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弟子希望者

 色鮮やかな絨毯が敷かれた上に多数の料理が並ぶ。その前にオグウェノ、その両隣にムワイとイディが座っていた。部屋の壁際には使用人が控えている。


 その光景にベレンは水色の瞳を丸くした。


「料理を床に!?」


 予想通りの反応だったのかオグウェノが口角を上げる。


「普段はテーブルに料理をのせて椅子に座って食べるが、せっかく客人を迎えるからな。ケリーマ王国の伝統料理と食べ方にしてみた」


「そうでしたの。それは失礼いたしましたわ」


 言葉通り客人として歓待されていることにベレンが膝を折って無礼を詫びる。


「服のサイズは良かったようだな」


「えぇ。それに涼しくて動きやすいですわ」


 ベレンとクリスが着ている服はオグウェノが用意したケリーマ王国の民族衣装だった。

 肩を大きく出して、胸から腰までは体のラインに沿った形をしている。腰から下はスカートのように裾が広がり、その下にはゆったりとした白いズボンを履いている。肩先から指先まで上半身と同じ布が使われ、裾は広がっていた。


 ちなみにベレンは澄んだ青空のような青に銀糸で幾何学模様の刺繍がされた服を、クリスは赤いバラのような深紅に金糸で唐草模様の刺繍がされた服を着ている。


「気に入ってもらえて良かった」


 にこやかに笑い合う二人から数歩離れたところに超が付くほど不機嫌な顔になっているクリスがいた。


 クリスも服についてはベレンと同意見だった。見た目より風通しが良く、体を締め付けないデザインなので動きやすいし涼しい。そこまではいい。

 だが、なぜ女物の、しかも目立つ赤を着ないといけないのか。


 クリスがオグウェノを睨む。


「どうした? 似合っているぞ」


「なぜ男物の服ではないのだ?」


 オグウェノが不思議そうに首を傾げた。被っている白い布も揺れる。


「だって女だろ?」


「女でも男物の服を着てもいいだろ!」


「それなら女物の服を着てもいいだろ。そもそも体が細すぎる」


「細くても男物を着ることはできる」


「確かに着るだけならな。だが、この国の男たちの体格は他の国より立派な奴らが多くてな。服もそんな体格に合わせて作られている。そんな服を着たら、肩幅や胴回りが合わなくて不格好になって、逆に女だとアピールするようなものだぞ」


 ケリーマ王国は屈強な戦士が多いことで有名だ。普段はゆったりとした白い布で体格を隠しているが、ひとたび戦となれば筋肉隆々な体を惜しげもなくさらけだした鎧をまとって勇ましく戦う。

 そんな男たちが着る服をクリスが着こなせるはずもない。


「うっ……」


 クリスが言葉に詰まる。そこにベレンがクリスの服を引っ張った。


「それより食事になさいませんか? 美味しそうですわよ」


「……意外と図太い神経をしているな」


「そうでもありませんわよ?」


 そう言いながらベレンが床に座る。クリスも諦めたように床に座った。膝をそろえて足を流しているベレンに対してクリスは胡坐をかいている。


 そんな二人をムワイが見比べた。


「確かにこうして見ると女性のようですが、その座り方は……」


 クリスがムワイを睨む。


「一言多いと言われないか?」


「言われます……」


 ムワイがクリスの眼力に負けて俯く。その様子にオグウェノが笑った。


「細かいことは気にせず食べてくれ。部屋はどうだ? 休めそうか? 急な移動で疲れただろうから、しっかり休んでくれ」


 イディが無言で食事に手を伸ばす。ベレンは後ろに控えていた使用人に声をかけて気になった料理を小皿に取り分けてもらっている。


 クリスは食事に手をつけずにオグウェノに言った。


「随分と優遇しているようだが、私を連れ去った目的はなんだ?」


「話してみたいと思ったんだ」


「話す? 私と?」


「そう」


「それだけのために国同士の大戦が起きるかもしれない愚行をしたのか?」


「それだけの価値があるだろ。空中庭園を落とした月姫(つきひめ)なら」


 ベレンが食事をしていた手を止める。


「月姫?」


 ベレンがオグウェノとクリスを交互に見るが二人とも動かない。沈黙が続いた後、オグウェノが前にある平らなパンを手に取った。


「あと神の加護がなくても使えるという治療魔法にも興味があった。聞いたところ、体の成長を魔法で促すことで治していると推測したが、どうだ?」


 クリスは答えない。オグウェノはかまう様子なくパンを食べながら話を続けた。


「その魔法。使い方によっては強力な攻撃魔法になるな?」


「治療魔法が攻撃魔法に?」


 ムワイが興味津々な顔でクリスを覗き込む。だがクリスは睨むだけで何も言わない。


「魔法での攻撃といえば、火や風を使って体の外側から傷つけるものだ。だが、おまえの治療魔法を使えば体を内部から傷つけることも出来るのではないか?」


「そんなことが!? もし、それが出来るなら攻撃魔法に革命が起こりますよ!?」


「その魔法、危険」


 ムワイとイディが驚いている反対側でベレンが首を傾げる。


「私は魔法に疎いのですが、どうして革命が起こりますの?」


 ムワイが興奮気味に説明をする。


「だって、今までは魔法で攻撃されても避けるか、イディのように叩き斬って防ぐことが出来ました」


「待て、待て。普通は魔法を叩き斬って防ぐことはできないからな。イディがバカ力だからこそ出来ることだぞ」


 オグウェノの補足説明をムワイがあっさりと切り捨てる。


「そんなこと分かってますよ。それよりも、魔法で体の内部から傷つけられたら避けようがありません。しかも、もし遠距離からその魔法をかけることが可能なら、どんな軍隊でも一人の魔法師によって気付かない間に全滅させることも出来ます」


 ムワイが茶色の目を輝かせながら上半身を乗り出した。


「ぜひ! ぜひ僕にその魔法を教えて下さい! そこから改良し……」


 クリスが黙って右手をムワイに向ける。それだけでムワイは素早く下がったが一歩遅かった。


「うわぁぁあっぁぁあ」


 ムワイの鼻から下が茶色の髭で溢れる。髭は止まることを知らず永遠と伸び続ける。その光景にイディを始め、使用人たちが身を引く。


 オグウェノが苦笑を浮かべながらクリスに言った。


「悪い、悪い。ムワイは魔法のことになると周りが見えなくなるんだ。特に人の感情なんかはな。だからオレの側に置いているっていうのもあるが」


「監督不行き届きだ」


 クリスが右手を下げる。そこでようやくムワイの髭が止まった。


「次はないぞ」


 クリスの声が聞こえていないムワイは震える手で伸びた自分の髭を持ち上げていた。


「なっ……なっ……」


 声が出ないムワイからクリスが視線を逸らす。


「これに懲りたら……」


「なんて素晴らしいんだ!」


 歓喜の叫び声にクリスが慌てて視線を戻す。


「は!?」


「魔法の詠唱もなく! 体に触れることなく! しかも、こんなに自由に体の一部を操作できるなんて!」


 ムワイが伸びた髭を肩にかけてクリスに詰め寄る。


「ぜひ僕に魔法を教え……いや! 弟子にして下さい!」


 そのまま頭を下げるムワイから逃げるようにクリスがずるずると後ろに下がる。


「いや、もう弟子は一人で十分……」


「じゃあ、今いる弟子がいなくなればいいんですね!」


「なぜそうなる!?」


 クリスを押し倒しそうなムワイにオグウェノが声をかける。


「とりあえず先に髭を剃ってこい」


「ですが……」


「オレなら、そんな髭まみれのヤツを弟子にはしたくないな」


「剃ってきます!」


 ムワイが立ち上がり走って部屋から出ていった。クリスの肩から力が抜ける。


「あんなヤツだが魔法の腕は超一流だ」


「厄介でしかないな。私は弟子にする気はないから、そっちでどうにかしろよ」


「そこは個人の自由だろ」


 クリスが視線だけで不満を訴える。オグウェノがニヤリと笑いながら言った。


「なら、飯を食ってくれ。あと、もう少し話したいことがあるから、それにのってくれるなら、ムワイをどうにかするぞ」


「……わかった」


 クリスが渋々了承する。そこでオグウェノがイディに耳打ちをした。イディは頷くと部屋から出て行った。


「ほら、食え。これはラクダの肉を使った珍味だぞ。あと、このハトのライス詰めも美味いぞ」


 クリスとベレンは勧められたまま料理を食べていく。しばらくしてイディは戻って来たがムワイが戻ってくることはなかった。


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