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すれ違う二人

 翌日。活気に溢れる港街をルドたちは歩いていた。


「ここはケリーマ王国にあるメギトの街だ。海上の交易拠点として栄えていてかなり大きい」


 カイの説明にルドが質問をする。


「どうしてここに師匠がいると思われたのですか?」


「そこ、見てみろ」


 カイに誘導されて全員が海の方に視線を向ける。そこには大小様々な帆船が停泊していた。


 その光景にカリストが納得する。


「たしかに船を隠すには丁度よい場所ですね」


「師匠がこの街にいるなら、カリストが師匠の影に移動したら居場所が分かるのではないのですか?」


 ルドの質問にカリストが黒い瞳を突き刺してきた。


「クリス様が攫われた時にクリス様の影に刺されたナイフに付属していた魔法の影響で影渡りが封じられているのです。そもそも影渡りができるなら、この街に到着した時点で行っています」


 声音は荒れているわけではない。むしろ落ち着いている。それなのにルドの背中に恐怖が駆け抜け、全身の毛が逆立った。


「す、すみません!」


 反射的な速さでルドが謝る。ラミラが苦笑いをしながら話を戻した。


「ですが、これだけ帆船が多いと探し出すほうが大変ではありませんか? 似たような帆船はよくありますし」


「船っていうのは海に安定して浮かぶために、船底に石を詰めて少し沈ませるんだ。だがクリスティを連れ去った帆船は空を飛ぶために、そんな重い物は乗せられない。だから、そのまま海に浮かばせたら波に煽られて転覆する危険がある」


「海に停泊できない、ということですか?」


「そんなことはない。ただ、普通の船とは固定の仕方が少し違うってだけだ。いいか? 他の船より多くのロープで陸と固定している船を探せ。そして、見つけたら全員に知らせろ。一人で勝手に動くなよ、特にカリスト」


 名指しで指名されたカリストが澄ました顔をする。


「私より危ない人がいると思いますが」


 黒い瞳がチラリと横に動く。


「大丈夫です!」


 力説するルドの頭の上にカイが手を乗せる。


「こいつはオレと行動する。それならいいだろ?」


「それなら安心ですね」


「え? ちょっと、どういう意味で……」


「ここはいろんな国から船が来る。かなり広いから散らばって探すぞ。各人、目立たないようにな」


「はい」


 カリストとラミラが頷く。


「いや、ちょっと人の話を……」


「じゃあ、解散」


「え? まっ!?」


 困惑するルドを置いてバラバラと散っていく。キョロキョロとしているルドの頭をカイが叩いた。


「ほれ、行くぞ」


「あ、はい」


 ルドは先を歩くカイを急いで追いかけた。




 魔法騎士団の服を隠すために羽織っているこげ茶色のマントがなびく。

 ルドはカイに追い付くと礼を言った。


「こんな時に言うのもなんですが、この前は突然の手紙での要請に応えていただき、ありがとうございました」


「あぁ、あのことか。気にするな。ガスパルの説得にオレを使うことを思いついた、おまえさんの作戦勝ちだ。それにしても思い切ったな。このままなら将来は安泰なのに」


「今のままでも問題はありませんから」


「そこはおまえさんの人生だからな。そんなに口を出す気はない。だが、クリスティが関わるなら別だ。クリスティが戻ってきたら、おまえさんはどうするんだ?」


 会話をしながらも深緑の瞳は停泊している船を鋭く調べている。


「なにも。今まで通りです」


「自分の魔宝石を渡しているのに?」


「それは師匠を守るために渡したものです」


「世間一般だと生涯を共にする相手に渡す物だぞ?」


「そうでないといけないという決まりはありません」


 淡々としているルドにカイが肩をすくめる。


「そもそもおまえさんにとってクリスティはどういう存在なんだ?」


「師匠は師匠です」


「それ以上でも、それ以下でもない、と?」


「はい」


「なら、クリスティが誰と生涯を共にしようと関係ないな?」


「師匠の隣に立つのに相応しい人なら」


 カイが腕を組んで青空を見る。


「うーん、想像つかないな。どんなヤツなら隣に立つのに相応しいんだ?」


「そうですね……自分を強く持ち、師匠を支えられる女性……ですかね」


 ルドの言葉にカイが驚く。


「そ、それ本気で言っているのか?」


「どこか変でしたか?」


 真面目なルドの顔に察したカイが小声で呟く。


「あー、カルラの報告通りだな。それにしても鈍すぎだろ。ドレス姿も見たって報告があったのに。そんなにクリスティは魅力がないのか?」


 ぶつぶつ呟くカイにルドが不安そうな顔になる。ないはずの犬耳と尻尾がペタンと垂れて、いつまでも指示が出ないマテをしている犬のようだ。


 その姿にカイが頷く。


「あ、こりゃ犬だ」


「犬?」


「あー、いや。こっちの話だ。わかった。おまえさんはクリスティの番犬ってことだな」


「番犬!? あー……でも、そうですね。そんな感じです」


「あっさり認めやがった」


 カイが呆れていると、ルドが腰を屈めて耳打ちしてきた。


「あの船。師匠を連れて行った帆船に似ています」


「船体が他の船より浮かんでいるな。しかも固定している紐の数が多い」


 帆船を観察しているカイの隣でルドが周囲を見回す。


「どうした?」


「自分の魔宝石の力を近くに感じるのですが……」


 そう言ってルドがいきなり走り出した。その先には頭から白い布を被り、赤い民族衣装に身を包んだ人が歩いている。


「待て!」


 カイが止めるがルドは叫んでいた。


「師匠!」


 赤い民族衣装が振り返り、白い布の下から丸くなった深緑の瞳が現れる。


「なぜ、ここに……」


「ご無事で……」


 ルドが手を伸ばしたところで逞しい腕が遮った。


「おっと。これ以上は近づくなよ」


「くっ!」


 足を止めたルドから逃げるようにクリスが逞しい腕の影に隠れる。その動きにルドはショックを受けた。


「師匠!? どうして!?」


 逞しい腕の持ち主を見ると、白い布の下で深緑の瞳が勝ち気に笑っていた。


「第四王子!?」


 驚いているルドと第四王子を隔てるようにたれ目の男が入る。


「あなたが弟子ですか。ちょうど良かった」


 たれ目の男が嬉しそうにルドを指差して宣言した。


「あなたを倒して、僕が弟子になります!」


「は?」


 ルドが状況を理解する前に、たれ目の男が袖に手を入れて杖を取り出す。


『重圧』


「なっ!?」


 まるで全身に重厚な鉛の鎧を着ているかのようにルドの体が重くなった。

 どうにか膝をつかないように踏ん張っているルドの姿に、たれ目の男が喜ぶ。


「これで立っていられるなんてイディ以外では初めてですよ。じゃあ、これはどうですか?」


 たれ目の男が杖をルドに向ける。


『圧縮』


「カッ……」


 重さに加えて全身が締め付けられる。

 呼吸さえも思うようにできない中で、ルドはどうにか声を絞り出した。


『我を縛るものを燃やせ』


 ルドの足元から炎が上がりかけて消える。


「なっ!?」


 驚くルドにカイが叫んだ。


「剣を使え! 抜刀を許可する!」


 ルドがどうにか首を動かしてカイを見る。


「で、ですが……」


「オレを誰だと思っているんだ! オレが許可したんだから、誰にも文句は言わせねぇよ!」


 ルドは重さで震える手を根性で合わせると渾身の力を込めて詠唱した。


『全てを断ち斬る神の力を我が手に!』


 左手の掌から剣の柄が現れる。ルドは右手で握ると引き抜きながら周囲を斬った。


「っはぁ、はぁ……」


 剣で斬った手応えはなかったが、全身に圧し掛かっていたものが消える。ルドは軽くなった体で剣を構えた。


「素晴らしい! 僕の魔法を斬るなんて! どういう魔法なんだい!? 是非、その魔法の研究を……」


 たれ目の男がますます喜んでいると、周囲の人々から悲鳴が上がり突然、空が暗くなった。


「ムワイ!」


 声につられて見上げると帆船が真上を飛んでいた。


「置いていくぞ!」


「行きます!」


 たれ目の男は慌てながらルドに言った。


「次に会った時はその剣を調べさせて下さい。では、失礼します『帰艦』」


 たれ目の男の体が浮かんで帆船へと吸い込まれていった。そのまま帆船が空高く浮上する。


 カイは困ったように頭をかいた。


「これはカリストに怒られるな」


「すみません、自分が突っ走ったせいで……」


「すぐに飛び立てるように準備していたみたいだからな。突っ走っていなくても逃げられていたさ」


 カイは遠くに離れていく帆船を見送った。


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