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作戦

 中心にある壇上に立ったエーヴァは、議会場内を見回すと説明を始めた。


「先ほど、この国の第二皇子が率いる魔法騎士団と、隣接している領地の騎兵隊が、シェットランド領に向かっているという情報が入りました。目的は不明です。予測ですが、早ければ明日の朝には、東の山脈の入り口にザスニッツ領の騎兵隊と、魔法騎士団の一部が到着します。緊急召集をしたのは、シェットランド領として、どのような対応をするかを決めるためです」


 そこでカーンと金属音が響いた。全員の視線が音の発生元に集まる。

 赤茶の髪の中年女性が鋭い目付きで発言した。


「その山脈なら、まともな道もありませんし、まず超えることすら難しいでしょう。時期的にも、シェットランド領に入る前に、自滅すると思います」


 同じ金属音が響く。今度は茶色の髪の中年男性だった。


「私もそう思う。わざわざ緊急議会を開くことでもないだろ」


 同意見なのか、会議場にいるほとんどの人が頷く。そこにクリスがボタンを押した。


「春先とはいえ、冬の山脈は危険だ。貴殿たちが言うように、ほっといても寒さと雪で、自滅するだろう。だが、その自滅するのは、トップの愚かな命令を遵守した兵たちだ。立場的に兵たちは意見することも、断ることもできない。だからと言って、犠牲にしたくはない」


 金属音と共に、赤茶の髪の中年女性が発言した。


「当然、無駄な犠牲はないほうが良いです。話し合いに応じるのであれば、こちらは喜んで席を準備しましょう。ですが、その様子がないから、緊急議会が開かれたのでしょう? こちらから出来ることが、ありますか?」


 クリスが待ってましたとばかりに答える。


「戦意を削ぐことはできる」


「戦意を?」


「そうだ。兵たちの戦意を削いで士気を下げ、その間に侵攻の目的を探り、撤退させる」


「そのようなことが、できるのですか?」


「作戦はこうだ」


 クリスの説明に、議員の半数以上が首を傾げた。


「そんなことで、戦意を削ぐことができるのですか?」


「とても撤退するとは思えません」


「子ども騙しですね」


 多くの否定的な意見が出る中で、移住をしてきた人たちは賛成意見を述べていく。


「効果はあると思います」


「あなた方には普通のことでも、他の領地の人は見たことがないものですから」


「士気が下がるというより、混乱するでしょうね。そこから交渉に持っていくのも、アリだと思います」


 クリスがボタンを押す。


「もし失敗しても、シェットランド領に損はない。それに山脈を超えるのに時間がかかるから、その間に次の対策を考えればいい」


 金髪の女性がボタンを押した。


「もし実行するのであれば、一つだけ問題があります。それは時間です。早ければ明日の朝、到着予定でしたよね? これから器材をそろえて、運んで、設置するとしても、明日の朝には間に合いません。そして気象条件を考慮しましたら、それを実行できるのは早くて明後日の朝になります。それまでの時間稼ぎは、どうするのですか? 山脈は領地の境界地域です。下手に動けば、シェットランド領が先に攻撃してきたと、難癖をつけられます」


 クリスが下唇を噛む。


「……明日の朝までに、準備はできないか?」


「そう簡単なものでは、ありません。設置場所の割り出しはできますが、そこに実際に設置できるかは、現地に行かなければ分かりません。そして、実際に設置できなければ場所を移動しなければなりません。そうしたら、他の器材も場所を微調整する必要があります。そのことを考えると、明後日の朝でも難しいぐらいです」


「ならば……」


 悩むクリスの顔の横に、赤髪が垂れた。クリスが驚いて振り返ると、ルドが手を伸ばしてボタンを押していた。


「自分が時間を稼ぎます。シェットランド領と無関係の自分が独断で動いたと言えば、シェットランド領の方々が責に問われることはないでしょう」


「なにを勝手に……」


 ルドがクリスの口に手を当てて塞ぐ。エーヴァが眉をひそめた。


「それでは、あなたが責に問われることになるでしょう? 私たちの領地の問題に、それこそ無関係のあなたを巻き込むわけには、いきません」


「なら、自分が関わったことが分からないように、動きます」


「そのようなことが、できるのですか?」


「姿を見せなければ、なんとかなります。足止め、籠城戦の経験もあります」


「ですが、一人で魔法騎士団と騎兵隊を相手にできるのですか?」


 疑いの視線がルドに集まったところで、金属音が響いた。視線が最後列に移る。


 オグウェノが手を挙げて言った。


「人数が不安なら、オレとイディも行こう」


 エーヴァが困惑する。


「三人に増えても、相手の人数は……」


 カイがボタンを押して、エーヴァの言葉を切った。


「こんな見た目だが、そこの赤髪は一人で小隊を滅ぼす悪魔として敵国から恐れられている、魔法騎士団のエースだ。で、こっちの筋肉は同レベルの強さを持っている。この二人なら、一週間は余裕で足止めできる」


 思わぬ内容に議会がざわつく。エーヴァは、ルドとイディを見た後、確認するようにカイに視線を向けた。


「本当ですか?」


「あぁ。引退はしたが、軍人としての人を見る目は腐ってないつもりだ」


「ですが、何もしなければ相手が自滅する状況です。それなのに、わざわざ犠牲者が出るかもしれないことを、したくありせん」


 引かないエーヴァをルドが説得する。


「無傷というわけには、いかないと思いますが、無理はしません。なによりも、兵も一人の命です。それを無能な上の判断で失いたくありません」


「そういえば、ここに向かっているのは魔法騎士団でしたね。つまり、仲間を無駄死にさせたくない、ということですか。そういうことなら、わかります」


 エーヴァがクリスに確認する。


「クリス、よろしいですか?」


「……あぁ」


「では、必要な器材と移動手段をそろえましょう。器材については……」


 クリスは会議中ずっと目を伏せており、ルドを見ることはなかった。





 議会が終わり、人々が去っていく。立ち上がったクリスは、顔を上げることなくルドに言った。


「すまない……お前に危険な役目をさせることになって」


「どうして師匠が謝るのですか? むしろ勝手に口出しして、すみません」


 ルドが頭を下げるが、クリスは顔を逸らした。


「いや、お前のおかげて計画が実行できる。助かった」


「師匠の力になれるなら本望です」


 そう言ってルドが顔を上げる。クリスが思わずルドを見ると、そこには屈託ない笑顔があった。


「どうしてお前は……」


 クリスがルドの胸を掴み、額を押し付ける。


「し、師匠!?」


 ルドはどうすればいいか分からず、おどおどする。


「え? あの、師匠?」


「私は、お前が思っているほどのものでは、ないんだぞ……私は……」


「師匠?」


「私は、お前まで……失ったら……」


 クリスの声が沈んでいく。失う怖さは知っている。できれば、誰も失いたくない。


 そんなクリスの気持ちをルドは感じとっていた。


 だが、今はそれよりも、クリスの言葉と態度に喜びを感じてしまっていた。

 場違いな感情だと分かっている。それでも、失いたくない、必要だ、と暗に言われたら嬉しくなるしかない。


 ルドは上げていた手を、思いきってクリスの肩に添えた。手は震えない。なによりも、初めてクリスに求められたのだから、力になりたい。応えたい。


 肩に触れられたクリスが驚いて顔を上げると、ルドは微笑んでいた。


「こうしても、なんともありません。これなら、師匠から学ぶことが出来ますよね?」


 クリスはポカンとした後、ルドの両手を見た。震えていないし、汗も出ていない。


「……いつの間に女性恐怖症を克服したんだ?」


 ルドは笑顔のまま答えない。


「……無理だと思っていたんだが」


「言ったことは必ず守ります」


 あぁ、こいつはこういうヤツだった。


 クリスは先ほどまで悩んでいたことが嘘のように、心が軽くなっていた。大雨で全てが流されたあとの、清々しく晴れた青空のように、スッキリしている。


 クリスは諦めたように微笑んだ。


「仕方ないな。約束だ」


「やった!」


 ルドが両手に力を入れてクリスを引き寄せる。クリスはルドの胸に顔を押し付けられて苦しくなった。


「お、おい! 潰れる!」


 クリスが一つにまとめた金髪を揺らしながら、顔を真っ赤にして叫ぶ。

 ルドは体を離すと、嬉しそうにクリスの頬に触れた。こめかみから垂れた金髪がルドの手に流れる。


「すべて終わらせて、早くオークニーに帰りましょう」


「帰る……そうだな。早く帰ろう。そして、いつもの生活に戻ろう」


「はい!」


 ルドが大きく頷いた。


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