱力しながらセルシティを睨んだ。その隣でオグウェノが感心したように目を丸くする。
「噂通り……いや、噂以上の美人だな。しかも月姫より姫っぽい」
「月姫?」
セルシティが形のよい眉を少ししかめる。そして、理解したような顔になり笑顔で馬から降りた。
「貴殿がケリーマ王国の第四王子か。この度はクリスティが世話になった」
差し出したセルシティの手をオグウェノが男前の笑顔で握る。
「オグウェノ・ケリーマだ」
「セルシティと呼んでくれ。貴殿の武勇伝は聞き及んでいる」
「武勇伝なんて大したものではない」
「またまた、謙遜を」
お互いに悠然と笑い合いながら牽制をしている。クリスがその様子に首を傾げていると、コンスタンティヌスがクラウディウスの前に現れた。
呆然としていたクラウディウスの目に光りが戻る。
「あに、うえ……兄上! この度のことは、兄上の憂いを少しでも払おうと……」
「憂い?」
眉間にシワを寄せたコンスタンティヌスに対して、クラウディウスはクリスを指さして叫んだ。
「こやつがセルシティを惑わし、そのことによって兄上を憂いさせた! 災いの芽は早いうちに刈り取らねばなりませぬ!」
思わぬ言葉にクリスが会話に入る。
「ちょっと待て。私がいつセルティを惑わした?」
クラウディウスがクリスを睨む。
「とぼけても無駄だ。セルシティが貴様のことを婚約者と言ったと大勢の者が証言しておる」
「婚約者?」
クリスが素早く記憶を探る。一年前のベレンと初めて会った時のパーティーで、確かに婚約予定者とセルシティが紹介していた。
「あのとき、セルティは婚約予定者と言ったんだ。だが、そんな予定など微塵もない」
「そう言ってセルシティに取り入り、国を乗っ取るつもりだろうが、そうはさせん!」
「いや、人の話を聞け」
「皇族に〝神に棄てられた一族〟が入ってきたら、国に厄災が降る、と兄上は悩まれていた」
「だから、待て! 私は婚約者でも婚約予定者でもない! 皇族には入らない!」
怒鳴るクリスに、クラウディウスが怒鳴り返す。
「そんな言葉、信じられるか! こうなれば厄災の元であるシェットランド領ごと消し去るしかない!」
「皇帝の言う通り力技が過ぎるな」
クリスが呆れる。
コンスタンティヌスは馬から降りることなく、冷めた目をクラウディウスに向けた。
「今回の独断での行動は目に余るものがある。弁明があるなら、あとで聞く」
クラウディウスは何かを言いかけたが、声に出すことなく口を閉じた。
「……はい」
「連れて行け」
紺色の騎士服を着たコンスタンティヌスの親衛隊がクラウディウスを囲んで連行していく。その光景を眺めながらセルシティがクリスに訊ねた。
「一緒に話を聞くかい?」
「そうしたいが、無理だ。一度、シェットランド領に戻って犬の治療をしないといけない」
ルドが手を上げる。
「自分は大丈夫です」
「無理をするな。あの爆発から身を守るために、かなり無理をしただろうが」
ルドが無言になる。クリスはセルシティに言った。
「報告は後日聞く」
「わかった」
「行くぞ」
クリスはルドたちを連れて戻った。
セルシティの婚約予定者発言は前作の「ツンデレ治療師は軽やかに弟子に担がれる」の第72話で出てきます
完結まで毎日投稿していきます(๑•̀ㅂ•́)و✧