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ベレンの気持ち

 帝城で様々な料理を食べて育ったことにより舌が肥えているベレンでも、ケリーマ王国の伝統料理には満足していた。


「初めての料理ばかりでしたが美味しかったです」


「そうだろ? 自慢じゃないがケリーマ王国のメシは結構、美味いからな」


 オグウェノが機嫌よく笑いながらイディに目配せをする。イディは無言で立ち上がると使用人とともに下がっていった。


「え? え?」


 困惑するベレンにクリスが声をかける。


「すまないが、先に休んでいてくれ」


「……よろしいのですか?」


「お前は皇帝の姉の娘だ。安全は確保されている」


「そうではありません」


 勝手についてきた自分の身ではなく、クリスの身を案じているのだと無言で訴える。そんなベレンの考えが通じたのかクリスが軽く微笑んだ。


「さっきも言ったが、私は自分の身ぐらいなら守る術は持っている。気にするな」


「……わかりました」


 ベレンはスッと表情を消すとオグウェノを見下ろすように立ち上がった。


「クリスを我が国の代表として扱いなさい。もし無礼なことを致しましたら承知しませんから」


 女帝のような風格と威厳のある声。

 オグウェノが笑顔を消してしっかりと頷く。


「国賓として丁重に扱うことを約束しよう」


「その言葉、お忘れなきよう」


 ベレンは深々と頭を下げると部屋から出て行った。




 部屋に戻ってからもベレンは落ち着かなかった。クッションに座ったり、部屋の中をウロウロしたり、ベッドに倒れこんだりと動き回っていた。


「大丈夫でしょうか……い、いえ。心配などしておりませんわ。ただ、ちょっと気になるだけです」


 誰もいないのに一人で言い訳を呟く。


「……惨めですわ」


 ベッドに倒れ込んだベレンは枕に顔を埋めた。疲れていたためか、そのままウトウトと睡魔に襲われた。


 どれぐらい経ったのか、ドアが開く音でベレンは目が覚めた。慌てて体を起こしてクリスを出迎える。


「悪い、起こしたか」


 クリスが静かにドアを閉める。特に変わった様子がないことにベレンはホッとしたが、慌てて身なりを整えた。


「い、いえ。寝ていたわけではありませんわ」


「そうか。これからのことだが、お前は明日の朝一で国に帰れ。帝都までオグウェノの従者が責任をもって送り届ける」


「あなたも一緒にですか?」


「私はオグウェノとともに次の町へ行く」


「え!? それなら私も……」


 クリスが静かに首を横に振る。


「お前は巻き込まれただけだ。これ以上、付き合う必要はない」


 ベレンは深緑の瞳からキッパリとした拒絶とその奥にある決意を感じた。


「もう……国には帰らないつもりですか?」


「一度は国に帰るぞ。治療をしないといけない者がいるからな」


「では、その後は?」


 無言のクリスにベレンが質問を変える。


「ルドのことは、どうしますの?」


 クリスは不思議そうに首を傾げた。


「なぜ、ここで犬の名が出てくるのだ?」


「なぜって、ルドのことを好いているのでしょう?」


 一瞬でクリスの顔が真っ赤になる。


「そっ! そのようなことはない! あいつは関係ない!」


 慌てたように叫ぶクリスにつられてベレンの声も大きくなる。


「どうして、そのような嘘をつくのですか!?」


「嘘などついておらん!」


「ではルドのことは、どのように思っているのですか!?」


「い、犬のことは……」


 言いよどむクリスにベレンが詰め寄る。


「魔宝石まで渡されておいて、将来を考えていないなんて言いませんわよね?」


 ルドが幼い頃より耳に付けていたピアスの片割れであり、普通は将来を誓い合った者に贈るものであった。だが、ルドはクリスの身を守るために、と渡した。


 そして渡された当の本人であるクリスは……


「これは犬が添い遂げる相手を見つけるまで預かっているだけだ。あいつには可愛らしく女性らしい……そう、お前のような女が似合う」


 その言葉にベレンの中で何かが切れた。


 ルドが身に付けている魔宝石のピアスが欲しくて、ずっと強請ってきた。それでも、そのピアスだけは貰えないどころか、触らせてさえもらえなかった。それなのに、クリスはあっさりと渡されたという。


 ベレンが両手を握って叫んだ。


「ずるいですわ! 私があんなに欲しがったものを、あなたはあっさりと手に入れて! 私はあなたのそういうところが嫌いなんです! ようやく邪魔な女性たちがルドに近づかないようにしたのに、あなたはずっと側にいるし! あなたとルドを引き離すために、最悪あなたを消そうとしたのに、私を助けるし!」


 ここまで一気に言うと、萎れた植物のようにベレンは消沈した。


「あのあと……幽閉されてから、最初は起きたことが信じられませんでしたわ。全てが夢だと思いたかったですし、思い込んでいたこともありました。それでも時間が経てば経つほど事実であることが重く圧し掛かってきまして……この圧を少しでも軽くしたいと……そう、私は逃げたかったのです」


 ベレンの独白をクリスは黙って聞いている。


「前を向かなくては、前に進まなくては、と思うのですが、体は動かなくて……しかも、時間が経てば経つほど自分の居場所がなくなって……あなたに謝れば進めるようになると思ったのですが、謝罪も断られましたしね。私は前に進むどころか、動くことも出来なくなりました」


「勘違いするな。許されたから動けるようになるんじゃない。許されなくても動くことは出来る。動く、動かないは自分で決めることだ。人任せに、人のせいにすることではない」


 ベレンが顔を上げてクリスを睨む。


「綺麗ごとならいくらでも言えますわ! でも実際に動けないんです! 人のせいにでもしないと、やっていけませんわ!」


「なら逃げろ。逃げて、逃げて、とことん逃げて、そこから考えろ」


「……逃げてもよろしいのですか?」


「その方向にしか動けないのであれば、仕方あるまい」


 ベレンががっしりとクリスの手を握る。


「では私は逃げるために、あなたについて行きます」


 そこでクリスはしまった、という顔をした。ベレンが不気味に笑う。


「逃げろと言ったのは、あなたですからね。一緒に逃げさせてもらいますわ」


「私は逃げていないぞ」


「ルドから逃げているではないですか」


「……私が? 犬から?」


 ベレンがクリスの胸を指さす。


「もう少し、ご自分の気持ちに素直になられてもいいと思いますよ」


「そのように言われる心当たりがないのだが」


「なかなか頑固なようですね」


 ベレンが肩をすくめる。


「では、もう一度お聞きしますわ。ルドのことは、どのように思っておりますの? ルドのことを思い出してみて下さい」


「どのように、と言われても……」


 憮然としていた顔が徐々に赤くなっていく。


「だぁぁぁぁぁ!」


 クリスが大声を上げながらクッションを叩いた。その様子にベレンがニッコリと微笑む。


「少しはわかりました?」


「うるさい!」


 クリスがベッドに潜り込む。


 その姿にベレンが複雑な表情になった。


 本当に羨ましいですわ。不謹慎ですが……あなたがルドに刺された時、とても美しく見えました。今まで読んだどんな恋愛物語よりも、今まで見てきたどんな恋愛劇よりも。

 刺された自分の身よりも相手のことを想う。その姿に私は敵わないと素直に思いました。だから、ちゃんと自分の気持ちと向き合っていただきたい。


 悔しいから絶対に言いませんけどね。


 ベレンがベッドに入る。


「おやすみなさい」


 ベレンの落ち着いた声が響いた。

クリスがルドに刺された経緯は

「ツンデレ治療師は軽やかに弟子に担がれる」の

「セストによる余計な展開」に書いてあります( *・ω・)ノ

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