鬼ごっこ
王都→帝都
王→皇帝
いままで使っていた単語を変更しています(*- -)(*_ _)ペコリ
ルドは部屋に仕掛けた罠の最終確認すると、ベッドの前にあるドアに背を向けて腰を下ろした。そのまま周囲を警戒しながら目を閉じる。
こうして警戒しながら寝ることは訓練で散々してきたし、戦場でも何度も経験してきた。その時と比べれば雨風が防げる建物の中というだけで、かなり楽だ。
今のところ始めにクリスを捕まえようとしていた連中の姿はない。たぶん、このまま帝都まで会うことはないだろう。むしろ帝都に到着した後の方が警戒しなければならない。目的地が帝都であることは知られているだろうし、あそこには様々な人が集まる。
ルドは琥珀の瞳を薄く開けた。
クリスを捕まえようとした連中はこの国の服を着ていたが、わずかな顔立ちの違いと言葉の訛りから他国民のような感じがした。雇い主が他国の仕業に見せかけるために他国民を雇ったのか、もしくは……
「どちらにせよ、守り抜くだけだ」
ルドは顔を上げるとベッドの上にある丸い布団に視線を向けた。規則正しく上下に動く布団を見て安堵する。宿のベッドでもクリスは問題なく眠れているようだ。
「疲れているのだろうな……」
呟きとともに先ほどの光景がルドの脳裏に浮かんだ。
クリスの体を支えるために咄嗟に左腕をまわしたが、腰が細く体が柔らかいことに驚いた。薄手の絹の寝間着だったので、いつもと感触が違ったのだろう。
突然のことに謝ろうとクリスの顔を見ると、薄暗い部屋でも分かるほどに真っ赤になっていた。それは普段の冷静な態度からは想像できない表情で、そのためか可愛らしいと思ってしまった。
しかもシーツに広がった金髪は黄金のように輝き、潤んだ深緑の瞳は翡翠のように美しく、唇は花びらのように色鮮やかだった。
それはまるで……
「考えるな」
ルドは諌めるように言いながら頭を激しく横に振ると、再び目を閉じた。
太陽が昇る前。空が白くなってきた頃、ルドは起床した。クリスを起こさないように静かに軽く体を動かす。いつもなら鍛練をするところだが、柔軟体操だけで終わらせる。
そして、丸くなっている布団に声をかけた。
「おはようございます。朝、早くて申し訳ないのですが、そろそろ起きて下さい」
もぞもぞと布団が動くと金髪と顔だけが出てきた。
「……朝か」
「ベッピーノが本格的に自分たちを探しだす前にここから出ないといけませんので」
「……そうか。それは急がないといけないな」
クリスが自分の影に手を突っ込み探るような動作をする。そして何かを掴むと引き抜いた。クリスの手には治療師の服が握られており、そのまま無言で寝間着のボタンを外し始めた。
そのことにルドが慌ててクリスを止める。
「待って下さい。治療師の服では目立ちますから。セルが用意した服はありませんか?」
「……ん? あぁ」
明らかに寝ぼけているクリスは再び影に手を突っ込むとすぐに引き抜いた。その手には深緑の上着と黒いスカートがある。
「良かった。では、それに着替えて下さい」
「そうだな。着替え……」
そこでクリスは目の前にルドがいることに気が付いた。そのまま顔を赤くして治療師の服を投げつける。
「人の着替えを見るのがお前の趣味か!?」
「あ、いえ。そんなことは……」
「なら部屋の外に出ていろ! よしと言うまで入ってくるな!」
「はい!」
クリスの剣幕に押されてルドが慌てて部屋から出て行く。
「鈍すぎるだろ」
クリスは文句を言いながら服を着替えると魔法で水を出して顔を洗い、身なりを整えた。
「……入っていいぞ」
ルドは部屋に入るとクリスに投げつけられた治療師の服を差し出した。
「あの、これはどうしますか?」
クリスは治療師の服を無造作に取ると、そのまま影の中に突っ込んだ。そして茶色のコートを取り出すと、それを着てから目に包帯を巻いてフードを被った。
「影の中に収納できる魔法ですか?」
「カリストが便利だから、と私の影に魔法をかけたのだ。なんでも入れられるらしいが、入れた物の重さが私にかかるから重い物は入れられないのが問題だ。まあ、服の一着や二着なら軽いから役には立っているな」
「十分、便利な魔法ですよ。普通ならカバンとかの魔法具が必要ですから」
感心しているルドにクリスが欠伸をする。
「こうなることは予想外だったがな。で、出発するのか?」
「はい。朝食は街を出て落ち着いたら食べますので。今はとにかくこの街から出ましょう」
「だが、検問所はどうする? 絶対止められるぞ」
「そこはコッソリ抜けましょう」
ルドはサイドテーブルに銀貨を置くとクリスとともに部屋から出て行った。
宿の厩から昨日預けた馬を出すと、ルドは馬の首を撫でながら声をかけた。
「悪いが今日もしっかり走ってくれ」
馬が応えるようにルドに額をこすりつける。ルドは馬にまたがるとクリスを引っ張り上げるように馬の背に乗せた。
馬が検問所へと走り出す。検問所の前には予想通り憲兵がネズミ一匹通さない勢いでズラリと並んでいた。その鬼気迫る気配は包帯で目を隠しているクリスでも分かるほどだ。
「昨日の失態の口封じをなにがなんでもしたいようだな。どうやって検問所を通り抜けるんだ?」
「任せて下さい。しばらく声を出さないで下さい」
クリスが無言で頷く。ルドは馬の蹄を響かせながら走り出した。その音に憲兵がすぐに気づく。
「いたぞ!」
「止まれ!」
憲兵が口々に叫びながら、こちらに向かってくる。ルドは検問所の手前の角を曲がった。
「待て!」
「逃げられないぞ!」
予想通り追いかけてきた憲兵をルドが振り返りながら確認する。憲兵が確認できるところで次々と角を曲がり、街中へと入っていく。
「一班は左から大回りして背後へ回れ! 二班は右側から回って退路を絶て! 三班はこのまま追いかけろ!」
憲兵が三組に分かれて走り出す。そこに別の検問所にいた憲兵が集団で現れた。
「状況は?」
「城の南壁に追い詰めている途中だ」
「では、そこを中心に取り囲もう。南壁に通じる道を全て封じろ!」
「はっ!」
集まっていた憲兵が一気に散らばる。
ルドは次々と角を曲がって街中を走り抜けていたが徐々に憲兵と出会う回数が増えてきた。その度に進路を変えて走っていく。自然と走れる道は決まっていき、眼前に城の城壁が立ちはだかった。
眼前には高くそびえる壁。背後は隙間なく並ぶ憲兵たち。ルドが馬を止めて振り返る。
憲兵の一人が剣を抜きながら前に出てきた。
「逃げ場はない! 大人しく投降しろ!」
そこに爆発音が響いた。街中の数か所から黒煙が上がる。
「何事だ!?」
憲兵たちの注意がルドから逸れて黒煙が上がっている方に向く。だが、すぐに意識は目の前の獲物に戻った。
「まずは、こいつらを捕らえ……どこに行った!?」
目を離した一瞬でルドどころか馬まで跡形もなく消えいていた。憲兵たちが一斉にルドたちが立っていた場所に集まる。
「抜け穴はない!」
「城壁を越えたのか?」
「馬を連れては無理だ!」
「どこに行ったか誰か見ていないのか!?」
「ここから音もなく馬と逃げるのは不可能だ!」
「どうなっている!?」
バラバラに騒ぐ憲兵たちを一喝する声が響いた。
「遠くには行っていないはずだ! すぐに街中を探せ! 各部隊の一班は黒煙が上がっている場所へ直行して報告しろ!」
『はっ!』
憲兵たちは数人で一組になり街中に散った。