再会
クリスたちは市場巡りに疲れたベレンのために湖の前にあるカフェで休憩をしていた。
ベレンがお茶を飲んで一息つく。
「香辛料と甘さが絶妙なお茶ですわね」
上機嫌のベレンの隣でクリスが同じ飲み物を少し口に含んだ。
「……これはチャイか?」
「正解。よく知ってるな」
オグウェノとイディも同じ席に座って飲んでいる。クリスがカップの中を覗き込みながら言った。
「屋敷でも飲むからな。ただ香辛料が少し違う」
「そりゃあ、店によって使うスパイスの量や配合は変わるからな。好みの味のチャイを売っている店を探すのも楽しみの一つだ」
「まぁ。それなら、ぜひ他のお店のチャイも飲んでみたいですわ」
「じゃあ、次はチャイ巡りに行くか」
オグウェノが意気揚々と話を進めていると、カフェの外が騒がしくなった。人々が通りに出て空を指さしている。
「なにかあったのか?」
外に出て確認しようとしたオグウェノをイディが止める。
「危険。見てくる」
イディは外に出て空を見上げるとすぐに戻って来た。
「大きな鳥。落ちてくる」
大きな鳥という単語にクリスが反応する。走ってカフェの外に出たクリスの目に旋回しながら湖に着水しようとしているセスナが写った。
「なんだ、ありゃ?」
背後に来たオグウェノが目の上に手で影を作って眺める。その横を兵士たちが走りぬけて桟橋に集まっていく。
このままでは着水と同時にセスナが攻撃されるかもしれない。
そう判断したクリスはオグウェノの服を掴んだ。
「来い!」
「え? なんだ?」
走り出したクリスに引っ張られるようにオグウェノも走り出す。
人混みの中をすり抜け、桟橋の前まで来たが兵士に止められた。
「危ないから、ここから先は入るな! 下がれ!」
兵士たちが大声で野次馬を牽制している。
「クソッ!」
どうにか桟橋に行こうとしているクリスの肩をオグウェノが叩いた。
「なんだ?」
「ここはオレに任せな」
オグウェノがいい笑顔で言うと兵士に近づいた。
「危ないから下がれ!」
「ちょい、ちょい」
オグウェノが軽く声をかけて兵士に何かを見せる。それだけで兵士が即座に敬礼をした。
「失礼しました! どうぞ!」
「行くぞ」
クリスがオグウェノに引っ張られて桟橋の上に立つ。
「腐っても第四王子か」
予想外のクリスの言葉にオグウェノの顔が引きつる。
「いや、腐ってないから」
「冗談だ。助かった」
ずっと憮然としていたクリスの顔がほころぶ。オグウェノがクリスの顎に手を添えて視線を合わせた。
「その顔が見れただけで十分だ」
眼前に誰もが男前と評する顔がある。涼しげな深緑の瞳に通った鼻筋。形がよい唇は自信満々な笑顔を作り、甘い顔立ちに男の色気が漂う。
だが、クリスは興味なさそうに手を払いのけた。
「調子にのるな」
そう言うとクリスは再び走り出した。
桟橋の真ん中では、男がカイの扱いに困っていた。
「身分を証明するものがなければ、身元が判明するまで拘束するしかないのだが……おとなしく来てもらえないか?」
「なにも悪いことはしていないのに拘束されるのは心外だ」
「ならば、強制的になるが……」
男の言葉に兵士たちが一斉に構える。そこにクリスが駆けつけた。
「待ってくれ。私の身内だ」
「クリスティ!」
兵士たちをかき分けて前に出てきたクリスをカイが抱きしめる。
「怪我はしていないか? 攫われたって聞いて心配したぞ」
「私は大丈夫だ。心配させて悪かった」
クリスは安心させるようにポンポンとカイの腕を叩くがカイは離れない。
「悪かった。私が全面的に悪かったから、離れてくれ」
そこでようやくカイが腕の力を緩めた。
「ダメだな。年のせいか涙もろくなっちまった」
深緑の瞳が潤んでいることにクリスは目を丸くした。
「メギトの街でおまえが自分でついて行っているっていうのは気付いたんだが、やっぱりこうして確認するまでは安心できなかった」
クリスがカイの胸にポスンと頭を沈める。
「すまなかった」
「本当に無事でよかった」
カイがもう一度クリスを抱きしめる。そこにオグウェノが声をかけた。
「こいつの身内ってことは、豪傑のカイ殿でいいのか?」
「そうだ。一応、そう名乗ったが証明するものがないって信じてもらえなかったがな」
カイの説明に男が顔を青くする。
「いや、あの、疑っていたわけではなく、その、本人の言葉だけでは証明が……」
必死に弁明している男をオグウェノは手で制した。先ほどまでの軽い雰囲気が消え、威厳と威圧を発する王族の姿になっている。
オグウェノは姿勢を正してカイに言った。
「彼は職務を遂行しただけだ。気を悪くしないでほしい。貴殿の身は我が保障しよう」
「ケリーマ王国の第四王子自らが保障してくれるなら心強いな」
二人は睨み合いをした後、同時にニヤリと笑った。
いつもの軽い雰囲気に戻ったオグウェノは男に指示を出した。
「さっき言った追加の客人だ。失礼がないように迎えろ」
「はっ!」
その言葉に男が頭を下げる。そして顔を上げると振り返って大声で指示を出した。
「各部隊は速やかに持ち場に戻れ! 待機部隊は野次馬を解散させろ!」
最初はざわついたが、徐々に兵士たちが動き出して散開していく。
カイは男がこの町の責任者と判断して訊ねた。
「セスナはどこに置いたらいい?」
「あ……そのまま、そこでいいです」
カイがセスナに向かって手招きをする。すぐにカリストが出てきた。
「セスナをそこに固定してくれ」
「はい」
カリストが作業を始めるとセスナからラミラとルドが降りて来た。ラミラがクリスの服を見て歓喜の声を上げる。
「お綺麗です、クリス様! このような服も似合いますね。カルラが見たら喜んでいますよ」
「世辞はいい。それより休みたい。寝てないんだ」
オグウェノがクリスの隣に来る。
「では部屋に案内させよう」
「あぁ」
二人が並んで歩き出す。
「あ、お待ち下さい」
ラミラが慌ててクリスを追いかけながら振り返る。そこには胸に手を当てて首を傾げているルドの姿があった。
クリスに追いついたラミラが耳打ちをする。
「クリス様、犬はあのままでいいのですか?」
その言葉に一瞬でクリスの顔が真っ赤になる。
「……ほおっておけ」
「もしかして、その姿を見られたのが恥ずかしいのですか?」
「……うるさい」
「あら、あら」
ラミラは微笑みながら、顔が真っ赤になっているクリスの後ろをついて歩いた。
クリスたちが城に入ると使用人が現れて部屋まで案内された。
室内は白い壁に青い布がかかったソファーとベッド、と見た目から涼しさを演出している。実際に外の暑さが遮られ、涼しい風が部屋を抜けていく。
案内された部屋に入るとクリスはソファーに座ってオグウェノに言った。
「少し休む。用があったらラミラかカリストに言ってくれ」
「わかった。また後で」
オグウェノがあっさりと部屋から出て行く。ラミラは部屋の造りや逃げ道などの確認をしながらクリスに訊ねた。
「ベッドで眠られたほうがよろしいのではないのですか?」
「……いや、ここの方が何かあってもすぐに起きられる」
「いえ、私がそばにいますので、しっかりお休み下さい。次はいつ休めるか分かりませんから」
「……それもそうだな」
ソファーから立ち上がったクリスがベッドに倒れ込む。すぐに寝息が聞こえ、髪が茶色から金色へと変わった。
「お疲れ様です……ご無事でよかった」
ラミラはクリスの寝顔に微笑んだ。