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夕食会

 夕食の準備ができたと声をかけられたクリスはカリストを従えて食堂に移動した。


 食堂は普通の部屋より少し広いぐらいで装飾品はなく、真ん中に大きめの四角いテーブルがあるだけだった。

 来客を迎えることがある食堂が質素なことにクリスは少し驚きながらも、ルドの隣の空いている椅子に座った。反対側にはエルネスタと四十代後半ぐらいの男性が座っている。


 エルネスタがクリスの髪を見て残念そうに言った。


「あら、髪の色を変えちゃったの? 金色で綺麗だったのに」


「普段はこの色ですので」


「さっきの服も似合っていたのに」


 名残惜しそうに見つめてくるエルネストからクリスは視線を逸らした。


「これが普段着ですから」


「今度、服をプレゼントするわ。あ、一緒に買い物に行くのもいいわね」


 エルネスタが嬉しそうに提案する。クリスがどう答えるか悩んでいると隣のルドが遮った。


「母上、師匠は遊びに来たのではありません。それより」


 ルドがエルネスタの隣に座っている男性を紹介した。


「師匠、こちらは私の父で、フィオリーノ・ガルメンディアです」


 白髪交じりの茶髪を頭に撫でつけ、深いシワと傷跡がある顔を険しくしている。隙のない鋭い気配のまま、琥珀の瞳でクリスを値踏みするように睨んだ。


 クリスがいつもの憮然とした表情で返すと、エルネスタがフィオリーノの背中を勢いよく叩いた。


「そんな顔をしていたらクリスちゃんが怖がるでしょ。もう、愛想よく笑顔の一つでもしなさいよ」


 この顔で笑ったら、それはそれで怖そうだが。


 クリスはそう思ったが言葉には出さずに黙った。

 エルネスタに背中を叩かれたフィオリーノは少し表情を崩して申し訳なさそうに言った。


「もともとこういう顔だ。だが警戒させてしまったなら、すまない。私がこの屋敷の主のフィオリーノだ。ゆっくり滞在してくれ。困ったことがあれば遠慮なく言ってほしい」


 予想外の言葉の内容にクリスは驚いた。自分に明らかな非があるわけではないのに先に謝るなど普通では考えられない。謝るということは相手を有利にさせることで、そこから付け込まれると考えられている。


 犬を育てた親だからな。


 クリスは妙なところで納得すると笑顔で応えた。


「シェトランド領主、クリスティアヌス・フェリシアーノだ。こちらこそ、突然の訪問にも関わらず良くしていただいて感謝している。帝都は初めてで、わからないことが多い。そのため迷惑をかけると思うが容赦していただきたい」


「それはもちろん。わからないことは何でも聞いてくれ」


「それは、ありがたい」


 クリスとフィオリーノが穏やかに話す姿にルドが小さく安堵する。

 フィオリーノは厳つい顔つきと、騎士特有の雰囲気のためか、初対面の人には恐れられることが多かった。それでクリスが委縮するとは思えなかったが、悪印象を与えて険悪な雰囲気になることは避けたかった。


 問題を一つ解消したルドは使用人に目配せして料理を持ってこさせた。




 夕食はまさかのシェットランドの郷土料理だった。とはいえ、手に入らない材料もあるため完全には再現できていなかったが、それでも十分なものだった。


 デザートが運ばれてくる前にクリスがそのことに触れた。


「まさかシェットランドの郷土料理が食べられるとは思わなかった」


「お味は良かったかしら?」


 エルネスタの問いにクリスが満足そうに頷く。


「あぁ。懐かしい味だった」


「カイ様が滞在されている時にシェットランドの郷土料理の作り方を教えていただいたの。お口に合って良かったわ」


 エルネスタが嬉しそうに話す。そこにカリストがティーカップを並べて、紅茶を淹れた。それを飲んだフィオリーノが鋭い目を丸くした。


「……美味いな。どこの茶葉だ?」


 カリストが優雅に微笑む。


「こちらのキッチンにありました水と茶葉をお借りして淹れました」


「ほう? いつもと同じものでここまで変わるのか」


 フィオリーノは素直に感心しながらも、近くにきたカリストを横目で観察している。

 クリスが紅茶を飲みながら言った。


「カリストが淹れる紅茶はなかなかのものでな。うちの使用人になる者には、まずカリストから紅茶の淹れ方を学ぶことになっている。とはいえ、この味を出せる者は少ししかいないがな」


「これは誰でも出せるような味ではないだろう」


「茶葉の状態や、その時の気候などで茶器を温める時間や茶葉を蒸らす時間を調節しておりますので」


「それは難しいな」


 フィオリーノは頷きながら、さり気なくティースプーンを手に取る。すかさずカリストが砂糖の入った容器を差し出した。


「いくつお入れいたしましょう?」


 フィオリーノの鋭い瞳をこの国では珍しい黒い瞳が受け流す。フィオリーノは笑いながらティースプーンを置いた。


「かなりの手練れだな。クリス殿は良い執事を雇っておられる」


「口うるさいがな」


「それぐらいが、よろしいぞ」


 和やかな雰囲気にルドが力を抜いた。


 フィオリーノはカリストの実力をみるためにティースプーンで攻撃しようとしたのだが、それを察したカリストが先手を打って制したのだ。

 傍から見れば紅茶に砂糖を入れようとしただけの光景だが、ルドはいち早く気づき、場合によってはフィオリーノを止めるつもりだった。


 気が抜けないルドに対して、クリスはくつろいでいた。ルドの両親とは初めての食事にも関わらず波長が合うのか意外と気楽に話せる。


 運ばれてきたデザートを食べながらフィオリーノはカリストに訊ねた。


「この国では見かけない髪と目の色だが、生まれはどこだ?」


 普通は執事など使用人のことはあるじに訊ねるのだが、フィオリーノは本人に質問をした。それは自分より身分が下の執事であっても一人の人間として対等に接していることの現れでもある。


 こういうところが合うのだろうな。


 クリスが納得している一方でカリストは困ったように微笑んでいた。その顔は並みの女性より儚く美しい。男とわかっていても思わず見惚れそうになる。だがフィオリーノには通じないらしく、眉一つ動かない。


 カリストは透き通る声で答えた。


「遥か東方です。この国とは交流がないほどの遠方ですので、ご存知ない国だと思います」


「ほう。そんな遠方から、なぜこの国に?」


「流れに乗っていたら、いつの間にかクリス様に拾われていました」


 そう言ってカリストがクリスに視線を向ける。クリスはデザートを食べる手を止めることなく言った。


「成り行きだな。私の使用人については私が全責任を負うし、腕もそれなりにたつ。心配されるな」


「失礼。そういうつもりではなかったのだがな」


 謝るフィオリーノにエルネスタが笑う。


「相変わらず腹の探り合いが苦手ね。クリスちゃんのことはルドが守るから大丈夫よ。ちょっと頼りないところがあるけどね」


「母上」


 睨むルドの隣でクリスが頷く。


「頼りないところの方が多いな」


「師匠!?」


 ルドが横を向くとクリスが吹き出すように笑った。気が抜けたクリスの自然な笑顔にルドが固まる。


「そんなに慌てることか?」


 ルドからの返事がない。


「どうした?」


 クリスが首を傾げながらルドに顔を近づける。


「い、いえ。なんでもありません」


 ルドが正面を向いて俯く。

 エルネスタが微笑みながらクリスに言った。


「帝都にいる間はここを自分の家だと思って使ってちょうだい。なんなら家族だと思ってくれてもいいわよ」


「え?」


 突然のことに困惑しているクリスにエルネスタが迫る。


「お母様って呼んでもいいわよ。ほら」


「おか? え?」


「母上」


 二人の間にルドが割って入る。


「師匠を困らせないで下さい」


「あら。でも家族のように接してほしいと思っているのは本当よ」


「それは、この食堂で食事をすると言った時に分かりました」


「どういうことだ?」


 首を傾げるクリスにルドが説明をする。


「ここは家族だけで食事をする時に使用する食堂です。来客時は別の広い食堂を使用します」


「あそこは広くて煌びやかだけど、食事をするには寂しいもの。ここの方が、みんなが近くて話しやすくて温かくなるの」


「あぁ」


 なんとなく分かったクリスは頷いた。豪華で広い食堂は見栄えは良いが食事をしている人たちとの距離が開いて会話も声を大きくしないと難しい。


「離れて食事をするのは寂しいからな」


「そうなの。さすがクリスちゃん。わかってくれて嬉しいわ。我が家の鈍い男どもとは違うわね」


 そう言ってエルネスタはフィオリーノとルドを見た後、視線をクリスに戻した。


「本当、クリスちゃんがうちの子ならいいのに」


 本気まじりの言葉にクリスは苦笑いしか出来なかった。



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