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プロポーズは突然に

 クリスとベレンは、真っ白な服を着た騎士団に囲まれていた。その服に、嫌というほど見覚えがあるクリスは、思わず呟いた。


「魔法騎士団……」


 壁を背にしたクリスたちを囲むように、半円形に騎士たちが並ぶ。その中から、二人の前に馬に乗っていた人物が出てきた。


 ベレンがクリスを隠すように前に立ち、キツく睨みつけながら話しかける。


「これはどういうことですの? ランスタッド様」


「知り合いか?」


 訊ねたクリスに、ベレンが小声で説明をする。


「ルドが所属しております魔法騎士団、第一部隊の同期で、ライバルですわ」


「ライバル?」


「ランスタッド様が一方的に、そう思っているだけですけど」


 服の上からでも分かる筋肉質な体型は、騎士として鍛え抜かれている。そこに、不似合いなほどサラサラと揺れる亜麻色の髪と、鋭い青い瞳が光る。

 平凡な顔立ちだが、表情が険しいため、初対面の人には恐れられるタイプだ。

 それに加えて魔法騎士団に所属しているという、プライドの高さが全身から溢れている。


 クリスが観察していると、ランスタッドが低い声で問いかけてきた。


「貴様が、ルドヴィクスを惑わしている者か?」


「惑わす?」


 クリスが首を傾げると、ランスタッドは腰に下げている刀を抜いて、クリスに向けた。


「なにを、なさいますの!?」


 思わずベレンが叫ぶ。だが、ランスタッドは気にすることなく、剣を向けたまま馬から降りた。


「とぼけても無駄だぞ。ルドヴィクスに退団するように迫っているそうだが、そうはさせん」


 想像もしていなかった言葉にクリスか神妙な顔になる。


「……なんのことだ?」


 ランスタッドはドズの効いた声で怒鳴った。


「知らぬとは言わさんぞ! 貴様にそそのかされ、ルドヴィクスは退団願いを隊長に提出したのだ! そのことで、隊長も副隊長も頭を抱えておられるのだぞ! どんな窮地でも、あのお二人があれほど悩まれる姿は、見たことがない! ここに集まった者たちは、隊長たちのため……」


 説明の途中だったが、クリスはベレンを押しのけて、ランスタッドに迫った。


「どういうことだ!?」


 息がかかりそうなほど目前に迫って来たクリスに、ランスタッドが顔を真っ赤にしてたじろぐ。まっすぐ見つめてくる深緑の視線から顔を背けて答えた。


「だ、だから、隊長たちのため……」


「そこではない! 退団願いを出した理由は!?」


「そ、それは貴様が出させ……」


「そんなことは、させていない! そもそも、一年で魔法騎士団に戻ると……」


「師匠!」


 クリスが顔を上げると、騎士たちの頭上を飛び越えてきたルドが、目の前に着地した。

 そして、クリスを抱き上げると、素早く飛び退き、ランスタッドから距離を取った。


「師匠、ご無事で……」


 ルドは腕の中に視線を落としたところで固まった。


 腕の中にいる人は、鮮やかな橙色のドレスに身を包んでいた。首元は黄色なのだが、腰から足先にかけて徐々に色が濃く橙色になっており、まるで大きな花をまとっているようである。

 ドレスと白い肌との境目には、タンポポの綿毛のような、白くて柔らかなレースが覆っていた。胸の中心には深紅の宝石が輝き、そこからもレースが咲き乱れている。


 その上には、キョトンとした表情で、こちらを見上げている顔があった。

 茶色の髪を緩く結い上げ、ドレスと同じ布で作られた花飾りで留めている。頬は薄っすらと紅に染まり、唇は熟れた桃のように瑞々しい。


 それは春が一足先に咲いたような華やかさがある、年頃の少女だった。


 クリスだと思い込んでいたルドは、一瞬で顔が硬直し、全身から汗が噴き出した。

 口をパクパクと動かして、なんとか声を出す。


「も、申し訳なっ、人違っ……あ」


 ぱっちりと伸びた睫毛に囲まれた、深緑の瞳と目が合う。そこでルドは、安堵したように、ふにゃりと笑った。


「このは師匠だ」


 一人で完結したルドの頭を、クリスが叩く。


「ちょっと化粧をしただけで、見分けがつかなくなるな」


「すみません」


 ルドが頭を下げていると、ランスタッドが叫んだ。


「ルドヴィクス! そんなヤツに惑わされるな!」


「師匠、少しお待ち下さい」


 ルドはクリスを下ろすと、ランスタッドと向き合った。


「そんな、とは、どういうことだ? 師匠を愚弄することは、仲間であろうとも、許さない」


「女が苦手だと言っていたのに、ちょっと綺麗な女が現れただけで、その変わり様! オレが目を覚まさせてやる!」


 剣を突きつけて断言したランスタッドに対し、ルドは軽く首を捻った。


「女? 待て。師匠は……」


 ランスタッドはルドの言葉を無視して、チラリとクリスを覗き見た。事の展開を見守っているクリスと視線が合ったところで、ランスタッドは顔を赤くしてルドの方に向き直り、怒鳴った。


「それか、見届けてやるからキッチリ振られて、未練なく魔法騎士団に戻って来い!」


「だから、待て。振られるも、なにも師匠は……」


 ルドが説明をしようとしたところで、別の声が響いた。


「ちょっと待った!」


 声の主を通すために、騎士たちが割れて道を作る。その中心をオグウェノがイディを連れて歩いてきた。

 その光景に、クリスが頭を抱えて呟く。


「話がややこしくなるから、お前は出てくるな」


 クリスの嘆きを無視して、オグウェノが顔を綻ばす。


「やっぱり、綺麗だ」


 そして、一瞬でオグウェノの雰囲気が変わった。王族の重圧を発しながら、真剣な顔でクリスに手を差し出す。


「こんな住みにくい国は捨てて、我と共にケリーマ王国に来い」


 予想外の展開に周囲の騎士たちがざわつくが、クリスは表情を動かすことなく言った。


「前にも言ったが、私はシェットランド領から離れるつもりはない」


「ならばシェットランド領を、我が領土にする」


「まあ、お前が本気になれば、出来ないこともないな」


 どこか他人事のように答えるクリスに、オグウェノが本気で詰め寄る。


「だが、そのためには、かなりの血が流れるぞ」


「そうだな」


「素直に来れば、血が流れることはない」


「まあ、そうだな」


「来ないのか?」


 クリスは当然のように頷いた。


「あぁ」


「無駄な血が流れると分かっているなら、回避しようと思わないのか?」


「思わない」


 オグウェノが驚いた顔になる。


「なぜ?」


 クリスが赤く綺麗に色づいた唇を端を上げる。


「お前は、そんなことをしないからな」


「どうして、そう思う?」


「むしろ、何故そんなに私を必要とする? 私が持っている治療知識程度なら、お前の国にもあるだろ?」


 本気で不思議そうにしているクリスに、オグウェノがゆっくりと説得するように言った。


「我が欲しいのは知識などではなく、お前自身が欲しいんだ」


「なぜだ?」


「わからないか?」


 オグウェノが意味深に微笑むが、クリスは軽く首を傾げるだけだった。

 その様子に、オグウェノはいつもの雰囲気に戻ると肩を落とした。


「まったく。オレにここまで言わせて、なびかなかったのは初めてだぞ」


「なびく?」


「まあ、いい。まだ時間は、あるからな」


 オグウェノが男前の笑みを作る。そこに、ランスタッドの怒鳴り声が響いた。


「誰がおまえなどにやるか!」


『は!?』


 騎士を含めた、その場にいる全員が、疑問符を頭に浮かべて、ランスタッドに注目する。

 ランスタッドは剣を収めて、クリスの前に立った。


「ケリーマ王国の者にやるなんて、もったいない! それなら、オレのものになれ!」


『はぁ?』


 オグウェノとクリスが目を丸くする。そこに、騎士たちが小声で囁き始めた。


「……やばいぞ」


「また始まった」


「あいつ、気が強い系の美人が好みなんだよな」


「おまえ、止めろよ」


「あぁなったら無理だって。知ってるだろ?」


「どうする?」


 騎士たちの声を聞いたベレンは、額を押さえて俯いた。


「噂通りですのね」


 クリスがベレンに訊ねる。


「どういうことだ?」


「ランスタッド様は、女性慣れしていないため、大変惚れっぽい、という噂なのです。先ほど、あなたがランスタッド様に顔を寄せましたでしょう? そこで、あなたに惚れてしまったのでしょう。あと大変、負けず嫌いな性格らしくて……」


「だからといって、ここで、このタイミングで、言うか!?」


「騎士団は殿方しかいない生活ですから。惚れたところに、オグウェノ様が求婚すれば、負けず嫌いの性格が触発されますから……」


「その結果が、これか?」


 クリスが嫌そうに足元に視線を向けると、片膝をついたランスタッドが剣の柄を差し出していた。

 一般常識に疎いクリスでも、これが騎士のプロポーズの儀式だということは知っていた。


 というか、カルラに無理やり教えられていた。


 カルラとしては、ルドがいつかクリスに騎士式のプロポーズをするかもしれない、という思惑があってクリスに教えていたのだ。

 まさか、他の騎士から求婚されるとは、予想もしていなかっただろう。


 ランスタッドは片膝をついたまま、尊大な態度で言った。


「受け取れ!」


「いらん」


 バッサリと切ったクリスの言葉を、ランスタッドはまるっと無視して話を進めていく。


「新居は帝都内に建てよう」


「お前と住む気はない」


「遠征で離れることも多くなるが、毎日手紙を送る」


「文通をする気もない」


「寂しい思いをさせることもあると思うが、耐えてくれ」


「まったく寂しくない」


「忙しい身の上だが、新婚旅行ぐらいは行けるぞ。どこがいい?」


 クリスがベレンの方を向く。


「まったく会話にならないのだが」


 ベレンが達観したように頷く。


「恋をしたら盲目になりますからね。特にランスタッド様の場合は、一際酷いようですが」


「どうしたら会話ができる?」


「わかりませんわ」


「即答か」


 魔法騎士団の騎士からの求婚という、世の女性からしたら羨ましい状況だが、クリスは頭を抱えて唸った。


 そこに、オグウェノがランスタッドとクリスの間に入る。


「これで分かっただろ。おまえはまったくの脈無しだ。諦めろ」


「邪魔をするというのか? よかろう」


 ランスタッドが剣を天高く掲げる。その動きに、周囲にいた騎士たちが諦めたように抜刀して、胸の前に構える。


 クリスが慌ててランスタッドに叫ぶ。


「おい! こんなところで、戦闘を始めるな!」


 だが、返事はない。代わりにオグウェノが楽しそうに言った。


「そっちが先に手を出したなら、こっちは正当防衛ってことになるよな?」


 イディがいつでも抜刀できるように構える。


「喧嘩を買うように軽く言うな! 犬! 止め……おい!」


 ルドは琥珀の瞳を丸くしたまま硬直している。


「起きろ! 意識を戻せ!」


 クリスが必死にルドの肩を揺さぶるが、反応はない。


「恋に障害は付き物だが、それぐらいで揺らぐ心ではない! 突撃!」


 ランスタッドの号令とともに、騎士たちが雄たけびを上げながら、やけ気味に突進してきた。



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