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クリスとルドの災難

 白い壁にランプの明かりが幻想的に輝く。二人で使うには十分な広さの部屋にクリスとベレンはいた。

 床に置かれた大きなクッションにベレンがゆっくりと腰を下ろす。クッションが体を包み込むように形を変えた。


「まだ体がフワフワしているような感じがいたしますわ」


 帆船から降りたクリスたちはオグウェノに連れられて白い建物の最上階に移動していた。


 部屋を観察しながらクリスが窓に近づく。逃走防止のためか、転落防止のためか窓には頑丈な鉄の柵があり、その先の外は真っ暗で何も見えない。ドアの外には見張りの気配もある。


「簡単には逃げられそうにないか」


 クリスはベレンの隣にあるクッションに座った。


「浮遊感は少しすれば治る。それより、何故ついてきた? 危険なのはわかっていただろ?」


 ベレンがクッションの中で体を小さくする。


「あの……気が付いたら体が動いていましたの」


「城から逃げ出したかったのか?」


「そ、それは、その……」


 クリスが大きくため息を吐く。


「無事に帰れる保証はないんだぞ」


「で、ですが、私は皇帝の姉の娘ですから! 私と一緒にいれば、あなたもそんなに酷い扱いはされませんわ!」


 クリスが呆れたように首を横に振る。


「勘違いするな。私は自分一人なら隙を見て逃げることが出来る。だから大人しく攫われたんだ。だがお前がいたら、それが出来ない」


 遠回しに足手まといと言われたことを悟ったベレンは俯いた。


「す、すみません」


 ベレンが素直に謝ったことにクリスが拍子抜けしながら顔を逸らす。


「まあ過ぎたことを言っても仕方ない。それより今できることをしよう」


「できることですか?」


「あぁ。少し情報をまとめよう。帝城からこんなにあっさりと連れ去られたんだぞ。内部に密通者かケリーマ王国の密偵がいるはずだ」


「そんな!? 他国との密通は重罪です! ありえませんわ!」


「密偵の可能性もある。そもそも、なぜお前は私とお茶をしようと思ったのだ?」


「あなたが帝都に来られると聞いて……以前の無礼を詫びようと……」


「私が帝都に来るというのは誰から聞いた?」


 ベレンのしなやかな白い指が顎にそえられる。そのまま悩むように思い出す姿は実年齢より幼く可愛らしく見えた。


「……侍女ですわ。今朝、着替えをしていましたら、侍女の一人が城にあなたが来ると言いましたの」


「侍女が? 私が城に行くことは極秘だったはずだ。侍女が知っているようなことではない。その侍女は昔からいる侍女か?」


「……たぶん」


「たぶん? いつから仕えている侍女か覚えていないのか?」


 ベレンが拗ねたように頬を膨らます。


「だって侍女なんてすぐに代わってしまいますもの。いちいち覚えていられませんわ」


「動きが悪いとか、言葉使いが悪いとか、些細なことでお前が交代させてるんだろ」


「そのようなことは……ありませ……ん……わ」


 言いながらベレンが視線を逸らしていく。


「目を見て言え」


 ベレンが視線を逸らしたまま黙る。


「まったく。誰かがその侍女に私が城に来ることをお前に言えと吹き込んだか、もしくは侍女が密偵か……で、私が来ることを聞いてお茶会をしようと思ったのか」


「えぇ。前々からあなたに謝る機会を探っていましたから……この機会を逃したらいけないと思いましたの」


「それで中庭でお茶会か……」


 ベレンが頷く。


「どうやって謝ったらいいか悩んでいましたら、お茶会に誘えば謝りやすいだろうって……」


「それも侍女が言ったのか?」


「いいえ。それは私が幽閉されていた時に会いに来て下さった……」


「それは誰だ?」


 察したベレンは慌てて否定した。


「あり得ませんわ。あの方がそんな……」


「あり得るとか、あり得ないとかはいい。お茶会をしろと助言したのは誰なんだ?」


「それは……」


 ベレンが小声でクリスに耳打ちをする。名前を聞いたクリスの眉間にシワがよった。


「そいつとは会ったことがないな」


「このようなことをされる方ではございません」


「そいつから、こんなことをされる心当たりもないな」


「ですから、違うと思います」


「だが、そいつなら私が今日、城に行くことを知ることが出来るし、侍女に私が城に来ることをお前に伝えるように指示することもできる。そして、中庭でお茶の準備をしているのも知ることができるし、そのことを城内にいるオグウェノに伝えることもできる」


「ありえませんわ! あってはならないことです!」


「……要注意人物として覚えておこう」


 そう言いながらもクリスが腑に落ちない顔で唸る。そこにノックの音が響き、ドアが開いた。


「失礼いたします。オグウェノ王子がこちらの衣装に着替えて夕食会に出るようにと申されております」


「ここは帝都より暑いからな。この国の服に着替えるのも良いか」


 そう言っていたクリスだが、使用人から受け取った衣装を見て固まった。一方のベレンは嬉しそうに微笑む。


「あら、綺麗な布で涼しそうですわ。どのように着ますの?」


「お手伝いいたします」


「私はこのままでいい」


 拒否するクリスの肩に白い手がかかる。


「一緒に着替えましょう」


 クリスがゆっくり振り返るとベレンが満面の笑みを浮かべていた。


「やめろ! もう女装はしたくないんだぁぁぁぁ!」


 クリスの悲痛な叫び声が響いた。


※※※※


 真っ直ぐ立つと天井に頭が擦れるぐらいの高さの狭い室内にルドはいた。真ん中に通路があり両側に椅子が一列ずつ並んでいる。


「ガスパルの孫。おまえさんはそこに座れ」


 そう言いながら前の席に座ろうとしたカイをカリストが止める。


「操縦は私がします。私の方が夜目は効きますから」


「そうだな。じゃあ任せる」


 カイがルドの方に体に歩いてきた。


「これは何ていう乗り物ですか?」


 ルドが指示された席に座る。通路を挟んだ隣にカイが座った。


「ヒコウキっていう乗り物だ。これはセスナとも呼ぶ」


「これも大きな魔宝石で動いているのですか?」


「大きな魔宝石?」


 カイが眉間にシワを寄せる。


「クルマは大きな魔宝石で動いていると師匠が……」


「あぁ、そういうことか……うん。まあ、そういうことだな」


 歯切れが悪い回答にルドが純粋に訊ねる。


「違うのですか?」


「厳密に言うとな。ま、細かいことは気にするな」


「そう言われると気になるのですが……」


 一番前の席に座ったカリストが全員に声をかける。


「出発しますよ」


「おう、いいぞ。あ、ガスパルの孫。その腰にあるベルトを装着しろ」


「これですか?」


「そうそう。それをこうするんだ」


 カイが見本を見せる。ルドも同じように椅子にあったベルトを腰に装着した。ゆっくりとセスナが動き出したと思ったら、すぐに速度が上がり、体が椅子に押し付けられる。


「これ! な、なんですか!? どうなるんですか!?」


 クルマの比にはならない重さが体全体にかかる。窓から見えていた水面が離れていく。


「ちょっ!.ちょっと待っ!? 体が! 体がふわって! 体がふわってぇ!?」


 叫び続けるルドの隣でカイが耳を塞ぐ。


「初めてとはいえ五月蠅すぎるぞ。魔法騎士団ならもう少し静かにしろ」


「魔法騎士団は関係ないです! それより体が! ふわって!」


 ルドが座席のひじ掛けにしがみつく。


「お前なぁ……その情けない姿は魔法騎士団の服が泣くぞ」


 子どもたちどころか騎士たちからも憧れの的である魔法騎士団が椅子の手すりにしがみついて喚いている姿は格好悪い以外の何者でもない。


 カイが呆れた顔でルドを見る。


「お前なぁ。それでクリスティを助けられるのか?」


「絶対に助けます!」


「……そうか」


 含みがあるカイの言葉にルドが顔を青くしたまま訊ねる。


「な、なにか?」


「クリスティは城の中庭で連れ去られたんだよな?」


「はい」


 浮遊感がなくなりルドは体を起こした。手はしっかりとひじ掛けを掴んでいる。


「さっきも言ったが、巨大な帆船を飛ばすには、かなりの魔力が必要なはずだ。無駄には飛ばせない」


「はい」


「なぜクリスが中庭にいることが分かったんだ? いや、そもそも帝城にいることは極秘だったはずだ」


「師匠はベレンに呼ばれて中庭に行きました」


「そしてベレンとともに攫われた」


 ルドがハッとした顔になる。


「まさか、ベレンが!?」


「そう決めつけるのは早いが……可能性はある」


 ベレンにはクリスを誘拐した前科がある。


「ですが、なんのために……」


 前回はルドと引き離すためという目的があったが、今回は理由が見当たらない。


「そうなんだよなぁ。そもそも、先帝の治療の依頼っていうのも怪しくなるよな」


「確かに……」


 始めに襲われた時は治療の阻止が目的かと思っていたが、クリス自身が攫われたとなると、もしかしたら始めから相手の目的を読み間違えていたのか……


 ルドは考え込んだ。ひじ掛けをしっかりと掴んだまま。


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