表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/86

女装再び

 階段を上がりながら、クリスは皇帝に訊ねた。


「第一皇子は、ずいぶんと〝神に棄てられた一族〟が嫌いなようだな」


 皇帝は、中庭でコンスタンティヌスが、オグウェノに言っていた言葉を思い出した。


「あいつは、まだまだ若くてな。国を治めるには、清廉潔白でないといけないと、思い込んでいるところがある」


 そう言って、皇帝がふと気がついたように慌てた。


「あ、いや〝神に棄てられた一族〟が汚れているとか、そういうわけではないぞ!」


「わかっている。〝神に棄てられた一族〟に関われば、厄災が降るとか、国が亡ぶとか、そう言われていることは、子どもでも知っているからな。邪険になるのも分かる。ただ、度が過ぎると、こちらも考えねばならん」


 皇帝が声を落とす。


「そうなれば、王位継承順位についても考え直そう。場合によっては、セルシティを第一候補に出す」


「それは止めとけ。あいつは、今の生活が気に入っているようだからな。そんなことをすれば、何をするか読めんぞ」


「分かっておる。我が子ながら、あやつの考えは飛びぬけ過ぎていて追いつけん」


「そもそも継承順位で言うと、次は第二皇子だろ?」


 皇帝の顔が曇り、階段を上がる足も少し遅くなった。


「あやつは……先帝と似ておっての。確かに戦は上手い。魔力も強く、腕も立つ。騎士や兵士にも信頼されている。だが、政治が苦手で、物事を深く考える前に、体が勝手に動く性分だ」


「第二皇子が跡継ぎになると、先帝の再来になりそうだな」


「あぁ。ただ幸いなことに、今のところ、あやつは王位に興味はなく、コンスタンティヌスが継ぐべきだと公言している」


「では、セルシティに王位の話がいかないように、第一皇子をしっかり教育しておけ。ところで話は変わるが、帝都に向かう前にオークニーで私を襲ってきた賊がいるのだが……」


 クリスの言葉に、皇帝の足が止まる。


「そのことについて話しがある。少しいいか?」


「あぁ」


「では、こちらに来てくれ」


 階段を上り終えて城内に入ったクリスたちは、皇帝について歩いていった。


 城内の奥へと進んでいく。しばらく歩くと、ドアの前に騎士が立っている部屋に到着した。

 皇帝の姿に、騎士が敬礼をしてドアを開ける。クリスたちは誘導されるまま室内に入った。


「散らかっているが、気にしないでくれ」


 細かな飾り彫りが施された大きな執務机の上に、書類が重なっていた。その前に、同じように細かな飾り彫りがされたローテーブルとソファーがある。


 皇帝に勧められて、クリスがソファーに座った。ルドが自然な動きで、クリスの背後に立つ。

 皇帝は、クリスと向かい合うようにソファーに座った。護衛の騎士が皇帝の後ろに立ち、残りの二人は部屋のドアの前で待機している。


 皇帝は、クリスを正面から見据えると、深々と頭を下げた。


「今回は、先帝の治療で迷惑をかけて、すまなかった。しかも、帝城内で誘拐まで……完全にこちらの失態だ」


 皇帝が自分の臣下に頭を下げる、という前代未聞の事態に、ルドと護衛の騎士が目を丸くする。だが、クリスは驚くことなく淡々と返した。


「オグウェノがしたことについては、気にするな。あれは、全面的にあいつが悪い」


 皇帝は顔を上げると、真顔でゆっくり首を横に振った。


「いや、あれも良い経験になった。城の守りの薄いところがよく分かったからな。だが、帝都に向かう前に襲われるなど、不快な思いをさせてしまった」


「そのことだが、襲ってきたのは何者だ?」


「それについては、裏付けを取っている最中だ。だが、近日中には全ての関係者を拘束する。よって、帝都にいる間の、そなたの身の安全は保障する」


「その言葉、信じていいのか?」


「あぁ」


 皇帝が深く頷いたところで、ノックの音が響いた。


「お茶をお持ちしました」


 若い執事の声に、ドアの前で待機していた騎士が警戒をしながらドアを開ける。妙な緊張感が走る室内に、紅茶の良い匂いが漂ってきた。


「失礼します」


 若い執事は平然と入ると、カップに紅茶を注ぎ、お茶菓子を並べた。皇帝が一息つくように紅茶を飲む。

 クリスは紅茶を一瞥しただけで視線を皇帝に戻した。


「……拘束、できるのか?」


 再確認してきたクリスに皇帝の顔が険しくなる。


「気づいていたのか?」


「確信はないが、情報と状況からな。ただ、私を襲わせた理由が分からない」


「そこについては、拘束してから話を聞く予定だ」


「そうか。全てが分かったら報告してくれ」


 クリスがソファーから立ち上がる。皇帝も立ち上がりながら訊ねた。


「当然だ。ところで、帝都にはいつまでいる予定だ?」


「明後日までだな。明後日の朝、先帝の状態を診たら帰る予定だ」


「早いな。もう少しゆっくりしても良いのではないか?」


 クリスがドアの前まで歩くと、若い執事が自然な流れでドアを開けた。そのまま、クリスと皇帝が並んで廊下を歩く。


「こちらも予定がある。あと、急ぎで帰るから、明後日は北の山中にある湖の周囲を人払いしておいてくれ」


「前々から思っていたのだが、急ぎで帰るのと、北の山中の湖が繋がらないのだが、どうなっているのだ?」


「見に来るか?」


 皇帝は少し考えると、頭を横に振った。


「いや、止めておこう。今は、これ以上悩みの種を増やしたくない」


「それが賢明だ」


 国賓用の裏口に到着したクリスは、ルドとともに馬車に乗って帰っていった。


 皇帝が遠ざかる馬車を見送っていると、背後から声をかけられた。


「お二人はどうでしたか?」


 皇帝は驚くことなく、苦笑いを浮かべながら振り返った。


「“神に棄てられた一族”だと、信じられなかったな。ファウスティーノから『可愛らしいお嬢さん』という報告がなければ」


「クリスティは、人の体の専門家ですから。どのように動けば男らしく見えるか、ということを、よく知っています。それにしても、クリスティが拐われたと聞いた時は、焦りましたよ」


「まさか、帝城内で拐われるとは、思わなかったからな。急がせて悪かった」


「まあ、無事でしたから良いです」


「だが、おまえが直接来る必要はあったのか?」


 皇帝の背後に立っている青年が、銀髪を揺らしながらクスリと笑う。


「自分で釣った獲物は、自分で処理をしないと、クリスティに本気で怒られますから」


「えらく気に入っているようだな」


「見ていて飽きませんから」


 青年は紫の瞳を細めると、咲き乱れる薔薇のように、優雅に微笑んだ。




 翌日。

 ルドの実家で、クリスは朝から顔をこわばらせていた。


「私の子どもは、男ばかりだからぁ。一度、娘とお買い物してみたかったのよねぇ。用意していた服も、とても似合っているわよ」


 エルネスタは満面の笑顔で、嬉しそうに言った。その後ろでは、乾いた笑みを浮かべているラミラと、そっと顔を逸らして笑いをこらえているカリストがいる。


 クリスはエルネスタに泣き落とされ、渋々着た服のスカートを握りしめて俯いていた。


「だから、私は、女装は、したくない、と……」


 こめかみより後ろの髪を一つにまとめ、大きなピンクのリボンで留め、残りの髪は背中に流している。レースをふんだんにあしらった上着に、リボンと同じピンクの布で作られたスカートが、ふわりと広がる。

 皮で作られた茶色のショートブーツにも、ピンクのリボンの飾りが付いている。


「さあ、これも付けて」


 上機嫌のエルネスタが、ピンクのリボンをクリスの首元に付ける。


「あぁ、もう本当に可愛いわ! こういう娘が欲しかったの!」


 一人で盛り上がっているエルネスタに、クリスは何かを言う気力はなかった。諦めの境地に達していると、バタバタと走る音とともにドアが乱暴に開いた。


「母上! 師匠に何を……」


 そこで顔を上げたクリスとルドの目が合う。その瞬間、クリスの顔が真っ赤になった。ルドの顔も固まる。


 エルネスタがクリスの背後に立って、クリスをルドの方へ向けた。


「ほら、見て。クリスちゃん、可愛いでしょ?」


 クリスの背中を押して、ルドに一歩近づける。


「エ、エル殿。もういいだろう? 着替えを……」


「あら? このまま買い物に行くわよ」


「え!?」


 クリスの顔が引きつる。ルドが慌ててエルネストを止めた。


「母上! 師匠は男性だと何度言ったら……」


 エルネスタが扇子をルドの首に突き付ける。


「クリスちゃんのスカート姿に見惚れていた時点で、あなたの負けよ! 罰として、クリスちゃんをエスコートしなさい!」


「いえ、見惚れていたのではなく……って、何故そうなるのですかぁ!?」


 ルドの叫び声が響いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ