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飛空艇

 巨大な帆船に吸い込まれた先に着いたのは必要最低限の物しかない部屋だった。そこそこ広い部屋なのだがテーブルと窓しかない。棚や装飾品どころか椅子さえもなかった。


 簡素な部屋だがテーブルには流線形の飾り彫りが施され、窓枠も同じ飾り彫りがされている。ドアにも同じ飾り彫りがされており、芸術品と言ってもいいぐらい手が込んでいるのに、物がなさすぎる。


 ベレンが奇妙な部屋を観察していると、突然何かを叩いた軽い音が響いた。驚いて振り返ると、クリスがオグウェノの頬に平手打ちをしていた。


 目つきが悪い男が大剣の柄に手をかけながらクリスに怒鳴る。


「無礼者!」


 大剣を抜きかけている目つきが悪い男をオグウェノが止める。


「いい。こいつには権利がある。あの一族の者ならな?」


 ここで試されたことに気が付いたクリスは顔を歪ませた。そこにベレンが慌ててクリスに駆け寄り、小声で囁いた。


「ちょっ、なにをしていますの? ここでは私たちは人質ですのよ。行動一つで簡単に殺されますわ。あっさり殺されるなら、まだよいですが、場合によりましては……」


 ベレンが恐る恐るオグウェノに視線を向ける。すると神妙な面持ちのまま、金髪の頭をかきながら言いにくそうにクリスに言った。


「あー、その、済まなかったな。呪いだの、なんだのって、この外見を利用して」


 クリスが訝しむようにオグウェノを睨む。


「どういうつもりだ? そもそも、なぜ〝神に棄てられた一族〟と偽った?」


「なんで偽りだと思った?」


 オグウェノが、これは本当の姿だが? と言わんばかりの顔と態度をする。


 クリスは周囲にいる人たちに視線を巡らした。誰がどこまで知っているのか分からない以上、下手なことは言えない。


 クリスが黙っているとたれ目の男がオグウェノに白い布を差し出した。


「お、ありがとよ」


 オグウェノが白い布を頭に被りながらクリスたちに言った。


「とりあえず、あんたたちは客人として迎える。こっちに来な」


 部屋を出ると一本の狭い廊下があり、左右にドアが並んでいる。その先には急な角度の階段があった。

 オグウェノが階段の近くにあるドアを開ける。


「ここ以外の部屋には入らないように。甲板には出てもいいが落ちるなよ。助けることは出来ないからな」


「わかった」


 案内された部屋に調度品などは何もなかった。その代わり柱と柱からぶら下がった布が並んでいる。


「この部屋も椅子がありませんの?」


 ベレンが不思議そうに布を見る。クリスが近くにあった布を広げて座った。


「これが椅子代わりだろ? 重い物はなるべく乗せないようにして、船を浮かばせる負担を軽減しているのだろう」


「それで最初の部屋に椅子がありませんでしたのね」


「あとテーブルは床に固定してあった。揺れでテーブルが動いたら危ないからな」


「その通りだ。ちなみに、それはベッドにもなるぞ」


 オグウェノが布を広げて寝そべる。その様子にベレンは水色の瞳を丸くしていた。


「……ケリーマ王国の寝具は独特ですのね」


「いや、いや。これは船の中でだけだ。地上ではベッドで寝るぞ」


「そうですの……」


 どこか疑ったようなベレンの視線にオグウェノが咳払いをする。


「甲板に行くぞ」


 オグウェノとたれ目の男が階段を上り、その後ろをクリスとベレンが追いかける。そして最後にキツイ目の男が上った。


「風が強いから飛ばされないようにな」


 階段を上り切ったところで強い太陽の光が目に刺さってきた。クリスが手で影を作りながら甲板に立つ。


「きゃっ!」


 叫び声に驚いてクリスが振り返ると、ベレンが強風でめくり上がるスカートを必死に押さえていた。その後ろにいるキツイ目の男の顔が真っ赤になっている。


 ベレンが下唇を噛みながら振り返って睨んだ。


「見ましたわね?」


 キツイ目の男が激しく首を左右に振る。だが顔は赤い。


「嘘ですわ! 絶対に見ていますわ!」


 ベレンが問い詰めるがキツイ目の男は頑なに首を横に振り続ける。その光景にオグウェノが呆れたように言った。


「おまえら、いい年なんだから。下着の一枚や二枚、見たとか見てないとか騒ぐことじゃないだろ」


「いい年ってどういうことですの!?」


 ベレンがツカツカと歩いてオグウェノに詰め寄る。


「いや、もうそういう年齢だろ」


「そういう年齢って、どういう意味ですの!? どうせ、私はこの年でも嫁ぎ先がない行き遅れで……」


 大きな水色の瞳に涙が浮かぶ。


「こんな年まで城にいて……」


 ベレンが言いながら俯く。


「厄介者でしかありませんわ……」


 キラキラと雫が零れ落ちていく。オグウェノが困ったように焦った。


「いや、そこまで言ってないから。だから泣くな」


「泣いてなどおりません!」


 勢いよく顔を上げたベレンにオグウェノがハンカチを押し付ける。反射的にハンカチを受け取ったベレンがオグウェノを見ると顔を背けていた。


「泣いてても、泣いてなくてもいいから。まずは顔を拭け」


「……はい」


 ベレンの涙が止まる。そこに口笛の音と賑やかな声が響いた。


「やるねぇ! 王子!」


「こんな可愛い子を泣かしたら、ダメじゃないっすか!」


「よっ! 色男!」


 半袖にズボンと動きやすい格好をした筋肉隆々で褐色の肌の男たちが騒ぐ。オグウェノが男たちに叫んだ。


「いいから持ち場に戻れ! あ、いや、待て! この二人は客人だ。失礼がないようにしろよ!」


 男たちが散り散りになりながら返事をする。


「わかりやっした!」


「へーい!」


「王子のように泣かさないっすよ!」


「王子は女泣かせっすからね!」


 オグウェノが眉間にシワをよせて怒鳴る。


「誰が女泣かせだ! 適当なことを言うな!」


 男たちの笑い声が響く。クリスは呆れたように言った。


「大国の王子とは思えない扱われ方だな」


 たれ目の男が諦めたように同意する。


「そうなのです。もう少し品性と威厳をお持ちいただきたいのですが……」


「苦労しているな」


「察して頂き、ありがとうございます」


 そこで、たれ目の男が思い出したように言った。


「私はムワイ・ニエレレと申します。ムワイとお呼び下さい。彼はイディ・カンバラケ。イディと呼んで下さい」


「ムワイとイディか。できれば、すぐに帰りたいんだが」


 クリスが離れていく帝都に視線を向ける。


「申し訳ございませんが、それは王子のお心次第です」


「そのようだな。どこに向かっているんだ?」


 クリスの問いにオグウェノがニヤリと笑う。


「着いてからのお楽しみだ」


「それは海を渡った先にあるケリーマ王国のどこかか? あそこは砂漠の影響で昼は暑く夜は寒いから、この服だと過ごしにくいのだが……」


「ケリーマ王国に来たことがあるのか?」


 少し驚いた様子のオグウェノにクリスが頷く。


「昔、先代の領主に連れられて行ったことがある」


「へぇ。領地から出ないと思っていたが……意外だな」


 クリスが甲板の端へと歩く。腰の高さまで柵があるが地面は遥か下で、一部は雲に隠れている。足がすくみそうになる高さだが、クリスは平然と周囲を見回した。


「領地を治めるには世界の広さを知っておく必要がある、と言って私を連れ回っていたが……実際は先代が旅をしたかっただけなのだろう」


「世界を知ることは良いことだと思うぞ」


 オグウェノがクリスの隣に来る。


「そうか?」


「様々なことに出会うことは自分を豊かにする。自分がいかに小さな世界に囚われていたのか知ることが出来る」


「だが、旅は良いことばかりでもあるまい?」


「あぁ。悪いこともあるが、それは学習になる。自分に足りなかったことを知るのだからな」


「……前向きだな」


「後ろばかり見ていては前には進めん。生きるには前に進むしかないからな」


「そうか……そうだな」


 クリスの脳裏にいつも前向きな赤髪が浮かぶ。


「また心配をかけてしまったな」


 帝都が雲の影に消えていった。

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