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犬の実家

 カリストの出現にルドは言葉を失いながらも頭をフル回転させて考えた。


「どうやって……あ! 影を使った魔法で来たのですか!?」


「それならカリストしか来れないな」


 ルドの考えを否定したクリスはカリストの後ろから現れたラミラに声をかけた。


「他に誰が一緒に来た?」


「アンドレです」


 クリスが意外そうに首を傾げる。


「カルラは来なかったのか?」


「非常に来たがっていましたが、ナタリオがいますから」


「あぁ、ナタリオを一人にするわけにはいかないからな」


 ラミラがいつものメイド服姿でクリスから包帯を受け取る。長距離移動をしてきたとは思えないほど、いつも通りのラミラの様子にルドが困惑する。


「一体どうやって、ここまで来たのですか!?」


 混乱しているルドにクリスが軽く笑う。


「機会があれば乗せてやろう。お前が苦手なクルマより速いがな」


「クルマより速い!?」


「あぁ。あれなら私の領地からでも一日あれば、ここまで来れるからな。いや、一日かからないか」


「一日かからない!?」


 呆然としているところに屋敷の中から歓喜の声が響いた。


「あなたがクリスちゃんね! カイ様のご令孫とお会い出来て嬉しいわ!」


 赤髪を一つに纏めた婦人が嬉しそうに小走りでクリスの前に来た。


「待っていたのよ! 入って、入って」


 勢いよくクリスの手を握ると、そのまま屋敷の中へ引きずり込んでいく。


「え? は?」


 クリスはこの婦人が何者なのかルドに視線で説明を求めたが、呆然としているため届かなかった。

 その間にも婦人からの質問攻めが続く。


「疲れたでしょ? 喉は乾いてない? お腹空いてない? お菓子を用意して待っていたのよ。 甘いものは好き? こっちよ。来て、来て」


 ルドが使い物にならないと判断したクリスはカリストに視線を向けたが、肩をすくめただけで動きはなかった。逆らうな、ということだと感じたクリスは黙って婦人に連行された。


 連れていかれた部屋は穏やかな夕日が差し込むサロンだった。テーブルの真ん中にはガラスの花瓶があり花が活けられている。


「さぁ、どうぞ。飲み物は紅茶がいいかしら? それとも珈琲?」


「……紅茶を」


「砂糖は? ミルクはいる?」


「いや、そのままで」


 婦人が連れて来たメイドがクリスの前にティーカップを置いて紅茶を注ぐ。婦人もメイドもクリスの髪と目を見ても驚かない。それどころか婦人に至っては嬉しそうにクリスの髪と目を見つめている。


 その熱心な視線にクリスが居心地の悪さを感じていると、婦人が思い出したように手を叩いた。


「そう、そう。まだ名前を言っていなかったわね。私はエルネスタ・ガルメンディア。オークニーでは父を助けてもらったそうで、ありがとう」


「父?」


「私の父はガスパル・マルティ。時々、腰の辺りに激痛が走っていたんだけど、あなたが治療してから一切なくなったって喜んでいたわ」


 クリスは腰の激痛で街の治療院に駆け込んだガスパルを治療したことがあった。そしてガスパルはルドの祖父である。ということは、この女性は……


 クリスが答えにたどり着いたところで婦人が微笑んだ。


「ルドヴィクスの母よ」


「い……」


 犬、と言いかけてクリスは自分の口を手でふさいだ。いくら自分の弟子とはいえ、その親の前で犬というのは失礼すぎる。


 クリスはグッと言葉を飲みこむと、誤魔化すようにカップを手に取った。そこにフラフラとルドが入ってきた。その姿を見たエルネスタが満面の笑顔で出迎える。


「良くやった!」


 げんなりとした顔のルドが訊ねる。


「……なにがですか?」


「カイ様のご令孫をよく連れて来たわ!」


「……母上のためにお連れしたわけではありません」


 この少しの間で明らかに疲弊したルドがヨロヨロと椅子に座る。


「これだけでも、あなたを生んで育てたかいがあったわ」


 暴走している母にルドは頭を抱えた。


「どうして、この方のことをご存知なんですか? 自分は何も知らせていませんが」


「あなたがカイ様のご令孫に弟子入りしたことは父様から聞いていたわ。それなのに、あなたは何にも言わないんだから。この一年ずっとオークニーに行きたくて、うずうずしていたのよ。そこに今朝、カイ様のご令孫の執事とメイドが現れて、夕方には到着するって言うじゃない! 慌ててお迎えの準備をしたわ」


 黙って様子をうかがっていたクリスが口を挟んだ。


「あの、ご婦人……」


「まぁ! ご婦人なんて余所余所しい言い方しないで、エルって呼んで」


 まるで十代のような軽い話し方と笑顔。その雰囲気にクリスはいろいろと諦めた。


「では、エル殿。あなたは私の先代の領主をご存知なのですか?」


「えぇ。カイ様は私の父の友人で、この屋敷にも遊びに来られたことがあるのよ。初めてお会いした時の感動は今も鮮明に覚えているわ」


 エルネスタはまるで片思いの相手を思い出しているかのように目をキラキラ輝かせて語りだした。


「あれは私が七歳の誕生日の時だったわ。いつもと同じ人たちに、いつもと同じように、いつもと同じ祝いの言葉をかけられていたの。毎年同じことの繰り返しで私は内心飽き飽きしていたわ。でも、みんな私のために集まってくれたのだから、って我慢して笑顔で迎えていたの」


 エルネスタが残念そうに首を横に振った。


「あの頃の私は若かったのよね。周囲の大人が言うことを疑いもせず、そのまま受け入れていたわ。けど、それが全て変わったの。カイ様に出会って」


 エルネスタの茶色の瞳が再び輝く。


「全てを超越された方だったわ。常識なんかに囚われない素晴らしい人で、衝撃的だった。私はカイ様のようには生きられないけど、せめて我慢して生きるのは止めようと思ったの」


「それは、せめて、というものではないと思いますが……」


 つい言葉に出してしまったルドがエルネスタに睨まれる。


「カイ様の生き方に比べれば些細なものよ」


 力強く断言され、ルドがクリスに疑問の視線を向ける。クリスはルドの視線から逃げながら頷いた。


「まあ、いろいろと規格外の人ではある。豪傑という二つ名がついたぐらいだからな」


「確かに、それぐらいでなければ豪傑なんて二つ名はつかないでしょうけど……」


 具体的にはどういうことをしたのか知りたそうなルドにクリスは顔を逸らしたまま言った。


「そういうことは私よりお前の祖父のほうが詳しいと思うぞ」


「……そうですか」


 話したくないという雰囲気のクリスにルドが聞き出すことを諦める。そこにエルネスタが訳知り顔で微笑んだ。


「もっとお話ししたかったんだけど旅の疲れもあるでしょうし、今日はこれぐらいにしましょう。次はあなたのお話しを聞かせてね、クリスちゃん」


 エルネスタの呼び方にクリスではなくルドの肩眉が上がる。


「母上。ティア……いえ、師匠は理由があってこのような格好をされていますが男性です。そのように呼ぶのは失礼になります」


「あら、別にいいじゃない。私がそう呼びたいと思ったんだから」


「いえ、それでも……」


「私はかまわない」


「え!?」


 クリスの意外な言葉にルドが言葉を止める。


「いいのですか!?」


「あぁ。それより休みたいのだが」


「お部屋と風呂の準備が出来ております」


 カリストが自分が仕えている屋敷のように話す。クリスがエルネスタを見る。


「ゆっくりお湯に浸かっていらっしゃい。夕食の時に主人を紹介したいから一緒に食べてくれると嬉しいわ」


「わかった。お心遣い感謝する」


 クリスは軽く頭を下げるとカリストに案内されてサロンから出て行った。


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