イールの正体
「さぁっっむぅぅぅぅ!」
セスナから降りたオグウェノが、口をガタガタ震わしながら白い息を吐いている。イディは無言だが、表情は硬く寒そうだ。
「結構、冷えますのね」
ベレンが防寒マントの下で自分の腕をさする。周囲に民家や建物はなく白一色の平地が広がっていた。
「そんなに寒いか?」
クリスが不思議そうに三人を見る。その後ろには、機体が揺れるたびに怯えて座禅が中断され、疲れきったルドがいた。
「寒いですわ。それになんだか薄暗いですし」
「あぁ、帝都に比べれば陽が暮れる時間が早いからな」
カイが周囲を見回す。空は薄雲におおわれ、ただでさえ暗いのに太陽は山影に沈みかけていた。このままだと、すぐに暗くなる。
「迎えが来てるはずなんだが……お、来た来た」
毛が長い大きな馬が大型の馬車を引いてやってきた。二頭の馬を操る御者の顔を見てルドが驚く。
「え!? なぜ、ここに!?」
真っ直ぐ切り揃えた銀髪、銀色の瞳に中性的な顔立ちは帝城の地下にいるはずのイールだった。
「知り合いか?」
オグウェノに訊ねられてルドが言葉を濁す。
「あ、いや、その……」
「それにしても寒そうな格好だな。寒くないのか?」
イールはシャツにズボン、薄手のマントにブーツという薄着だった。オグウェノの質問にカイが答える。
「こいつらは寒さには強いんだ。ほら、さっさと乗れ。中は暖かいぞ」
「本当か!?」
急いで乗り込もうとするオグウェノをイディが止める。
「あぁ、わかった。さっさと調べてくれ」
諦めたオグウェノを放置してイディが素早く馬車に乗り込む。そして、すぐに顔を出した。
「よっしゃ! 乗ってもいいんだな!」
オグウェノとベレンが馬車に乗って驚く。
「あったけぇ……どうなってるんだ?」
「まるで春のようですわ」
温もりを満喫している二人にクリスが声をかける。
「さっさと入ってくれ。出発できん」
「お、すまん」
オグウェノたちが奥にある椅子に座る。クリスたちは慣れた様子で椅子に座ると馬車が走り出した。
ベレンが外の景色を見て驚く。
「動いていますのに揺れが少ないのですね」
「これだけ揺れが少ない馬車は初めてだな」
オグウェノが物珍しそうに馬車の中を観察する。そんな二人から少し離れた席に座っていたルドは小声でカイに訊ねた。
「なぜイールがここにいるのですか? 先帝のところにいるのでは?」
「あれは先帝のとこにいるイールとは別ものだ」
「え? ですが、どう見ても……」
「ま、それはあとで教えてやる。それより、到着するぞ」
「え?」
眼前には切り立った崖がそびえ立っていた。その崖を切り裂いたように、馬車がギリギリ通れるぐらいの道がある。
馬車が道を通り抜けると、その先には大きな丸太で作られた家が並ぶ町があった。町の真ん中には大通りがあり、突き当たりに石造りの大きな城が見える。寒さのためか人通りはなく、静かだ。
「ここがシェットランド領……」
「の、入り口だな」
ルドの言葉にクリスが補足する。カイがクリスに訊ねた。
「このまま中心に行くが、いいか?」
「あぁ」
カイが窓を軽く叩く。すると馬車は大通りから横道に入った。
「城に行かないのか?」
オグウェノの質問にクリスが頷く。
「あの城は飾りだ。この町は外からシェットランド領に来た者を迎えるために使っている。中心地は別の場所にある」
何かを察したオグウェノが頷く。
「そこに墜落した空中庭園があるのか」
「空中庭園?」
首を傾げるベレンにクリスが釘を刺す。
「これから行く場所は、先帝と皇帝、あとセルティは実際に見ているが、第一、第二皇子は見たことがない。これから見ること、聞くことは他言するな」
「わかりましたわ」
ベレンが静かに頷く。
馬車がいつの間にか川の中を走っていた。水深は浅く馬の蹄が浸かる程度だ。
そのことに気が付いたルドが馬の足に視線を向ける。
「この気候の中で水に浸かったら、凍傷になりませんか?」
「ここに水は流れていない。映像……と言っても分からんか。まあ、幻だな。川があるように見せているだけだ」
「なぜ、そのようなことを……」
ルドの質問を遮るようにベレンが叫ぶ。
「ぶつかりますわ!」
馬車の先に大きな滝がある。速度を緩めることなく馬車が突き進む。イディがベレンとオグウェノを座席に押さえつけて上に覆いかぶさった。
ルドも同じように動こうとしたが、その前にクリスが手で止める。
「大丈夫だ」
馬車が濡れることなく大きな滝を潜り抜けた。濡れた様子なく、滝の裏にある薄暗い洞窟を、馬車が同じ速度で走り続けていく。洞窟の先は真っ暗なのだが、馬車が近づくと天井が明るくなり、通り過ぎると暗くなる。
不思議な光景に、ルドは窓の外から目が離せなくなった。
「これは……一体……」
イディがゆっくりと体を起こす。オグウェノとベレンも体を起こすと窓の外に目を奪われた。
「どういう仕組みだ?」
オグウェノが身を乗り出して窓に顔を近づける。
「もうすぐ出るぞ」
外から光が差し込んでくる。薄暗さに目が慣れていたため全員が目を細めた。
目が慣れた頃、窓の外に雪はなかった。凹凸のない平らな道に四角い建物が整然と並び、所々に木や花が植えられている。
「ここは……一体……」
「遥か昔、この土地は空に浮かんでいた。その光景を見た地上の人間が空中庭園と呼んだ」
「空を!?」
驚きながら外を見つめるベレンとイディに対して、オグウェノは物珍しそうに眺めていた。
「墜落したっていうわりには壊れていないな」
「墜落したのは百年前だぞ。さすがに修復している」
「それもそうか」
馬車が中心にある一際高い建物に向かう。その途中で歩いている人がいた。
「イール!?」
ルドが馬車の中から歩いている人の顔を確認する。銀色の髪を真っ直ぐに切り揃え、銀色の瞳に少年にも少女にも見える顔立ちをしていた。
「えっ? えぇ!?」
御者もまったく同じ顔だ。困惑しているルドにカイが苦笑いをする。
「見かけるたびに、そんなに驚いていたら身がもたないぞ」
「いや、ですが……」
クリスが仕方なさそうに説明する。
「簡単に言うとイールは人形だ」
「え!? あれが人形!?」
ルドがもう一度窓の外を見るが、そこには誰もいなかった。カイが残念そうに言う。
「もうネタばらしするのか。もう少し引っ張って反応を楽しみたかったのに」
「イールを見かけるたびに騒がれても面倒だからな」
「そこが面白いんだろ」
放置されたルドが慌てて二人の会話に入る。
「人形ってどういうことですか?」
「言葉のままだ」
「ですが、動いていますし、話だって……」
「だが中身は違う。切っても血はでないし、肉もない」
ルドが呆然とした顔で無言になる。
「大昔に造られたモノだ。人形だから外見はずっと変わらないし、同じ顔で複数存在する。会話は出来るが、そこに感情はない」
説明を終えて静かに窓の外に視線を向けたクリスを、カイは黙って見つめた。