〝神に棄てられた一族〟と呼ばれる理由
エーヴァに案内されるまま建物の奥へと歩いていたが、その途中で一同の動きが止まった。
「どうした?」
オグウェノが、不思議そうに周囲を見回す。両側は壁で、道はまだ続いている。
エーヴァは壁に手をかざしながらオグウェノの質問に答えた。
「ここから、上層階へ移動します」
壁だと思っていた場所に一本のたて線が入り、引き戸のように壁が割れる。その先には小部屋があった。
手をかざすだけで壁が割れるという見たことがない光景に、オグウェノが驚く。
「なんだ、これ!? どうなっているんだ!?」
「いいから入れ」
クリスが容赦なくオグウェノを小部屋に押し入れる。そして、全員が中に入ると、ドアがあった場所が再び壁になった。
「こんな狭い部屋に入ってどうす……なんだ!?」
四方の壁が消え、外の風景が現れる。
「外に出たのか!? いつの間に……うおっ!?」
外の景色がすごい勢いで上から下へと流れ始めた。
「どういうことだ!? どうなっている!?」
驚くオグウェノに、カイが説明する。
「これはエレベーターって言ってな。オレたちが入ったこの部屋は、実は小さな箱で、この箱ごと上へ移動しているんだ」
「この部屋ごと移動しているってことか!?」
「そうだ。階段を歩いてのぼるより速いし、楽だからな」
オグウェノが横目でチラリと地上を見る。綺麗に並んだ四角い建物たちがどんどん小さくなっていく。
「楽だが……外の景色が見えるのは、なかなかスリルがあるな。赤狼だと、腰を抜かしていそうだ」
「番犬は高い場所や速いのが、苦手らしいからな」
笑いながら言ったカイに、クリスが不機嫌そうに訂正する。
「あいつは、自分の魔法で飛んだり、高速で移動したりするのは問題ない。自分で制御できない状況、というのが苦手なだけだ」
「ほぉー?」
カイが目を細くしてクリスを見る。裏の意味がこもっていそうな視線にクリスがたじろぐ。
「な、なんだ?」
「いや。クリスティが他人をフォローをするなんて珍しいと思ってな」
クリスが顔を逸らす。
「別に、そういうつもりでは……」
カイがワザとらしく視線を下に向ける。ここからでも目を凝らせば、建物の入り口で待っているベレンたちの姿が確認できた。
「あ、番犬が話しかけられてる。あれはジェイか? あいつは見た目がいい男が好きだからなぁ」
カイの話が終わる前に、クリスが建物の入り口側の壁に張り付く。下を向くと、ジェイがルドに迫っている姿があった。
そこにミレナがやってきて、少し話をした後、ジェイがあっさりと立ち去った。
そこで、明らかにクリスの肩から力が抜ける。
その様子にエーヴァが微笑ましそうに表情を弛めた。
「ついに、クリスにも春がきましたか」
「そうなんだよ。このまま独身街道を突っ走りそうで、心配していたんだけど、やっとなぁ」
「ぜひ、お相手の顔を拝見したいですね」
「それが、本当に番犬でさ」
話が盛り上がっている二人をクリスが睨む。
「勝手に決めつけるな!」
「そうそう。決めつけるには、まだ早いぞ」
オグウェノがカイとエーヴァに男前の笑みを向ける。
「オレが、かっさらう予定だから」
そう言ってオグウェノがウインクをした。
突然の宣言にエーヴァが深緑の目を丸くする。だが、オグウェノの瞳が本気であることを読み取ると、嬉しそうに微笑んだ。
「クリスは人気がありますのね。安心しました」
「だから、違う! おまえも余計なことを言うな!」
「いでっ!」
クリスがオグウェノの脛を容赦なく蹴ったところで、エレベーターが止まり、壁が開いた。
「ほら、行くぞ」
カイに促され、クリスが不満そうな顔のままエレベーターから降りる。その後ろをオグウェノが興味深そうに周囲を見ながら歩く。
殺風景で無機質な廊下を少し進んだところで、エーヴァが足を止めた。
「こちらです」
一同の前で壁が左右に開く。その先には真っ暗な部屋があった。勧められるままオグウェノが中に入る。
「暗いな……って、明かりが勝手に点くのか。それにしても何もない部屋だな」
机どころか、椅子さえもない。部屋が広いだけに、余計に寂しく感じる。
そこにマーリアが部屋の中央に立ち、天井に向かって指示を出した。
「情報開示」
マーリアの足元から黒い柱が伸びてきた。柱がマーリアの腰で止まる。
「クリス、こちらへ」
呼ばれたクリスが黒い柱の前に立つ。
「ここに手をのせて、フルネームを言って」
「どっちのフルネームだ?」
「あなたが自分の名前だと思うほうでいいわ」
クリスは少し考えると、意を決したように黒い柱に手をのせた。
「クリスティアナ・フェリシアーノ」
どこからか声が響く。
『鍵確認。門解錠』
「うまくいったみたいね。情報解析には、どれぐらいかかる?」
マーリアの質問に、淡々と声が返ってきた。
『五分です』
「なら、その間に他の情報を見せて」
『了解』
クリスたちの前に羅列された文字が現れる。オグウェノが眉をしかめた。
「空中に字が? どうなっているんだ?」
「映像っていうものだが、説明が面倒だな。まあ、細かいことは気にするな」
説明を諦めたカイに、オグウェノが頷く。
「面倒ならいい。で、なんて書いてあるんだ?」
「私が読みましょう」
エーヴァが朗読を始めた。
「我々には、かつて魔法という力を利用していた時代もあった。だが、魔法はあまりにも不安定であった。そのため、魔法に代わるものを求めた。その結果、科学というものに行き着いた。そして、そこから科学を発展させた。誰もが、安定して便利に使えるモノを求めて」
エーヴァが読んでいる部分の文字が赤く輝く。そのため、文字が読めなくても、どこを読んでいるのか一目瞭然だった。
「その後、科学革命が起こる。我々は、その年を紀元0年とした。それから三千年。我々は月への移住を成功させ、宇宙へと生活範囲を広げようとしていた。しかし、それは理不尽な力によって一変された。地上にある全ての文明を、紀元0年以前に戻されたのだ。それは神の力としか言いようがなかった。いや、我々からすれば、それは悪魔の力だった」
クリスが頷く。
「神が世界を創り変えた話か」
「問題はここからです」
エーヴァが朗読を続ける。
「三千年もの長き月日の中で、信仰は薄れていたが、それでも神は神であった。だが、新しき世界では、神は悪魔に堕とされていた。そして我々が悪魔としていたモノが、神となっていた。この世界が創り変えられたことを知っている我々は〝神に棄てられた一族〟と呼ばれ、新しき世界の人々と、接触できないようにされた」
オグウェノが首を傾げる。
「どういうことだ?」
「神と悪魔の立ち位置が、交代したのです。そして、そのことを知っている我々は、地上から排除された」
「つまり、祖先が崇めていた神は悪魔になっちまったってことか? それで現在、多くの人が崇めている神は、元々は悪魔だった、と。で祖先は、そのことを知ってたから〝神に棄てられた一族〟という、人々から嫌われて接触できない存在にされたってことか?」
「そうです。今の神が元々は悪魔であったことを知っている私たち一族は、邪魔者だったのでしょう」
「そりゃあ、神が元悪魔なんて知られたら誰も崇めないからな」
「その通りです」
クリスが顎に手を当てて考える。
「〝神に棄てられた一族〟に神の加護がない理由はこれか。今の神が元は悪魔だと知っている一族の加護など、神がするわけないからな」
「そう思います。クリスのおかげで、神の加護が必要な治療魔法が使えなくても、魔法で治療をすることができるので、今は問題ありません」
「そうだが……随分と身勝手な理由で加護がなかったんだな」
「そこはここで議論しても仕方ありません。続きを読みますよ」
エーヴァが朗読を再開する。
「それから我々の子は金髪、緑目の女しか生まれなくなった。これでは、緩慢に滅びろと言わんばかりだ。だが、我々はこれで終わらない。我々が生きていた証として、記録を残す」
エーヴァが口を閉じたところで、マーリアが引き継いだ。
「これで全文よ。あとは、神が世界を創り変える前に使われていた機械……クルマとか、セスナとかの設計図があったわ。空中庭園では、すでに失われていた情報もあったから、とても助かったわ」
オグウェノが悔しそうな顔で呟く。
「理不尽な力っていうのが、な……結局、何もできないわけか。あ、この文章を紙に書いてもいいか?」
「情報を持って帰らないと、いけないのでしょう? ちゃんと紙に写したものを準備しているから、それを持って帰って」
「ありがとう。手際がいいな」
「これぐらい当然よ。あ、解析が終わったみたいね」
黒い柱の一部が光る。マーリアが触れると、文字が消えて人が現れた。
「これは映像記録だったのね」
短い金髪に深緑の瞳をした若い女性がいた。爆発音と危険を知らせるような音が響く中、恐怖をこらえたような顔で真っ直ぐこちらを見据えている。
その顔を見たオグウェノは、クリスと女性を何度も見比べた。
「どういうことだ!?」
「静かにしろ」
カイに注意されてオグウェノが黙る。クリスは無言のまま女性を見つめていた。