混戦
騎士たちが雪崩のように迫って来るが、背後は建物の壁で塞がれており、クリスたちに逃げ場はない。
「クソッ!」
クリスが踵で影を蹴ろうとしたところで、ルドの体が微かに動いた。
「犬! 目が覚め……」
クリスは声をかけかけて止まった。ルドが俯いたまま、何か呟いている。クリスは小さな呟きを聞き取るため、ルドに耳を近づけた。
「師匠は……」
「ん? 私?」
「師匠は……」
「私が、どうした?」
ルドが俯いたまま拳を握りしめる。
「男だぁーーーーーーーーー!」
叫ぶと同時に、ルドが騎士たちに突進していく。
今までの、たまりにたまった鬱憤を晴らすかのように、次々と仲間である騎士たちを殴り、蹴り、投げていった。その目は見事に座っており、動きに躊躇いはない。
その光景を見たオグウェノは楽しそうに笑った。
「おー! 威勢がいいな! イディ! 負けるなよ!」
「ハッ!」
イディが剣を大きく振って、風圧だけで周囲の騎士たちを吹き飛ばす。こうして前線にいた騎士たちは、あっという間に地面や壁に叩きつけられ、地面に転がった。
予想外の反撃に騎士たちが怯むが、そこにランスタッドの激が飛ぶ。
「たったの二人だ! 人数で押せばいける! オレたちは魔法騎士団だぞ!」
乱れかけていた騎士たちの動きが、その一言で統一される。
騎士たちは素早く二手に分かれると、それぞれイディとルドを囲み、距離をとって攻撃を始めた。
だが、魔法攻撃や大きな攻撃は、味方に当たる可能性が高いため、剣での攻撃しかできない。
そんな中、周囲を囲まれたイディは抜刀して自然体でかまえていた。囲んでいる騎士たちが、合図とともに一斉に剣を振り下ろす。
イディは四方から降ってきた複数の剣を、自身の剣で全て受け止めた。そして、踏ん張りながら一度引き、そのまま力を溜めて一気に弾き返すという力業に出た。
「うわっ」
「グッ」
「まさかっ」
弾き返されると思っていなかった騎士たちは、驚きとともにバランスを崩した。
そこにイディが、左から右へ円を描くように剣を振り払う。風圧で最前列にいた騎士の体が浮き、背後にいた騎士たちを巻き込んで後ろに吹っ飛んだ。
「まだ、まだ!」
後方にいた無傷の騎士たちが威勢よくイディに挑んでいくが、どの騎士もイディに一太刀も浴びせることなく、風圧で吹き飛んでいった。
一方のルドは、足を止めて囲んでいる騎士たちを見回していた。同じ騎士団の仲間なだけあって、お互いの実力も弱点も知っている。
緊迫した様子で、騎士たちが剣をかまえる。その中に、ルドと視線が合っただけで、微かに体が揺れた騎士がいた。
それはルドが見たことがない騎士で、魔法騎士団に配属されたばかりの新人だった。新人とはいえ、魔法騎士団に配属されるほどの実力と経験はあるし、それなりの自信もある。
それでも、噂に聞いたことがあるルドの迫力が、対峙した新人に恐怖心を抱かせた。
ルドがすかさず、その騎士に狙いをつける。ルドの背後から現れた赤い狼の幻影が、新人に襲いかかってきた。
「う、うわぁぁぁぁ!」
幻影の迫力に圧され、新人ががむしゃら剣を振り下ろす。だが、そこにルドの姿はなく、気が付くと顔前を赤い髪がなびいて腹に衝撃が走った。そのまま新人が倒れる。
崩れていく新人の体を盾にして、別の騎士がルドに剣を突き出す。だが、その動きを読んでいたルドは、少し顔を傾けただけで剣を避けた。
「うおぉぉぉぉ!」
他の騎士がルドの背後から斬りかかるが、それも体を少し反らしただけでかわした。
次々と剣が迫ってくるが、ルドは水が流れるように滑らかな動きで避けていく。しかも、その動きの途中で、相手の急所を的確に攻撃を繰り出し、一撃で昏倒させていく。その姿は、最初の雑な攻撃が嘘のように洗練されていた。
全員が訓練でルドと手合わせをしたことがあり、クセや弱点は知っている。それなのに、誰もルドに攻撃を当てることができない。
「なぜだぁぁ!」
騎士たちが半ばヤケ気味に攻撃をしてくるが、ルドは淡々といなしていく。
こうして二人を中心に、戦闘不能になった騎士たちの躯が積み重なっていった。
この人数をもろともせず、むしろ圧している様子に、ランスタッドが叫ぶ。
「魔法を使え!」
さすがに騎士たちから反論が出る。
「おい! ここで使うのは不味いぞ!」
「街中だぞ!」
ランスタッドが意見を消すように手を払う。
「だが、これ以上時間をかけるわけにはいかないだろ! すぐに済ませて退くぞ」
そもそも、こんなに時間をかける予定ではなかった。この人数で脅せば、相手はあっさりとルドを諦めるだろうし、ルドも魔法騎士団に帰ってくる、と予想していたのだ。
騎士たちが頷きあう。
「仕方ない。一気にいくぞ!」
「あぁ!」
残っている騎士たちが一斉に魔法を使った。
火球や氷柱がイディとルドに降り注ぎ、風の刃が左右から襲う。避けようがないため、誰もがこれで決着がついたと確信した。
だが、イディは火球を剣で打ち返し、拳で氷柱を砕き、風の刃を真っ二つに斬った。しかも、出来て当たり前のように顔は平然としている。
その光景に騎士たちは絶句した。
「拳で……砕いた?」
「嘘だろ?」
「魔法も斬っていたぞ?」
「そもそも魔法って斬れるのか?」
「そんなの知る……グフゥ」
ルドが魔法で跳ね返した攻撃魔法が、騎士に直撃する。
会話をしていた騎士たちに、ランスタッドが怒鳴る。
「しゃべっている暇があるなら攻撃し……ぐはっ」
「大丈夫か!?」
「オレのことは気にするな!」
味方である騎士が放った攻撃魔法が、ランスタッドに直撃する。街中の通りという、狭い空間で密集しているため、回避行動をとるのも難しい。
むしろ、このような狭い場所なら、同士討ちになるのは必然である。こうして自滅している状況も含め、立っている騎士の数は順調に減っていった。
魔法攻撃によって発生した土煙に少し咳込みながら、クリスは顔をしかめた。魔法の衝撃で飛んでくる小石が当たって地味に痛い。
「まずいな」
敵味方入り乱れた戦闘で、ルドの姿が分からなくなった。こうなったら、観戦するより避難したほうがいい。
クリスが避難場所を探していると、覆いかぶさるように影が出来た。顔を上げると、男前の笑みを浮かべたオグウェノがいた。
「オレから離れるなよ」
オグウェノが側に来ただけで周囲の土煙が消え、飛んでくる石がなくなった。目に見えない壁に囲まれ、守られているのが分かる。
「お前は戦わないのか?」
「オレは自分の守り専門」
「攻撃は最大の防御、とも言うが?」
「そこまでの守りが必要になったらする」
「そうか。それにしても息が合ってるな」
土煙が風で流れ、ルドとイディが背中合わせで戦っている姿が現れた。
遠くから飛んでくる魔法攻撃を、ルドが魔法で弾き返すついでに騎士に当てる。そんな、ルドの攻撃を潜り抜けてきた騎士を、イディが剣で斬り飛ばす。
その息が合った姿は、いくつもの戦場を共に駆け抜けてきた戦友のようでもあった。
二人の連携に、騎士たちが徐々に距離を取り始める。遠巻きになり、どのように、この二人を攻略すればいいのか思案するため足が止まる。そこに痺れを切らしたランスタッドの怒号が響いた。
「どけ!」
ランスタッドが炎をまとわせた剣を振り上げて、ルドに斬りかかる。これには、さすがに二人とも避けた。
「オレが引き付けるから攻撃しろ!」
指示を出しながらランスタッドが、ルドを中心に攻撃をする。
二人がランスタッドの攻撃を避けることに集中しているところを、騎士たちが狙って攻撃を仕掛ける。しかし、狙いがずれたり、避けられた先にランスタッドがいれば、攻撃が当たり同士討ちになる。
そう考えただけで、騎士たちの動きが自然と鈍くなった。そして、確実にランスタッドに当たらないという場所から、攻撃するようになった。
そのことに気が付いたイディとルドが、お互いに目配せをする。そして、ランスタッドの攻撃を避けながらも、ランスタッド自身を盾にするという、器用な戦法に変更して残りの騎士たちを倒していった。
ランスタッドが参戦したことで、戦況がより不利な状況になるという光景を眺めながら、オグウェノが肩をすくめる。
「自滅だな。ただ、このあとどう収集をつけるか、だが……」
「どうにかなるかもしれないぞ」
クリスがカフェがある方に視線を向ける。
「ん?」
オグウェノもそちらを見ると、背中に強大な黒いナニかを背負って、こちらに歩いてくるエルネスタの姿があった。