暗雲
映像の女性は微かに震えながら話し始めた。
「ティアナ。あなたがこれを見ているということは、無事に地球に到着できたのね。ここは隕石が衝突して、施設の内部が次々と爆発しているの。もう、ここも長くないわ。だけど、これだけは伝えたくて……気づいていないかもしれないけど……何を言っているか、分からないかもしれないけど……」
女性が強く両手を握る。
「私たちは、コピーではないの。一人の人間なの。同じ遺伝子だけど、同じ人なんて、一人もいなかった。それぞれが必死に、最後まで生きた」
クリスの脳裏にフラッシュバックのように突如、記憶が蘇った。
同じ顔の人々に囲まれながらも、それを疑問に思わず穏やかに過ごしていた日々。時には厳しく、時には優しく、みんなが様々なことを教えてくれた。
けど、みんないなくなってしまった。
クリスの目の奥が熱くなり、視界が滲んでいく。
「だから、私たちが生きていた証を残して! 私たちがしたことは、神への冒涜ではない! 生き残るために必要っ……」
大きな爆発音とともに映像が切れた。
「テレサ姉さん!」
思わず叫んだクリスの目から涙が零れた。そのまま膝から崩れ落ちそうになったクリスをオグウェノが支える。
「どうした?」
「思い……出した……私を……最後まで逃がしてくれたのは……テレサ姉さんだった」
「……そっくり、だったな」
そっくりというものではなかった。瓜二つ。その言葉は、この二人のためにあるのではないか、というほど同じであった。
「ねぇ……さん……」
クリスが力なく俯く。自然と手が胸に伸び、服の下にある魔宝石を握りしめていた。
※※※※
高い建物の入り口では、クリスたちの出待ちをしている一行が和やかにティータイムをしていた。
ルドがレモンパイを頬張りながら感想を言う。
「美味しいですね。特にレモンの甘酸っぱさがちょうどい……」
言葉の途中で突然、ルドが立ち上がった。
「キャッ!」
「どうした!?」
イディが素早く周囲を警戒するが変わりはない。
「どうかしたのかい?」
ミレナが訊ねるが、ルドは無言のまま建物の上部を睨んでいる。
「心配なのは分かるけど、建物の中には入れないからね」
「……はい」
ミレナの念押しにルドが悔しそうに頷く。そこに、ラミラが慌てた様子で走って来た。
※※※※
微かな振動に気が付いたカイは、懐から小型通信機を取り出すと耳にあてた。
「どうした、なにか問題が…………はぁ? なんで、そんなことに? わかった。すぐ戻る」
「どうしました?」
エーヴァの視線が険しくなる。カイは困ったように眉を寄せた。
「この国の軍隊が、シェットランド領に向かっているらしい」
「なぜ?」
「わからん。とりあえず、下におりて詳しい話を聞かないとな。情報はこれで全部か?」
マーリアが頷く。
「隠し情報がなければ、ですが。念のため、もう少し詳しく調べてみますので、新しい情報が出てきたら報告します」
「頼む。クリスティ、動けるか?」
「あぁ。大丈夫だ」
クリスが立ちあがってオグウェノの手から離れる。
「じゃあ、一度帰るぞ」
三人は急いで建物を後にした。
※※※※
カイたちは帰宅すると食堂に直行した。テーブルの上に地図を広げたカリストが出迎える。
「おかえりなさいませ」
「どういう状況だ?」
「アンドレからの報告ですが……」
カリストが人や馬の形をしたボードゲームの駒を地図の上に並べていく。その様子を見ながらルドが呟いた。
「そういえば、見えないところから護衛していたアンドレの気配が、途中から消えていたのは……」
「軍の動きで気になるところがありましたので、アンドレに探りに行かせていたのです。そこで、判明したのですが……」
カリストが人の形をした駒を地図の上に置いた。そこはシェットランド領と隣接している、ゲッペンピン領とザスニッツ領の境にある山脈の麓である。
「数か月前より、ここに数人の魔法師たちが集まり、何かをしていたそうです。そして五日前、魔法騎士団の中でも、魔力が強い者を中心に組まれた編隊が、ここに向けて移動を始めたそうです。あと、ゲッペンピン領とザスニッツ領の騎兵隊も、ここに向かっているそうです」
カリストが馬の形をした駒を動かす様子を見ながら、カイが腕を組んで唸った。
「それだけの情報で、シェットランド領に向かっているとは、言えないだろ。そもそも、そこからシェットランド領に入るには道がない。自殺行為だぞ」
「情報では最終目的はシェットランド領の制圧で、そのための準備をしている、とのことでした」
「うーん……それなら、その目的以外でここに集まることはないだろうが……それにしても、なぁ……第三皇子と連絡は取れたか?」
「それが、オークニーにはいないようでして……」
「連絡がとれない、か。まあ、第三皇子がいなくてもオークニー領は軍を通さないだろうから……シェットランドに侵攻する気なら、ここの山脈を越えるぐらいしかない。が、そもそも侵攻されるようなことをした記憶はないぞ。それに侵攻するなら、その理由を先に通達するもんだろ?」
「そこは後で考えましょう。それより軍です。春先とはいえ山脈には多くの雪がありますし、雪崩の危険もあります。まさしく自殺行為です」
「そうだな。それとも、ここから第三皇子が不在のオークニーの領地を無理やり通って、シェットランド領に入って来るか……例えそうだとしても、山越えは必要だからな」
「オークニーからなら、シェトランド領に入る道はありますが、それでもたどり着くまでに、そこそこの兵が脱落するでしょうね」
地図には、シェットランド領の東側を囲むように、駒が並んでいる。
黙って話を聞いていたエーヴァが小型通信機を取り出した。
「緊急議会を開きます。対応について検討しましょう」
クリスがカイに訊ねる。
「軍が山脈を越えてシェットランド領に侵入するには、どれぐらい時間がかかる?」
「寒さに強い馬を連れているとして……だが、足場は断トツに悪いからな……最低でも半月。魔法騎士団や騎兵隊とか、腕がいいヤツをそろえているみたいだが、それでも三分の一は離脱する」
カイが地図を指さして、カリストに訊ねた。
「部隊が山脈の麓に到着するのは、いつになりそうだ?」
「最短で明日の朝、東の山脈の入り口にザスニッツ領の騎兵隊と、魔法騎士団の先発部隊が、到着すると思われます。そこで、ゲッペンピン領の騎兵隊と、魔法騎士団の本隊が到着するのを待つか、それとも斥候として山に入ってくるか……分かりません」
「それまでに、対応を決める必要がある、か」
考え込むクリスに、エーヴァが声をかける。
「議員を招集しました。あなた方も来て下さい」
頷くクリスに対して、カイが反対する。
「え? オレは引退したから、行かなくてもいいだろ?」
「軍の動きなど、私たちは想像もつきません。専門家としての意見を、お願いします」
「専門家かい」
カイが渋い顔をしていると、オグウェノが手を上げた。
「なら、オレも参加していいか? 一応、軍とか侵攻とかの知識はあるぞ」
「そうですね。お願いします」
カイが仕方なさそうに頷く。
「じゃあ行くのは、オレとクリスと第四王子だな。議事堂は護衛も入れるから、おまえさんたちも来るか?」
イディとルドが頷く。ベレンが伺うように訊ねた。
「その……議会ですか? それは見学できますの?」
カイが視線をエーヴァに向ける。エーヴァはベレンの頭から足先まで見て、少し考えた。
「普段の議会なら見学は問題ないのですが、今回は緊急事態ですから……」
「わかりました。私には助言できる知識などありませんから、待っています」
ベレンの即断に、エーヴァが微笑む。
「そうしてもらえると、助かります。では……」
場所を移動しようという雰囲気になったところで、ルドが静かにカリストに訊ねた。
「この部隊を束ねているのは、誰ですか?」
「クラウディウス第二皇子です」
顔を険しくしたルドを、クリスは横目で見ていた。
クリスたちは高い建物の裏手にある、白い箱のような建物に移動した。エーヴァに案内されるまま歩き、広い部屋に通された。
その部屋は中心が一番低く、外側へいくほど床が高くなっている大きな円形の部屋だった。部屋の形に合わせた、曲線の机と椅子が配置してあり、大勢の人間が座れるようになっている。
沢山ある席も、すでに半数近くが埋まっていた。席に座っているほとんどは人は金髪、緑目の女性だが、中には茶髪の男性や、赤茶髪の女性などの姿もある。
「〝神に棄てられた一族〟以外の人間もいるんだな」
少し驚いているオグウェノにカイが説明した。
「元奴隷とか故郷を失ったとかで、シェットランド領に移住してきた奴らだ。ほとんどはクリスティが連れてきたな。シェットランド領は、移住したら領民と同じ権利が与えられるから、条件さえ満たせば議会にも参加できる」
「太っ腹だな。ケリーマ王国でも、そこまではできないぞ」
「領土の大きさが違うからな。シェットランド領ぐらいの大きさだから管理出来ることだ」
「それもそうか」
エーヴァが一行を最後列の席に案内する。
「中心から遠くて申し訳ありませんが、こちらにお座りください。議会中に質問や言いたいことがありましたら、こちらのボタンを押してください」
「わかった」
オグウェノとカイが椅子に座り、その後ろにイディが付く。
「師匠は座らないのですか?」
「私は別席だ」
そう言うと、クリスはルドを連れて最前列の席に移動した。
「ここが私の席だ」
「決まった席があるんですね」
「これでも領主だからな」
クリスが椅子に座ると、ルドが背後に立った。ちらほらと空席があるが、部屋の中心にある壇上へエーヴァは移動した。
「緊急事態につき、議員の三分の二以上がそろいましたので、議会を開始します」
その一言でざわついていた会議場が静かになった。