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クリスの出生

 無言で歩くカイの後ろをルドがついていく。階段を上り、思いのほか長い廊下を歩き、突き当たりにある両開きのドアをカイが開けた。


 その先の光景に、感嘆のため息とともに言葉がルドからこぼれる。


「すごい……」


 そこには広い部屋一面に整然と本棚が並んでいた。

 真ん中に大きな通路があり、そこから左右にぎっしりと本棚がある。通路の突き当たりには螺旋階段があり、中二階にも本棚が占めている。

 天井からは淡い光が降り注ぎ、神聖な儀式の場のような、厳かな雰囲気さえ感じる。


 クリスの屋敷に書庫と呼ばれている部屋があるが、それの比にならない規模だ。


 ルドが部屋に圧倒されていると、カイが声をかけてきた。


「凄いだろ。ここには〝神に棄てられた一族〟と呼ばれるようになる前の世界の知識がある」


「〝神に棄てられた一族〟と呼ばれる前の世界?」


「クリスティに聞いていないか? 神に世界を書き換えられたって」


 ルドは一年前にセルシティから聞いた話を思い出した。


「そういえば、セルからそんな話を聞きました。大昔、世界は神の加護がなくても使える魔法で発展していたが、その文明を神が消して、神の加護が必要な魔法を使っていた頃に戻した、と」


「そうだ。神は地上にあった文明は消したが、空中庭園ここは空にあったからな。消されずに残った」


「あと二か所、消されずに済んだ場所があると聞きました」


「そう。そのうちの一つは、クリスティが生まれた場所だ」


「師匠は空中庭園の生まれではないのですか?」


「違う」


 思わぬ答えにルドが慎重に訊ねた。


「……どこで、生まれたのですか?」


 カイがニヤリと笑って上を指さす。つられてルドも顔を上げるが天井しかない。

 ルドが不思議そうに呟く。


「空?」


「月だ」


「え?」


「大昔、神に消される前の文明では、月にも人が住んでいた」


「つ、月!? あ、だからオグウェノは師匠のことを月姫と呼んで……あ、いや。いまは、その話ではなく……」


 いまいち分かっていないルドの様子に、カイが呆れたように頭をかく。


「月に住んでいたっていうのは、もっと驚くような、凄い技術の塊なんだが……まぁ、わからないよな」


 ルドが素直に謝る。


「すみません、よく分からなくて。ですが、なぜ師匠はここにいるのですか? 今も月に人は住んでいるのですか?」


「今は……住んでいないと思う。そもそも、それがクリスティがここに来ることになった原因だ」


「どういうことですか?」


「百年前、月から緊急連絡があった。それは、なんらかの原因で月の住居施設が爆発したというものだった。非常事態で助けられるのは一人だけ。だから、どうしても子どもを助けてほしいということだった」


「まさか……」


「その子どもがクリスティだ。その時、空中庭園は空に浮かんでいたからな。月から飛んできたクリスティを受け止めるために急速移動して、どうにか受け止めたが……クリスティが乗った船を受け止めた時の衝撃で空中庭園は地上に墜落した」


「……待って下さい。百年前って、師匠はそんな年齢ではないですよ?」


 カイがどう説明するか悩む。


「冷凍保存……って言っても、分からないよなぁ……そうだなぁ……」


 胸の前で腕を組んだカイは考えながら、ぽつぽつと説明を始めた。


「クリスティは、月から移動してきた時、船の中で体を凍らせて眠っていたんだ。すぐに起こすこともできたが、空中庭園が墜落して混乱していてな。空中庭園の内政が安定するまで、クリスティは起こさないことになった。だが、墜落した衝撃で空中庭園の本体がかなり破損していてな。修理に必要な材料も手に入らないし、このままだと一族が滅ぶって話になったんだ」


「そこまで……」


「で、このまま引きこもっていても仕方ないから、オレが中央に出て戦で手柄をあげて、必要な材料を手に入れてきたんだ。ついでにシェットランド領を受領して、住みやすいように改造もした。そうして、ようやく安定したところで、クリスティを起こしたんだ。分かったか?」


 ルドが眉間を押さえながら話を整理する。


「えっと……カイ殿が戦の功績でシェットランド領の領主となり、ここの人々の生活を安定させたのは分かりました。ただ、師匠の話が……体を凍らせると、成長が止まるのですか?」


 カイがもう一度考えて説明をした。


「あぁ、わかった。ちょっと待て……それなら……クリスティはずっと体の成長を止めて眠っていたが、最近目覚めさせた。これで、どうだ?」


「あ、まぁ、それなら……分かります」


「目が覚めたクリスティは三歳ぐらいだったな。初めは戸惑っていたが、すぐにここでの生活に慣れた。周囲も他の子と同じように育てていたのだが……字が読めるようになってきたら、この図書室に籠るようになってな」


 カイが懐かしそうに本の背表紙に触れていく。


「魔法の素質もあったんだろうな。ここで魔法の基礎を学んで、あとは独学で発展させていった。そして、病気やケガで苦しむ人を治すようになっていった。まるで空中庭園を墜落させてしまった罪滅ぼしをするかのように、昼夜問わず……五歳ぐらいの子どもが必死にさ。見ているほうが辛くなるような光景だった。そこでオレは、クリスを連れて世界を旅することにしたんだ。生き方を決めるには早すぎる、もっと広い視野を持てってな」


 カイが振り返る。


「その途中で、おまえさんと会っているんだがな。皇帝の姉が毒入りの盃を飲んだパーティーで」


 ルドが力強く頷きながら答える。


「覚えています。むしろ、あの時に見た師匠の瞳を忘れたことは、ありません。あの時の師匠の姿を見て、国を、人々を守っていこうと決めましたから。今は、自分以上に人々を救える師匠を守っていくと決めました」


「えらく情熱的だな。悪いが、オレは覚えていなかった。クリスティはどうか分からないがな」


 そう言って、カイが視線を上げる。ルドも振り返りながら見上げると、ドアの上にある中二階の椅子にクリスが座っていた。顔は読んでいる本で隠している。


 カイが大声で訊ねた。


「クリスティは覚えていたか?」


「……私に振るな」


 クリスが本の隙間からルドを睨む。


「ここに私がいることに、気付いていたんだろ? それなのに、本人を前に、よくそんな恥ずかしいことが言えるな」


「恥ずかしい?」


 不思議そうにしているルドに対して、クリスが右手で額を押さえる。


「あぁ、いい。おまえはそういうヤツだった」


 クリスがカイを睨む。


「ワザと惚気話をして私を部屋から追い出したら、次はコレか? 何がしたいんだ?」


「クリスティ、おまえのおかげで空中庭園もシェットランド領も安定した。もう縛られる必要はないと、オレは思うんだが?」


 クリスが本を閉じる。


「私は縛られているつもりも、罪を償っているつもりもない。ただ自分がしたいことをしているだけだ」


「そうか?」


「そうだ」


 カイは言葉をため息に変えて吐き出すと、ルドに声をかけた。


「ここには、おまえさんが興味のある本もある。好きなだけ読んだらいい」


「いいのですか?」


 ルドの目が輝く。


「あぁ。夕食ができたら呼ぶから、それまで好きにしていろ」


 カイが部屋から出て行く。

 ルドは軽い足取りで読むための本を探し始めた。


「おい」


 呼ばれて顔をあげると、本が降って来た。ルドが慌てて本を受け止める。表紙を見ると遺伝子学と書いてあった。


「いでん……し?」


「少し読んでみろ」


「はい」


 ルドが立ったままページをめくる。数ページ読んだところで中二階から降りてきたクリスが声をかけてきた。


「遺伝子がどういうものか分かったか?」


「なんとなく……ですが。私たちの設計図のようなモノ……ですか? こんなものが存在していることが、信じられないのですが……」


「そう思うだろうが、実際に存在している。それは親から子へと受け継がれ、同じ遺伝子は存在しない。双子の場合を除いて、だが」


「兄弟でも、ですか? 似ている兄弟を見かけることがありますが」


「似ているだけで、まったく同じではないだろ? 遺伝子が同じなら、まったく同じになる」


 まったく同じという言葉で、ルドの頭にイールが浮かんだ。


「イールみたいに、ですか?」


「そうだ。おまえは先代領主の話を聞いて、不思議に思わなかったか?」


 ルドが首を傾げる。


「月に人が住んでいることだ。〝神に棄てられた一族〟は女しか生まれない。〝神に棄てられた一族〟だけでは、子が生まれないことを意味している。それなのに何故、月にいる〝神に棄てられた一族〟は滅ばずに生き残っていた?」


「それは……考えてもみなかったです」


「私は誰かの複製品なんだよ」


「複製?」


「イールと同じ。誰かを真似して造られた人形ということだ」


 そこまで言うと、クリスはルドから本を取った。


「師匠?」


「おまえが守ろうとしているモノに価値はない」


 クリスは本を本棚に戻すと、部屋から出て行った。


「ツンデレ治療師とワンコ弟子の日常」にクリスマスの短編を夜に投稿します

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