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治療

 クリスは先帝の治療をする準備をしていた。

 先帝の掛け布団をはぎ取ると、悪臭が漂ってきた。しかし、クリスは気にすることなく、先帝の両方の腕に幅がある布を巻きつけた。

 それから、脇に手をかざしてと魔法を詠唱する。


『腋窩神経ブロック』


 次に、腕に巻き付けた物よりは幅が少し広い布を、両方の太ももに巻き付けた。そして、足のつけ根に手をかざす。


『座骨神経ブロック』


 先帝が不思議そうな顔をした。


「痛みがなくなった? どういう……ん? 手が動かん!? 足も動かんぞ!」


 慌てる先帝に、クリスが落ち着いた声で説明をする。


「腐ったところを切断する時に、痛みがないようにした。治療が終わったら、動くようなる」


「そうか」


 先帝が覚悟を決めたように目を閉じる。


 クリスは先帝の右手の袖をまくり上げ、持っていた布を腕の下に敷くと、同じことを左手と両足にもした。それから、鞄の中から筒を取り出し、入っていたピンセットを出した。その先には消毒液で塗れた綿がある。

 綿に付いている消毒液で、切断する指から手までを消毒しながら、クリスが先帝に訊ねた。


「痛みや、冷たさは感じるか?」


「いや。触られているのは分かるが、痛みなどはない」


「そうか。痛みを感じたら言え」


「わかった」


 全ての手足の消毒を終えたところで、イールがクリスに声をかけた。


「準備ができました」


 クリスが振り返ると、机の上に綺麗に器材が並んでいた。


「ありがとう」


 クリスは蓋が開いていない箱を開けると、中から帽子を出して髪を中に入れながら被った。それから手を消毒液で消毒をすると、滅菌した服と手袋をつけた。


「もう一度消毒するから、腕を上げろ」


 イールが先帝の肘を持ち、手先を上げる。クリスは机に並んだ器材の中から、消毒液に浸かった綿をピンセットで掴んで取り出すと、先帝の手から手首までを消毒をした。

 それから先帝の腕の下に、滅菌した布を敷く。その上にイールが先帝の腕を下ろした。クリスが、手首から先だけが出るように、先帝の腕に布をかける。


 残りの腕と足も同じように行うと、クリスはイールに声をかけた。


「さて、始めるか。まずは右手からだな。イール、右手を駆血してくれ」


「はい」


 イールは先帝の右腕側に移動した。クリスが巻いた布に、目盛りが付いた器材と、掌大の風船を取り付ける。それを握って空気を送り込むと布が膨らみ、先帝の右腕を締め付けた。


「終わりました」


「よし。その大きい方の、砂時計の砂が落ちきったら教えろ」


「はい」


 イールが、箱の隣に置いてある二つの砂時計の大きい方を、ひっくり返した。細かな白い砂が落ちていく。


 クリスは小さな刃が付いたナイフを手に取ると、右手の小指の黒くなった部分の近くの皮膚を切った。


「ここは血が流れているか」


 血流を確認しながら、ナイフで切り進めていく。時折、布で血を拭い、それでも血が止まらない場合は、ピンセットの先を魔法で熱くして、血管を焼いて止血した。

 そうして、骨だけが出ている状態になったところで、ペンチの先が刃になっている器械を取り出した。


 パチン。


 乾いた音とともに骨が切れる。クリスは切断した骨の先に手をかざした。


『骨組織の再生』


 骨から出ていた血が止まり、切断した骨の先が丸くなる。クリスは切断した骨の先を包むように、肉を器材で挟んだ。


『皮下組織の再生』


 器材を外し、皮膚で覆う。


『皮膚組織の再生』


 右手の小指は短くなったが傷跡もなく、自然な形だ。

 クリスが砂時計に視線を向けると、砂は落ち切っていなかった。


「イール、駆血を解け」


「はい」


 イールが布に付いているネジを取る。すると布から空気が抜けた。


「次は左手だ」


「はい」


 クリスが手袋を外し、滅菌してある新しい手袋を装着する。


「使った器材はもう使わないから、後で片付けておいてくれ」


「はい」


 クリスが先帝の左側に移動する。


「駆血してくれ」


 イールが先ほどと同じように、布に空気を入れて左腕を絞めると、砂時計をひっくり返した。


「始めるぞ」


 クリスが、右手の時と同じ手順で、切断していく。その間に、イールが右手で使った器材を片付けながら、右手の切断した部分に付いている血を綺麗に拭き取っていく。


 イールの動きを見ながら、皇帝が首を捻った。


「なぜ、一回使っただけで片付けるのだ?」


 皇帝の疑問にルドが答える。


「簡単に説明しますと、汚いからです。右手で使った器材を左手に使用すると、右手に付いていた目に見えない生物を、左手に付けることになります。目に見えない生物を増やさないためにも、治療をする場所が変わる時は、手袋と器材は使用していない滅菌したものに変えます」


「……そうなのか」


 皇帝は腑に落ちない様子だが、ルドは黙った。口だけでの説明には限界がある。

 ルドが開き直っていると、クリスは砂時計の砂が落ち切る寸前で、魔法で傷を閉じた。


「さて、ここからだな」


 クリスが手袋を付け替え、先帝の足側に移動する。


「右足からするぞ」


 イールが右足の布に空気を入れて絞める。クリスは手の指の時と同じように皮膚を切り、骨を切断することなく足の指のつけ根をナイフで切り落とした。


 右足の小指、薬指の切断、治療を終え、中指を切断している途中でイールが声をかけてきた。


「砂時計の砂が落ち切ります」


 クリスが手を止める。


「駆血を解け。その小さい方の砂時計を、ひっくり返せ」


 イールが布から空気を抜き、大きな砂時計の隣にある小さな砂時計をひっくり返した。ナイフで切断している部位から血が出る。クリスは布で拭きながら、先を熱くしたピンセットで焼いていく。


「砂が落ちました」


「よし、駆血しろ」


 イールが再び右足に巻いている布に、空気を入れて絞める。クリスは再び中指の切断を始めた。途中からだったので、時間はさほどかからなかった。

 魔法で傷を閉じ終えたところで、クリスは大きく息を吐いた。


「駆血を解け」


 クリスが肩を軽く回しながら深呼吸をする。緊張が解けた様子のクリスに、皇帝が声をかけた。


「足の指を切断していた時、途中で中断したのは何故だ?」


 クリスが、手袋を外しながら答える。


「血が出ていては切断が難しいから、縛って止めていたのだ。だが、血の流れを長時間止めていると、切断する部分以外の組織も悪くなってしまうからな。途中で縛りを緩めて血を流す必要がある」


「戦場で、腕や足の止血するために、傷口の上部を縛ることがあるが、ずっと縛っているのは良くないのか?」


「あぁ。長い時間縛り過ぎると、傷以外の場所も腐り、治療魔法をかけても治癒しなくなることがある。できれば定期的に縛りを外し、しばらくしてから、また縛ったほうがいい」


「なんと!? それを騎士や兵士たちは知っているのか?」


「さあな」


 皇帝が控えている騎士に命令する。


「あとで、このことを全部隊に通達しろ」


 先帝が喉の奥で笑う。


「相変わらず、こちらから聞かねば教えてくれぬのだな」


「教えるだけマシだろ」


「はっはっはっ。確かにそうだな」


「さあ、これで最後だ。あと少し堪えてくれ」


「こちらは寝ているだけだ。気にするな」


「では、そうさせてもらおう」


 クリスは新しい滅菌してある手袋を付けると、左足の指の切断を始めた。




 左足の指を全て切断し、魔法で傷を閉じたクリスは、器材を片付けて着ていた服と、手袋を外した。その間に、イールが左足に付いた血を拭き取り、先帝にかけていた布を全て取った。


「気分はどうだ?」


「特に変わった感じはしない」


「これから、痛みを感じなくさせていた魔法を解除する。痛みがあるようなら言ってくれ」


「わかった」


 クリスが先帝の脇に手をかざす。


『腋窩神経ブロック解除』


 先帝が両手を挙げる。切断された指を、紺色の瞳が黙って見つめる。


「痛みがあるか?」


「いや、ないが……不思議な感覚だな」


「足の魔法も解除するが、いいか?」


「あぁ。やってくれ」


 クリスが足のつけ根に手をかざす。


『座骨神経ブロック解除』


 先帝がゆっくりと上半身を起こそうとする。そこにイールが背中に手をまわして助け起こした。


「どうだ?」


 先帝は指がなくなった足を見た。


「……ここまで綺麗だと、まるで最初からなかったようだな」


「だが、歩きにくくなっている。今までと同じように歩こうとしたら、転ぶぞ」


「それは気を付けないと、いけないな」


 クリスがイールに視線を向ける。


「歩行の補助具は作れるか?」


「基本情報は入っていますから、道具と材料さえあれば作れます」


「必要なら作ってやれ。明後日の朝、出発する予定だ。それまでに傷が赤くなったり、ひどい痛みが出てきたりしたら、教えてくれ」


「わかりました」


 イールが静かに頭を下げる。クリスは残りの器材を手際よく箱に収めると、鞄に入れた。


「さて、帰るか」


「はい」


 ルドが鞄を持ち上げる。


「送ろう」


 クリスたちは、皇帝とともに部屋から出ていった。

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