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皇帝

 城内に入った馬車は森のような庭を抜け、まるで人目から隠しているかのような、こじんまりとした入り口の前で停まった。


 草花が彫刻された大理石の柱の間には、磨きあげられた無垢の一枚板で造られたドアがある。

 飾り気はないが重厚感が漂う入り口の前には見張りの兵士が立っており、その真ん中に執事服を来た青年がいた。


 馬車から降りた二人を若い執事が頭を下げて出迎える。


「遠路よりお越しいただき、ありがとうございます。皇帝がお待ちです」


 若い執事は外見の年齢より落ち着いた声と物腰でありながら、動きや気配に隙がなかった。いざとなれば即戦力となるだけの実力があるのだろう。


 ルドがそう判断して警戒する一方で、クリスは視線だけ動かして周囲を見回していた。皇帝が住む城にしては入り口が小さく質素だと思ったのだろう。


 そのことを察したルドが小声で説明する。


「人目につくわけにはいきませんので、来賓客用の裏口から城に入ります」


 誰もが正面から入れるわけではない。お忍びでの訪問や外交もある。そういう時に使用される出入口なのだ。


「そうか」


 納得したクリスは若い執事に案内されるまま城の中へと入った。


 裏口とはいえ諸外国からの来賓を迎えることもあるため、廊下は豪華な造りになっていた。

 アーチ型の高い天井からは等間隔で灯りのシャンデリアが下がり、汚れ一つない乳白色の壁は金で装飾がされている。

 足元には二色のひし形の大理石が敷き詰められ、その上に鮮やかな青の絨毯が敷かれていた。窓はなく、外からは建物内の様子が分からないようになっている。


 チラチラと周囲を観察しているクリスにルドが訊ねた。


「もしかして帝城に来るのは初めてですか?」


「そうだ」


「領主を引き継いだ時に皇帝に挨拶に来られなかったのですか?」


 通常なら領主に就任するには皇帝から任命される必要がある。そのため帝城に出向いて皇帝と対面しなければならない。


 だがクリスはそれをしなかったという。


「その頃は治療院研究所での治療や勉強に忙しくてな。帝城まで出向くのが面倒だと言ったら、勝手に任命だけされ全ての手続きが終わっていた」


 聞いたことがない事例にルドが言葉に詰まる。


「……何があったのでしょう」


「さあな。あまり私に関わりたくなかったんだろう」


「そのようなことはないと思いますか……」


 二人が話していると前を歩いていた若い執事の足が止まった。


「こちらでお待ち下さい」


 通された部屋は迎賓室だった。豪華な装飾品が並ぶ部屋の中央に滑らかな曲線を描いたソファーとテーブルがある。


 クリスは迷わずソファーに座ったが、ルドはその隣に立った。


「座らないのか?」


「このままで大丈夫です」


 魔法騎士団の服を着て立っている姿は護衛の騎士そのものだ。クリスはどこかつまらなそうな顔をしながら室内を見回した。


 廊下と同じ乳白色の壁に絵画や陶器などの装飾品が並んでいる。さり気なく飾ってあるが、一見では分からないほどの細かな細工や宝石があしらわれた一級品ばかりが揃っている。


 これ一つで家一軒分ぐらいはするな。


 クリスが値踏みをしているとノックの音が響いた。ルドが反射的に姿勢を正す。


 若い執事がドアを開けて廊下にいる人物を確認すると、頭を下げて部屋の中へ招き入れた。


 白に近い金髪に紺色の瞳をした四十代後半ぐらいの男性がゆったりと歩いて室内に入ってきた。体は適度に鍛えているようで、年齢からすると引き締まっている。

 その後ろから紺色の騎士服を着た数人の男が付いてきた。室内に入ると、すぐにドアの前と部屋のすみと男性の後ろに控えた。


 敬礼をしたルドに対してクリスはソファーに座ったまま動かない。その様子に男性の後ろに控えている騎士が睨む。


「フルジェンツィオ皇帝の御前であるぞ」


「よい。無理に呼んだのはこちらだ」


 皇帝が騎士を黙らせるとクリスに手を差し出した。


「早い到着に感謝する。シェットランド領、領主、クリスティアヌス・フェリシアーノ殿」


 クリスは立ち上がると無言のまま皇帝の手を軽く握った。


「そなたの英傑伝は私の耳にも入ってきている。一度お会いしたいと思っていた」


 地方領主への挨拶とは思えない、まるで一国の王か国賓を相手にしているような皇帝の対応に騎士たちの顔が曇る。


 疑心の目が向けられている中、クリスはいつもの調子で訊ねた。


「皇帝の治療をしてほしい、という依頼だったはずだが?」


 眼前に立っている皇帝は見る限りでは治療が必要なような様子はない。


「そのことだが……まぁ、まずは座ってくれ」


 皇帝とクリスがソファーに腰かける。皇帝はどこから話すか悩みながら話し出した。


「ご存知がどうか……私の父、先帝は若い頃から戦で負けたことはほとんどなく、皇子の頃からすでに戦神の子と呼ばれていた。その勢いは皇帝になっても衰えず、周辺諸国を次々と占領していった」


「有名な話だな」


「だが、先帝の興味は戦に勝つことだけだった。占領した土地のことは無関心で放置されていた。無法地帯となった土地は衰退し、反乱が起きた。それでも先帝は戦争に明け暮れていたため内政まで乱れ、国力は疲弊していた」


 若い執事がテーブルにカップを並べ、紅茶を注ぐ。皇帝は紅茶を飲んだが、クリスは手をつけることなく言った。


「国土を広げ、戦神の子と呼ばれているが、実際は暴君だったわけか」


 皇帝に仕えている騎士たちの気配が鋭くなる。だが皇帝は軽く手を上げて騎士たちを制した。


「そのとおりだ。側近たちがどれだけ情勢を訴えても耳を傾けることはなかった。このままでは国が亡ぶ。誰もがそう思った」


「だが、先帝は戦で傷を負い、休養のために訪れた国の姫と恋におち、穏やかな生活を求めて帝位を子に譲って隠居した、という話になっているが?」


「国の未来を危惧した側近や将軍とともに私が先帝を幽閉したのだ。だが、民から戦神の子と呼ばれ、崇められるほどの存在となった先帝が幽閉されたとなれば威厳は失墜して余計に国が乱れる可能性があった。だから、そのような話を作って広め、円満に世代交代したと民に印象付けたのだ」


「戦神の子という存在は民衆をまとめやすいし、敵対している国への牽制にもなるからな」


「そうだ。国の現状から戦を突然止めるわけにはいかず、先帝の存在や権力を示唆しながら国土を拡大させていった」


「それなら、今回は誰を治療すればいいのだ?」


 皇帝がテーブルにカップを置いた。


「先帝の治療を頼みたい。先帝の存在は国内だけでなく国外にも強い影響力を持つ。その先帝が呪いで死んだなどと……」


「呪い?」


「どの治療師が治療をしても、まったく変化がなく治らないのだ。呪いとしか考えられない」


「つまり、呪いにしか見えない状態ということか」


 考えるクリスに皇帝が身を乗り出す。


「治せるか?」


「診てみなければ分からん。場合によっては私の使用人の手が必要になるかもしれないし、まったく治せないかもしれない」


 騎士たちが鋭く睨むが、皇帝は気にすることなくクリスに言った。


「必要なものがあれば何でも言ってくれ。協力は惜しまない」


「まずは診てからだ」


「そうだな」


 皇帝が立ち上がると若い執事がドアを開けた。護衛の騎士たちを引きつれた皇帝とともにクリスは歩きだした。


 広い城内に足音だけが響く。人払いをしているのか誰ともすれ違わないどころか人の気配さえない。


 周囲を警戒する騎士たちに前後を挟まれたまま、ルドはクリスに寄り添うようにすぐ後ろを歩いていた。

 帝城の中心にある部屋に入る。そこには地下深くへ続く階段があった。暗く湿った空気が充満している中を降りていく。


 ルドは幼い頃から祖父や父に連れられて帝城に来ていた。その後、魔法騎士団に入隊してからは、仕事の関係で訪れる回数は自然と増えていた。

 そのため、帝城の構造は把握しているつもりだったのが、このような場所があることは知らなかった。


 長い階段を降りると鉄で造られた両開きの扉が現れた。見るからに重そうな扉を騎士が二人がかりで押し開けた。


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