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お風呂で仕掛けたのは……

 本を片付けたルドは一階に降りると、ミレナを探しながら廊下を歩いていた。すると、大きな窓からウッドデッキに置いてある椅子に、オグウェノとイディが座っている姿が見えた。


 ルドが窓を開けて声をかける。


「寒くないですか?」


 顔を赤くして、だらしなく椅子に座っているオグウェノが手を上げて答える。


「これぐらいが丁度いい。のぼせ? 湯あたり? とかいうのに、なったらしい」


 隣でぐったりと俯いて椅子に座っているイディがたしなめる。


「騒いで長く入ったせい」


「ちょっと珍しかったんだよ」


「遊びすぎ」


「悪かったって」


 ルドが気の毒そうに口元だけで笑みを作る。


「体を冷やし過ぎると体に悪いですから、適当なところで部屋に入ったほうがいいですよ」


「あぁ。もう少ししたら戻る」


 オグウェノが力なく手をヒラヒラと振る。ルドが窓を閉めると、そこにタオルの束を持ったミレナが歩いてきた。やはり老齢の上品な女性にしか見えない。


 ルドの顔を見たミレナが優雅に微笑む。


「ちょうど良かった。お風呂に入るかい?」


「はい。場所を教えて下さい」


 ミレナが振り返って歩いてきた方向を指差す。


「ここの突き当りを右に曲がったらあるよ」


「突き当たりを右ですね」


「そう。そこに入り口が二つあるんだけど、ドアはなくて布がぶら下がっているだけだから。赤と青の布がなんだけど、青い方に入って。赤い方は女性用だからね。お風呂の入り方は知っているかな?」


「師匠の屋敷の風呂に入ったことがあります」


「なら、大丈夫だね。はい、これ着替えとタオル」


「ありがとうございます」


「君ものぼせないようにね」


 立ち去ろうとしたミレナにルドが声をかける。


「あの、ぶら下がっている布は簡単に取り外しができますか?」


「あぁ。布が付いた棒をひっかけているだけだから、簡単に外せるよ」


「わかりました。ありがとうございます」


 ルドは教えてもらった通りに歩いていくと、赤と青の布がぶら下がっている入り口があった。


 ルドが気配を鋭くして二つの入り口の奥を睨む。それから、軽くため息を吐いて力を抜いた。


「師匠の言うとおりにして良かった」


 ルドは青い布の入り口に一歩だけ入ると、すぐに振り返って上を見た。そこには壁に出っ張りがあり、青い布を付けた棒が置いてあるだけだった。


 構造を確認したルドが、迷うことなく青い布が下がっている棒を外す。そして、隣の赤い布が下がっている棒と入れ換えた。


 ルドが再び廊下に出て、二つの入り口を確認する。初めからそうであったかのように、違和感なく布が垂れ下がっていた。


「よし」


 ルドは満足そうに頷くと、元は赤い布が下がっていた入り口の方に入った。


 道なりに進んだ先には、クリスの屋敷の脱衣場と同じ作りの部屋があった。棚と空のカゴが並んでおり、その奥には風呂場へ続くドアがある。

 ルドは慣れた動作でカゴを取ると、ミレナから受け取ったタオルと着替えを入れた。

 そして素早く服を脱ぐと、風呂場へと移動した。


「うわぁ……」


 ドアを開けると、そこは屋外だった。

 ゴツゴツとした岩を組み合わせて作られた中に、透明な湯が並々と溢れている。そこから白い湯気が上がり、囲むように作られた丸太の壁を超えて高く昇っていく。その光景を足元にある灯りがぼんやりと照らしている。


「これはすごい……」


 オグウェノがはしゃいでのぼせたのも分かる。

 ルドが呆然と眺めていたら冷たい風がふいた。冷える前に急いで体を洗い、湯船に浸かった。


「はぁー……」


 心地よい温もりに包まれて全身の力が抜ける。岩に背中を預けて上を向くと、満天の星があった。


「え? 星空?」


 思わず立ち上がって空を見つめる。ここ空中庭園では、上空はガラスのような物で覆われているため、空は見えないと説明されたし、空が灰色の天井で覆われている光景も見た。


 ルドが首を傾げていると、壁の向こう側からクリスの声がした。


「これは空中庭園の外の星空だ。夜は外の風景を、そのまま映し出している」


「そうなんですか。綺麗で……あれ?」


 空にチラチラと緑色の光が現れた。それは徐々に形を作り、巨大なカーテンとなってなびいている。


「し、師匠!? これは!? 誰か魔法を使っ!?」


「あぁ、オーロラという現象だ。この辺りでしか見れない」


「はぁ……なんか、すごい迫力ですね」


 このまま光りが降りてきそうで圧倒される。


「立ったままだと体が冷えるぞ」


 クリスに指摘されて慌ててルドが湯に浸かる。


「どこからか見ているんですか!?」


 ルドが顔を赤くして周囲を見ていると、クリスの笑い声が聞こえてきた。


「そんなものは音でなんとなく分かる。ところで入り口の布はどうなっていた?」


 クリスの質問にルドの表情が真剣になる。


「師匠がいる方の入り口には、青い布が下がっていました」


「やはりな。誰の仕業か……」


「事前に師匠に聞いていて良かったです」


 それは、ルドが風呂へ移動するより少し前のこと。


 ルドが図書室で本を片付けていると、クリスがやってきて、ここには風呂が二つあることを伝えた。

 それから、クリスはルドに


「布の色に惑わされず、魔宝石がある位置を確認してから、風呂に入れ」


 と忠告していた。


 そのためルドは、まず入り口で魔宝石でクリスがいる位置を確認した。そこで布が反対に下がっていることに気がつき、それを直してから風呂に入った。


「屋敷の風呂の時みたいに、お前と遭遇したくないからな」


「あ、あの時はすみませんでした」


 ルドが謝りながら湯に沈んでいく。クリスの屋敷の風呂で、クリスと遭遇した時のことを思い出し、顔が赤くなる。

 そんなルドの様子など見えていないクリスが呆れたように話す。


「あれはなぁ……無防備にも程があるぞ」


「いえ、あの時は……いや、すみませブクブク……」


 ルドはクリスのことを男と思い込んでいたため、少々裸を見たり見られたりしても問題ないと考えていた。今となっては冷や汗ものだが。


「まあ、あれから私が入っていないか、確認するようになったから良いが」


 クリスに怒られまくったルドは、それ以降は風呂に入る前に必ずクリスの気配と魔宝石の魔力を探るようになった。そのおかげで、風呂場ではクリスと鉢合せることはなくなった。


 ルドが反省していると、隣から水音が聞こえてきた。


 そうか……師匠も隣で風呂に……湯船に浸かっているのかなぁ……


 ボーとしながら、なんとなく想像をする。それだけでルドの顔が再び真っ赤になった。


「い、いや! 別に、なんとも!」


 ルドが一人で騒ぐ。その音にクリスが声をかけてきた。


「どうした? なにかあったか?」


「い、いえ! なにもありません!」


「そうか」


 水音とともにヒタヒタと歩く音がする。


 もしかして、師匠は今、裸で歩い……ダメだ! 想像するな!


 ルドが赤くなった顔を必死に横に振る。


「先に上がるぞ」


「は、はい」


 ドアが閉まる音がする。ルドは脱力しながら岩に寄りかかった。


「ダメだ。のぼせる」


 ルドはフラフラとしながら湯から出ていった。




 どうにか体を拭いてミレナが用意した服を着ると、フラつきながら青い布をくぐった。


「あ、お前も出たのか」


 ちょうどクリスも赤い布をくぐって出てきた所だった。


「し、師匠!?」


 ルドが思わず一歩引く。その態度にクリスは怪訝な顔になった。


「お前、慣れる練習をするんじゃなかったのか? いちいち驚いていたら慣れないぞ」


「いや、あの、驚くつもりはなくて……その……」


 ルドが口ごもる。だが、クリスは別のことに気を取られた。


「お前、それだと体が冷えるぞ。ちょっと屈め」


「は、はい」


 頭が回っていないルドは、言われるまま膝を屈めた。


「無駄に背が高いな。もう少し屈め」


「はい」


 ルドは片膝をつくと、しっかりと頭を下げた。するとクリスは、首にかけていたタオルをルドの頭に被せた。


「まったく。こんなに髪が濡れていたら、体が冷えて調子が悪くなるぞ」


 クリスがルドの髪をガシガシとタオルで拭く。そのことにルドが慌てる。


「し、師匠! 自分で拭けますから!」


「拭けてないから、こうして拭いてやっているんだろ」


「でも、それは……」


 ルドは顔を上げかけて、目の前のモノに釘付けになった。


 ミレナが用意した服は首回りが大きく開き、上からスッポリと被る形の服だった。それはクリスも同じで、いつもは隠している首から鎖骨、胸の周囲までしっかり出ている。

 そして、いつも服の下に隠れているルドの魔宝石がそこにあった。ふんわりと柔らかそうなクリスの胸の谷間で真っ赤に輝いている。


 見えていなかったけど、自分の魔宝石はいつもこうして師匠の胸の上に……


 ポタポタ、と液体が落ちる感じがした。ルドが下を見ると血の跡が点々とある。


「え?」


 ルドが顔を上げると、クリスがタオルを鼻に押し付けてきた。


「動くな。鼻血が出ている。のぼせたか?」


「ふぇ?」


「鼻のつけ根を押さえて待っていろ。冷たい飲み物を持ってくる」


「あ、いや、大丈夫で……」


 ルドが言い終る前に、クリスは走り出していた。


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