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オグウェノとルド

 詫びの品を大量に乗せた飛空艇は、ゆっくりと浮かび上がった。


「ちょっ、これ、マジで重すぎなんですけど!?」


 操縦室で、杖を床についているムワイが叫ぶ。


「だから、おまえに操縦させてるんだろ。とりあえず、帝都に着けばいい」


「そこまで行ったら、僕の魔力が干からびますがっ!?」


「ギリギリ持つだろ」


「……そういうところは、目敏いですよね?」


「頑張れ」


「うぇぇぇー……」


 死にそうな顔をしているムワイを放置して、オグウェノが操縦室から甲板に移動する。すると、待ち構えていたように、ルドが立っていた。


 襟足だけ長く伸びた赤髪が風になびく。整った顔立ちに、穢れなく真っ直ぐ見つめてくる琥珀の瞳。

 一見しただけでは、イケメンの好青年という印象で、イディと対等に戦えるほどの力があるようには見えない。


 ルドが無言で鋭く睨んでいるが、オグウェノは気にすることなく訊ねた。


「一人か?」


「師匠はベレンの介抱をしていますから」


 ベレンの二日酔いは、魔法と薬で楽になっていた。しかし、その後で無理に動いたためか、飛空艇に乗ってから再び調子が悪くなった。そのため、クリスが付いて介抱している。


「半日もすれば着くから、少しの辛抱だな。で、オレになにか用か?」


「少し聞きたいことが、ありまして」


「なんだ?」


 平然としているオグウェノに対して、ルドは緊張と警戒を解かない。


「数日前、オークニーで師匠を襲ったのは、ケリーマ王国の手の者ですか?」


 ルドの質問に、オグウェノが首を傾げる。


「オークニー? 聞いたことがある地名だが、どこだったか……あ! 学問都市で有名な街か! そこで何かあったのか?」


「そこで、師匠が数人の男女に襲われました。動きから、ケリーマ王国の武術を嗜んでいるように見えました」


「オレは指示してないぞ」


「では、そちらの国で、そのような命令をする人はいますか?」


 オグウェノが顎に手をあてて考える。


「んー、いないと思うんだけどなぁ。そもそも、月姫を襲って得するヤツが思い当たらないし……」


 月姫という単語に、ルドはこめかみを引きつらせたが、そのまま淡々と質問を続けた。


「では、師匠が帝城にいることを、どうやって知りましたか?」


「あぁ。それは、たまたまだ。月姫に会いにシェットランド領へ行こうとしたんだが、その途中で帝都を通るから、ついでに皇帝に挨拶しようとしたんだ。それで帝城に寄ったら、たまたま月姫が居た」


 ルドの眉間にシワが寄る。


「そうですか。あと師匠は男性です。姫と呼ぶのは、失礼だと思いますが?」


 ルドの発言に、オグウェノの目が丸くなる。


「は?」


「我が国では、魔法は男しか使えません」


「あぁ、そういうこと。じゃあ、呼び方について相談してくるか」


 オグウェノはルドに背を向けると、軽く手を振りながら歩いていった。


 ルドは、その背中を見送りながら考えた。


 オグウェノが、嘘を言っているようには見えない。すべて真実を言っているとして、考えてみる。


 たまたま帝都に居合わせたと言ったが、そのたまたまは、かなり確率が低い。皇帝の命で帝都に向かっていたクリスと、シェットランド領に向かっていたオグウェノ。

 帝都で出会うより、すれ違っていた可能性のほうが高い。


 そもそも、クリスは皇帝の命がなければ、オークニーから出ることさえなかった。


 そして、オグウェノはオークニーのことは、すぐに思い出せないほど認識が薄かった。つまり、クリスがオークニーに住んでいることは知らなかった、ということだろう。

 オグウェノの性格からして、行き当たりばったりなところもある。とりあえずシェットランド領に行けば、どうにかなると考えていたのかもしれない。


 だとしたら、最初にクリスを襲うように命令したのは誰か。その目的は何か。


 ルドは眉間を押さえて唸った。




 オグウェノは、クリスたちがいる船室のドアをノックした。ラミラが、そっとドアを開ける。


「いかがされましたか?」


「ちょっと、月姫と話がしたくてな。いいか?」


 ラミラが部屋の中に視線を向ける。クリスから了承の確認をすると、ドアを大きく開けた。


「どうぞ」


 オグウェノが入ると、ベレンが床に置いたクッションに、もたれかかっていた。


「大丈夫か?」


 顔を真っ青にして目を閉じているベレンに代わって、クリスが答える。


「二日酔いのうえに、船酔いだ。到着するまでは、我慢するしかない」


「そうか。ところで、おまえの番犬から忠告を受けたんだが」


 クリスは、すぐに番犬がルドのことだと察した。特に訂正もせず続きを促す。


「なにを言った?」


「おまえのことを、男なのに姫と付けて呼ぶな、と」


 その言葉に、カリストが視線を逸らし、ラミラが大きくため息を吐いた。

 その反応で、全てを悟ったオグウェノが驚く。


「マジか!? マジであの番犬は、おまえのことを男だと思っているのか!?」


「そうだ」


「うわぁ、マジで? どういう目をしているんだ!?」


 ベレンが何か言おうとするが、呻き声しか出せない。

 クリスが肩をすくめながら答えた。


「いろいろあったんだ」


「そうか。ま、そのほうが、こっちには好都合だから、いっか」


「何が好都合なんだ?」


「こっちの話」


 オグウェノが、にっこりと男前の笑顔をクリスに向ける。背景に、大輪の薔薇の花束の絵が似合いそうなほどの、男の色気垂れ流し、大人の余裕をまとって誘っている。

 そんな笑みを向けられ、普通の女性なら赤面しそうなところだが、クリスは表情一つ変えずに頷いた。


「私に関係ないなら、別にいい。で、そんなことを確認するために、ここに来たのか?」


 あっさりとしたクリスの態度に、オグウェノは効果がないと判断して、すぐにいつもの雰囲気に戻した。


「いや、いや。確かに男ってことにしているのに、姫と呼ぶのは都合が悪いか? と思ったんだが……」


「呼び方は好きにしろ。どうせ、変える気なんてないんだろ」


「よく分かってるな。でも一応、他の呼び方も考えていたんだぞ」


「なんだ?」


月読命(つくよみ)


 クリスが眉間にシワを寄せて、盛大にため息を吐く。


「今のままでいい」


 静観していたラミラが訊ねる。


「何か意味がある言葉ですか? あまり聞きなれない言葉ですが」


 オグウェノが自信満々に答える。


「大昔の月の神の名だ。カッコいいだろ」


「はぁ……」


 どこがカッコいいのか分からないラミラが、曖昧な返事をする。その後ろで、カリストがそっと視線を落とした。




 帝都の民が昼食を終えた頃、大きな影とともに騒めきが広がった。二日前に海へと去っていった空飛ぶ帆船が、再び現れたのだ。


 帆船は悠々と上空を飛び、帝城の真上で停止した。中庭を囲むように騎士から兵士までが隙間なく整列する。

 中庭にぽっかりと開いた空間に、オグウェノたちがふわりと降り立った。


 緊張が走る中、オグウェノが軽い声で全員に聞こえるように話す。


「いやぁ、騒がせて悪かった。これ、持参した詫びの品書きだ。受け取ってくれ」


 騎士たちの中から、二十代半ばの青年が出てきた。髪は白に近い金色で、瞳は紺色。整った顔立ちのためか、睨むようにこちらを見ている表情は、冷徹な印象を受ける。


「第一皇子のコンスタンティヌスだ。今回のことについては、ケリーマ王国の王と我が父上が、通信機で対話をなされ、罪には問わないこととなった。だが、緊急で治療が必要な者がいたとはいえ、無断で治療師を連れて行くのは、金輪際なきように」


「あぁ、すまなかった」


 軽く笑うオグウェノに、反省の様子は見られない。コンスタンティヌスの眉間のシワがますますキツくなる。


 険悪な雰囲気の二人を、クリスは無表情で眺めていた。


 今回の誘拐劇は、ケリーマ王国に早急に治療が必要な人がいたため、クリスが優秀な治療師だと聞いたオグウェノが、突発的に動いた、という筋書きになっている。

 こんな嘘に騙される皇帝ではないが、クリスから穏便に済ませてくれという後押しがあり、表面上は受け入れることとなった。


 ちなみに、ルドたちがクリスと合流していることは皇帝にも知らせていない。そのため、帆船の中で待機している。


 ベレンが一歩前に出て、膝を折った。


「お久しぶりでございます、コンスタンティヌスお兄様」


 ベレンの姿に、コンスタンティヌスの紺色の瞳が少し緩む。


「久しぶりだな、ベレン。この度は災難だったな」


「いいえ。オグウェノ様はとても良くしてくださり、貴重な体験ができました」


「だが、所詮は〝神に棄てられた一族〟だ。我が国に厄災を持ち込む前に、即刻立ち去れ」


 見下すような視線に、オグウェノの後ろに控えていたイディが反応する。


「王子を愚弄するか!」


 全身を逆立てたイディに、コンスタンティヌスの護衛がすぐに抜刀できるように構える。


「イディ、落ち着け。喧嘩をしに来たんじゃないぞ」


 オグウェノの言葉にイディが下がる。しかし、コンスタンティヌスの護衛たちは警戒したままだ。


「砂漠の民は、身の程を知らぬ野蛮者だな。さすが〝神に棄てられた一族〟が治める国だ。程度が知れている」


 あまりの言い方に、ベレンが声を出そうとして肩を掴まれた。横を向くと、冷めた目をしたクリスが一歩前に出ていた。


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