似た者親子
開いた球体の中にあったのは、小さな長方形の形をした数枚の黒い板だった。
「なんだ、コレは?」
王が球体の中を覗き込もうとして、もう一人の戦士に止められる。
カイは迷うことなく黒い板を手に取ると、全体を見回した。
「あー、コレか。シェットランド領に持って帰れば、中の情報を見ることが出来るが……持って帰っても、いいか?」
カイに確認された王は、軽く頷いた。
「コレはクリスティアヌス殿に返した物だ。そちらの好きにしてくれ」
カイがクリスに視線を向ける。クリスは軽く頷いた。
「ならば、シェットランド領に持って帰ろう。だが、私は帝都でしなければならないことがあるから、先に帰って情報を確認していてほしい」
「そうか。なら、セスナで帝都まで送ろう。オレはそのままシェットランド領に帰る」
「それなら、早く帝都に着くな」
二人の会話に、ルドが顔を青くして悲鳴に近い短い声を出す。
「ひゅっ!?」
そこにオグウェノが手を上げた。
「オレも行く」
「なぜだ?」
露骨に嫌そうな顔をしたクリスに、オグウェノが神妙な顔で説明をする。
「月からの流れ星の中に入っていた、情報の内容を見届けるためだ。お袋に報告しないと、いけないからな」
「もっともらしいことを言っているが、セスナに乗りたいだけじゃないのか?」
「そうとも言う」
あっさりとオグウェノが肯定する。クリスが額を押さえて、呆れたようため息を吐いていると、隣でカイが唸った。
「第四王子一人なら乗れるが、護衛とかは定員オーバーで乗れないぞ」
イディが異を唱えようしたが、それをオグウェノが黙らせる。
「こいつらは、飛空艇で追いかけてくるから、大丈夫だ」
「なら、お前も飛空艇で追いかけてきたら、いいだろ」
クリスの言葉を、オグウェノが大きく頭を振って拒否する。
「嫌だ。あのセスナとやらに乗ってみたい」
「子どもか!」
カイが呆れたように言った。
「おまえら全員、飛空艇で帝都に行け。オレは、先にセスナでシェットランド領に帰る。で、帝都での用事が終わったら、これより大きいセスナで、迎えに行ってやるから」
「それなら、セスナとやらに乗れるんだな? なら、それでもいいぞ」
喜んで同意するオグウェノの隣で、クリスが不満そうな顔で了承する。そこに王が入ってきた。
「その方が、こちらとしても助かる。このバカ息子がしでかしたことの詫びの品を、帝都まで飛空艇で運ぶ予定だったからな。皇帝に渡す時、クリスティアヌス殿に仲介してもらえないだろうか?」
「それは構わないが、誘拐罪の擁護はできないぞ」
「そこは、こちらで処理する」
王がオグウェノに視線を向けると、しっかりと頷いた。
「自分でやったことだからな。ケジメはつけてくる」
「よし。なら、行ってこい」
王とオグウェノが拳を合わせる。
「この親にしてこの子あり、といった感じですね」
カリストの呟きにクリスは頭を抱えた。
翌日の早朝。
ようやく空が白くなってきた頃、湖に浮かぶ城の桟橋では、人々が慌ただしく動いていた。使用人が飛空艇に次々と荷物を運ぶ。
その横では、カイがルドを捕まえて話をしていた。
「クリスティのそばから離れるなよ。うかうかしていると、第四王子に取られるからな」
「取られる? また誘拐させるということですか!?」
周囲を警戒するルドの頭をカイが叩く。
「そういうことじゃない。まったく、鈍いにもほどがあるな」
「はぁ……」
ルドが生返事をする。
「とにかく、クリスティから離れるな。あいつは今、脆くなっている」
「脆く?」
「自分が何者なのか。それは、いつもあいつの中で楔となっている」
そこに治療師の服を着たクリスが歩いてきた。その姿を見たカイから、先ほどまでの真剣な表情が消える。
カイは軽い笑顔でクリスに手を振った。
「朝が弱いのに、よく起きれたな」
茶色の髪を一つに纏めているクリスは、眠そうな目をこすりながら答えた。
「……カリストに起こされた」
「そういうことか。でも、そっちも出発する頃だろ? 気を付けろよ」
「あぁ。早く用事を終わらせて、さっさとシェットランド領に行かないとな」
「待ってるから、帝都での用事が終わったら連絡しろよ」
「わかった」
ラミラがセスナから出てくる。
「荷物は全て積み込みました」
「お、ありがとう。じゃあ、そろそろ行くか」
「空はまだ暗いからな。気を付けろよ」
「あぁ」
カイがセスナに乗り込む。クリスが手を振ると、湖に線を引きながらセスナは飛び立っていった。
クリスたちが小さくなったセスナを見送っていると、王が走ってきた。
「カイ殿は、もう帰られたのか!」
「あぁ。早くしないと日が沈む前に、シェットランド領に着かないからな。この時期は、まだ日が沈むのが早いんだ」
「別れの挨拶ぐらいしたかったのだが……それにしても、この距離を半日で移動できるとは、素晴らしい技術だな」
クリスが深緑の目を伏せる。
「大っぴらには出せない技術だがな」
「世界が追いつくには、まだ時間が必要だからな」
そこにオグウェノが声をかけてきた。
「親父! 荷物はこれで全部か?」
「まだ、入り口にあるだろ」
「冗談だろ!? これ以上、乗せたら重くて飛ばねぇよ!」
王がオグウェノの方へ歩きながら怒鳴る。
「おまえがやったことを考えたら、これ全部でも足りないぐらいなんだぞ! 根性で飛ばせ!」
「根性論で、無茶言うな!」
突然始まった親子喧嘩を、クリスが目を細めて眺める。その様子にルドが訊ねた。
「どうかされましたか?」
「親とは……どのような存在なのだろうな」
「師匠?」
クリスがハッとする。
「なんでもない。気にするな」
歩き出したクリスの後ろをルドがついていく。
「何か用か?」
「カイ殿に、そばにいるように言われました」
「……好きにしろ」
クリスが城の中に入ると、カリストがやって来た。
「クリス様、少し報告が……」
カリストが耳打ちをする。
「わかった。白湯と薬を準備しておいてくれ」
「はい」
カリストが素早く城内に戻る。クリスも城に向けて歩きだした。
「何かありましたか?」
ルドの質問に、クリスが足を止めることなく答える。
「ベレンの調子が悪いらしい」
「えっ? ベレンの?」
クリスが横目でルドを見ると、少し顔を引きつらせていた。
「なんとなく原因は分かっているが、一応診るぞ」
「……はい」
クリスはまっすぐベレンがいる部屋へと移動した。
「うぅ……頭が痛いですわ……」
クリスが部屋に入ると、ベッドにうつ伏せているベレンがいた。昨日、やけ食いをした時の洋酒ケーキで酔っ払い、そのまま朝まで寝ていたベレンは、起きると同時に体調不良を訴えた。
クリスが手を向けて透視魔法で全身を確認する。
「二日酔いだろうな。酒には弱いのか?」
「そのようなことは、ないのですが……」
「立て続けにいろいろなことが起きたからな。疲れと重なったか。これから、あの船に乗って帝都に帰るが……動けそうか?」
枕に顔を埋めて苦しんでいたベレンの呻き声が止まる。
「……そうですか」
「それとも、ここに残るか?」
「いえ。帰りますわ」
ベレンが顔を上げる。そこでクリスの後ろに立っているルドに気が付いた。
「きゃぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
すざましい叫び声に、クリスとルドが耳を塞ぐ。
「どうされました?」
薬を持参したカリストが、ノックもなしに部屋に入って来る。
「あ、あの、すみません。驚いて……」
自分でもこんなに声が出るとは思っていなかったベレンが、赤くなった顔をシーツで隠す。そこに、イディまで部屋に飛び込んできた。
「どうした!?」
全員が無言でイディに視線を向ける。何も起きていないことを確認したイディは、顔色一つ変えずに平然と頭を下げた。
「失礼」
何事もなかったかのように部屋から出て行ったイディに、ベレンが吹き出す。
「どうしたのかしら……いたたっ……」
頭を押さえるベレンに、カリストが薬と白湯を差し出した。
「痛み止めと二日酔いの薬です。飲まれたら、体が楽になると思います」
「クスリ?」
ベレンが紙の袋に入った茶色の粉を不思議そうに見る。
「薬とは、植物や動物から有効な部分を取り出して作った物で、体の悪いところを整える効果がある」
「治療魔法は使わないのですか?」
「魔法も使うが、薬を飲んだほうが良く効く」
「そうですか」
ベレンが覚悟を決めたように、薬と白湯を飲む。そこにクリスがベレンの腹部に手を当てた。
『蠕動運動の回復。肝機能の回復』
腹部が鈍く輝き、ベレンの表情から苦悶が消える。
「……吐き気と、体の重い感じがなくなりました」
「頭痛も、もう少ししたら楽になる。動けるなら、早く支度をしろ。もうすぐ出発だぞ」
「え? そんなっ」
慌てるベレンを置いてクリスが部屋から出る。廊下で待機していたラミラに声をかけた。
「支度を手伝ってやれ」
「わかりました」
ラミラが部屋に入っていった。