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ルドの秘密の決意

 翌朝。カリストに起こされたクリスは髪を茶色にして質素な紐で一つに纏め、治療師の服に着替えた。いつもの服装になったことで、気分が落ち着くと同時に気が引き締まる。


 クリスは昨夜食事をした食堂へと移動した。


 食堂に入ると魔法騎士団の服を着たルドがいた。テーブルには向かい合うように二人分の朝食が準備してある。


「おはようございます」


「おはよう」


 クリスはルドと対面するように座ると食事を始めた。その姿にルドが安堵する。


「やはり師匠はその服が合いますね」


 そう言いながら朝食に手を伸ばしていたルドは硬直した。クリスから絶対零度の冷気が放出されている。顔は上げられない。もし顔を上げれば、そのまま氷漬けになる。


 クリスの口から氷の刃とともに言葉が発せられた。


「ここに来るまでの服装のことは忘れろ。忘れられないなら言え。忘れさせてやる」


 忘れさせるというのは魔法で、ではない。物理的に、だ。より詳しく言うなら、鈍器での頭部強打による忘却だ。


 それを直感で悟ったルドは顔を朝食に向けたまま慌てて大きく頷いた。


「忘れます! すぐに忘れます!」


「……ならいい」


 クリスからの冷気の放出が止まる。ルドが恐る恐る顔を上げるとクリスは普通に食べていたので、ほっとして朝食を手に取った。


「で、今日の予定は?」


 クリスからの質問に、先ほどの恐怖が残っているルドが背筋を伸ばして答える。


「はい! 本日はこの後、帝城に入りまして治療をして頂きます!」


「カリストとラミラは連れて行けるか?」


「……難しいと思います」


 基本的に奴隷は戦争で占領した他国民だ。国賓や皇帝が認めた者でなければ他国民は帝城に入ることが出来ない。


 奴隷である二人が帝城に入れないのは予想の範囲内であったのでクリスは軽く頷いた。


「そうか。治療方法によっては二人が必要になるが、その時はその時だな」


「はい」


「……帝城の中でも襲われる可能性があると思うか?」


 ルドの顔から表情が消える。


「それは分かりません。護衛は自分がしますので師匠は治療に専念して下さい」


「そこは任せるしかないな」


「師匠は絶対に守ります」


 琥珀の瞳がまっすぐ向けられる。クリスは顔を背けながら呟いた。


「そういうのは将来を添い遂げる相手に言え」


「え? よく聞こえなかったのですが……」


「いいから早く食え。さっさと治療を終わらせてオークニーに戻るぞ」


「……はい」


 すぐに返事をしなかったルドは無表情のまま黙って食べた。




 朝食を終えたクリスとルドが玄関に移動する。ドアを出ると馬車が停まっていた。


「馬車で帝城へ行きます」


「そうか」


 後ろで控えていたカリストがクリスに白色のストラを差し出す。


「お気を付けて」


「あぁ」


 クリスがカリストからストラを受け取る。手触りの良さも、治療院研究所の印がしてある金糸の刺繍も変わりない。

 クリスはいつものようにストラを首にかけて顔を上げた。


「行くか」


「はい」


 意を決した二人が馬車に乗ろうとしたところで、一頭の馬が勢いよく走ってきた。馬にはルドと同じ魔法騎士団の白い服を着た人間が乗っている。その姿を見てルドの顔が引きつった。


「師匠、早く馬車に……」


 ルドがクリスを馬車に乗せる前に馬が二人の前に到着した。


「ルド!」


 名前を呼ばれてルドは開き直ったように敬礼をした。


「お久しぶりです、アウルス副隊長」


 アウルスの短い金茶の髪が朝日に輝く。厳つい顔に青い瞳が鋭くルドを睨む。筋肉質で重そうな体だが動きは意外と身軽で、颯爽と馬から降りた。


 ルドがアウルスに訊ねる。


「どうして自分がここにいることが分かったのですか?」


「通信機でセルシティ第三皇子よりお前が帝都に来るから何かあったら助けるように、と指示があったのだ。それより、アレはどういうことだ!? 隊長から聞い……」


「待って下さい!」


 ルドは詰め寄ってきたアウルスの口を手でふさぐと、そのまま屋敷の中に引きずっていった。


「……なんなんだ?」


「犬がなにかやらかしたのかもしれませんね」


「そうだな」


 放置されたクリスとカリストは閉じていく玄関のドアを眺めていた。




 アウルスを無理やり玄関まで連れて来たルドはすぐに手を離して頭を下げた。


「失礼しました!」


 乱れた服装を直しながらアウルスが閉じた玄関のドアに視線を向ける。


「あの治療師には聞かれたくないのか」


「はい」


「だが、そのうち分かることだぞ」


「全てを終えたら自分から言いますので」


 アウルスが腕を組んでルドを睨む。


「終えられると思っているのか?」


「終わらせます」


 断言する琥珀の瞳にアウルスが盛大にため息を吐いた。


「そもそも、あんな手紙一枚でどうこうなる問題ではないだろ」


「近々、直接報告するつもりでした」


「直接言ったところで変わらんぞ」


「時間はかかるかもしれませんが貫きます」


「……ガスパル将軍には話したのか?」


「はい」


「反対されただろ」


「始めは反対されましたが、了承してくれました」


「そうだろう。反対され……って、了承された!?」


 驚くアウルスにルドがしっかりと頷く。


「はい」


「治療院研究所に入るのを説得するのに数年かかったのに!? どうやって、この短期間で!?」


「セルシティ第三皇子の許可も得ています」


「そうか! セルシティ第三皇子を巻き込んで懐柔したのか! ……いや。ガスパル将軍なら、それぐらいでは了承しないはず。それなら、どこから……」


 悩むアウルスにルドが頭を下げる。


「帝城に行かないといけませんので、失礼します」


「あ、おい!」


 ルドが外に出るとクリスは馬車に乗り込んでいた。ルドが素早く馬車に乗って御者に出発するように指示を出す。


「待て、ルド! 話は終わって……」


 叫ぶアウルスを無視して馬車は走り出した。


 背後から聞こえる大声にクリスは振り返らずにルドに訊ねた。


「アレはいいのか?」


「はい。今は任務のほうが重要ですから」


「確かに、そうだが……」


「帝城に入れば任務を優先するように命令が出ます。そうなれば接触はしてこないでしょう」


 ルドにしては珍しい突き放すような言い方にクリスがひっかかる。


「どうした? 喧嘩でもしたか?」


 思わぬ言葉にルドが吹き出した。


「いえ、そのようなことではありません」


「それならいい。それにしても面倒な依頼だな」


「師匠」


 皇帝の治療を面倒など、首を刎ねられる一言だ。だがクリスが冗談を言っている様子はなく、深緑の瞳をルドに向けた。


「もし国に命を狙われるようなことになったら、なりふり構わずにシェットランド領に入れ」


 今回の治療の相手は皇帝だ。もし何かあれば、その責を問われ、場合によっては命を出せと言われる可能性もある。


「シェットランド領に入れば全力で守る。たとえ国が相手でも問題はない」


「それだと場合によっては国と戦うことになりますよ」


 クリスが口角を上げる。


「私が勝利を見込めない戦をすると思うか?」


「え?」


「どれだけの戦力があろうとも頭を潰せば後は瓦解する」


「言うのは簡単ですが……」


 クリスの余裕がそれを実行することが出来ることを表している。


「どうやって……」


「まぁ、いろいろあるが……そうだな。カリストたちが乗ってきた乗り物はどうだ? 私の領地から半日もかからずに帝都まで来ることが出来るぞ。しかも、ここまで来るのに誰にも気づかれていない。それなら帝都への奇襲攻撃も簡単に出来るな」


 ルドの琥珀の瞳が丸くなる。クリスが念押しするように言った。


「理不尽なことで国に命を出す必要はない。なにかあればシェットランド領へ行け。いいな」


「……はい」


 馬車は門を通過して城内へと入っていった。


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