魔法騎士団第一部隊副隊長アウルスの視点より
薄暗く、鬱蒼と木々が茂る森の中。鎧が擦れる音と馬の嘶きが響く。平穏を壊すように駆け抜けて行く白い騎士たちの気迫に、森の動物たちが一目散に逃げ出す。
永遠に続きそうな暗さだったが、木々のすきまから陽が差し込んできた。森の出口が近いことに、白い騎士たちの雰囲気が揺らぐ。
そこで、今回この斥候の指揮を任された魔法騎士団第一部隊の副隊長であるアウルスは、馬を止めて隊員に釘を刺した。
「もう少しで森を抜けるが気を抜くな。この先でザスニッツ領の騎士団と合流する」
『はっ!』
全員が一糸乱れぬ動作で敬礼をする。その光景を見ながら、アウルスは事の始まりを思い出した。
※※※※
それは冬が訪れる前のことだった。
アウルスが日課の訓練をしていると、ルドから一通の手紙が届いた。何気なく中身を確認すると、それは退団願いであり慌てて隊長に見せた。
前触れのない突然の出来事に、隊長と共に頭を抱える。魔法騎士団のエースとして、そして今後の魔法騎士団を率いる者として、有望視されていたルドが、ここで簡単に退団など普通は認められない。
だが、ルドの祖父であり軍上層部に強い影響力を持つガスパルが退団を認可している。しかも、今は滅多に顔を出さない金獅子のカイまでも。
こうなると受理しないほうが、後々に面倒なことになる気配しかない。
ルドの直属の上司である魔法騎士団第一部隊の隊長は、魔法騎士団のトップである団長、ダーチェに相談をした。
だが、微妙な状況にダーチェも決断することができず、ついには軍を束ねているクラウディウス第二皇子に、ルドの退団願いについての相談をした。すべての判断をクラウディウス第二皇子に委ねたのだ。
人づてに聞いた話だと、クラウディウス第二皇子は
「必ず魔法騎士団に戻す」
と、退団願いを握りつぶしたらしい。
猪突猛進で、第一皇子以外は止めることが出来ないことで有名なクラウディウス第二皇子。
その第二皇子が、どうやって超が付く頑固者のルドを魔法騎士団に戻すのか。アウルスはいくら考えても、その方法が分からなかった。
そうして頭を悩ませながら冬を越し、待ち遠しい春の訪れを感じてきた近日。奇妙な出陣命令が下った。
部隊は関係なく、魔法騎士団の中でも魔力が強い者を中心に編隊を組んで出陣せよ、というのだ。敵や作戦の情報は一切なく、出陣場所も国内の領地という、前代未聞なことばかりだった。
あまりの情報の少なさに、命令自体を怪しんだ魔法騎士団の団長のダーチェが斥候を組織する。そして、その隊長にアウルスが任命され、様子を探ってくるように命令をされた。
斥候として出発する直前、アウルスはダーチェに呼び出された。
「今回の命令は不審な点が多い。選抜された隊員は部隊など関係なしで、とにかく魔力が強い者だ。だが、魔法戦をするにしては攻撃に特化している者が少ない。そして、戦をするには人数が少ない。かと言って、牽制するにしては数が多い。あと、帝都より運ぶように命令された荷物と、その護衛。あまりよい雰囲気ではない」
「はい」
「目的がまったく見えない。だから、おまえに斥候として先に動いてもらう。場合によっては現場の判断で行動しろ」
「はっ!」
命令では目的地にいる魔法師の指示に従え、であったが、その指示に怪しい点があれば独自の判断で動いていいということだ。
※※※※
「アウルス副隊長?」
声をかけられて現実に戻ったアウルスが気を引き締める。
「行くぞ!」
掛け声とともに馬の腹を蹴り、走り出した。
森を抜けると、そこは小高い丘の上だった。眼下に枯草の草原が広がり、その端には山脈からの雪解け水が集まった大きな川が流れている。枯草の草原の中心に、簡素な石造りの小屋があるが、人影はない。
「ザスニッツ領の騎士団は、まだ到着していないか」
魔法師が滞在しているであろう小屋へ移動しようとして、アウルスは馬を止めた。
「待て!」
足元から微かに魔力を感じる。アウルスは後方に声をかけた。
「ザッツ。確か、魔力検知が得意だったな?」
「はい!」
「この周囲を調べてくれ」
「はっ!」
呼ばれた男が馬から降りて地に手をつける。こげ茶色の短髪が一斉に逆立った。
「ここから一直線に魔法の罠が仕掛けられています。魔力の強さに応じて魔法が発動するようですが、致死ほどの威力はないようです」
「そこの小屋にいる魔法師が仕掛けたものか?」
「わかりません」
「避けて進むぞ」
「こちらに仕掛けはありません。ついてきてください」
馬に乗ったままザッツが先導する。そのすぐ後ろを他の隊員が並んで付いていく。アウルスは警戒しながら最後尾を進んでいたが、何かに気が付いて叫んだ。
「止まれ!」
「え?」
振り返ったザッツの姿が一瞬で消える。そして、ザッツのすぐ後ろにいた二人も続けて消えた。
「な、なんだ!?」
他の隊員が慌てて馬を下げる。目の前には巨大な穴があり、そこにザッツを含めた隊員三名と馬が三頭、落ちていた。半数が脱落した事態にアウルスが一気に警戒を強める。
「怪我はないか!?」
「私たちは平気ですが、馬が!」
アウルスが周囲を警戒しながら穴の底に視線を向ける。家、一軒が軽く入る巨大な穴の底で、馬たちが起き上がろうとしているが、怪我をしたようで立てない。
アウルスは素早く指示を出した。
「ウルバヌス、降りて馬の治療をしてこい。キイシスは左側を警戒しろ。俺は右側を見張る」
『はっ!』
ウルバヌスが明るい茶髪を翻して巨大な穴の中に降りる。
キイシスはアウルスに背を向けると、いつでも抜刀できる姿勢で周囲を睨んだ。
「敵は……何者でしょうか?」
「わからん。もしかしたら、あの小屋を守るための罠なのかもしれんが……それならば事前に連絡があるはずだから、その可能性は低いな」
アウルスが見えない敵を探すが気配はない。そこに穴の中から声が響いた。
「馬の治療が終わりました」
「馬を連れて出れそうか?」
「魔法を使えば出れます」
アウルスは悩んだ。
これだけの穴から馬を三頭も出すためには、ある程度の魔力が必要になる。見えない敵からの襲撃の危険もあり、魔力は残しておきたい。しかし、馬がいなければ機動は落ちる。
そこでアウルスは命令の内容を思い返した。帝都からの荷物を安全に運び、現場にいる魔法師の指示に従うことであり、戦うことではない。
「魔法を使って穴から馬を出せ」
「はっ!」
魔法の詠唱の後、馬が一頭ずつ穴から浮かび上がってきた。ゆっくりと地面に降りたが、突然のことに馬は興奮している。それでも穴から出てきた隊員になだめられ、少しずつ落ち着きを取り戻した。
「いけそうか?」
「はい」
全員が馬に跨る。
「慎重に行くぞ」
そうは言ったものの、アウルスたちは小屋に着くまでに、さまざまな罠にかかった。枯れ草から一斉に石が飛んできたり、謎の液体が降ってきたり、その液体に虫が群がってきたり……
その中でも辛かったのは、辛子入りの煙幕に覆われた時だった。目やのどに入った激辛の辛子は、とにかく内側から激しく刺激してくる。涙と咳が止まらず、当然馬も暴走した。
そのため、魔法の罠が仕掛けてある場所に足を踏み入れてしまい、そのまま炎や雷に撃たれかけた。だが、そこは魔法騎士団。普段の地獄の特訓の賜物か、馬を操作しながら本能で全てを回避した。
そうして逃げ込むように小屋に入った一同は、息も絶え絶えに呟いた。
「なんだ……この罠は……」
「死なないように、絶妙に手加減して……ゲホッ」
「まずは、水で目を洗お……ん?」
アウルスが両手を出したまま固まる。他の隊員も同じように固まった。
「水が……出せない?」
「魔法が使えない?」
「まさか!?」
アウルスが小屋のドアを開けようとしたが、まったく動かなかった。
「クソッ!」
全身でドアに体当たりするが、まったく開く様子がない。他の隊員も窓や壁を叩いたが、ひび一つ入らない。
「閉じ込められました!」
ザッツが床に手を当てて観察する。
「どうやら、小屋の下に魔力を吸い込む魔法陣が敷いてあるようです。我々の魔力が常に吸われています」
「破れそうか?」
「この小屋を壊さないと無理です」
アウルスが剣でドアを斬りつけるが傷一つ付かない。
「この小屋自体には硬化魔法がかけられている。魔力を吸収する魔法陣の上に、建物を硬化する魔法をかけるとは、かなりの手練れだな。魔力を吸収する魔法陣の上で魔法を使えば、普通は魔力が吸収されて上手く発動しないが……そこを絶妙な距離を開けて魔法を設定している。こんなことが出来る魔法師は、そういない」
アウルスはザッツに訊ねた。
「こんなことが出来る魔法師は、この国に何人ぐらいいる?」
ザッツが短髪をかきながら唸る。
「十人……いるか、いないか、ぐらいです」
「その中で、こんなことをするのは誰だ?」
「わかりません」
「そうか」
アウルスは小屋の奥に向かって叫んだ。
「誰かいるか!?」
本来ならここに魔法師がいて指示を仰ぐ予定であった。だが人が生活していた名残はあるが、今は人の気配がない。
予想通り返事がないため、アウルスは部下に指示を出した。
「ザッツとウルバヌスは、魔法陣の綻びを探せ。他の者は探索しろ」
「はっ!」
辛子の刺激で出てくる涙と咳をこらえながら、男たちは広くない小屋の中の探索を始めた。