日常パート
わたしは、教師である父を尊敬していました。
母の再婚相手であるため血は繋がっていませんが、それでもわたしのことを実の娘のように可愛がってくれ、しかし決して甘やかさず厳しくしっかり育ててくれました。
そのお陰もあってか、わたしは物事の本質を見極める素質が同年代の人達よりも高くあったと思います。
豊かな暮らしではなかったものの、父と母の三人で何の変哲もない――今思えば幸せな生活を送っていました。
じめじめした梅雨が開けて少し経ってからのことです。父が女生徒に淫行を働いたとして教職を続けられなくなりました。
真面目な父がそのような行為をするはずがないことはもちろん、わたしも母も理解しています。
偉い人達に抗議をしてもわたし共の話などは全く聞く気がないようで、札束の入った封筒が職員からの返事でした。
それが口止め料なのか示談金なのかは判断できませんが、受け取ってしまえばもうこれ以上の追及は許されないことだけはわかりました。
ところが、絶対に受け取らないと心に決めたわたしに反し、母は折れて封筒を掴んでしまい、この話はおしまいになります。
きっと、わたしを育てていくためにお金が必要なのでしょう。たとえ父の汚名を返上する機会がなくなっても、母を責めることはできませんでした。
これから新たなる戦いの物語が始まるのです。
母は受け取った封筒の中から必要であろう分だけを抜き出すと、残り全額を憔悴しきっている父に渡しました。
封筒は父が思い切り握り締めるせいでぐしゃりと曲がり、涙で濡れてよれよれになっていました。
わたしは父が担任をしている今年度のクラス写真を探しました。
このクラスを受け持つようになってから父の様子が少しおかしかったのですが、わたしと母は仕事が忙しいのだろうと勝手に解釈をして、ゆっくり休んでもらえるように学校の話題を避けていました。
今にして思えば、その頃から父は何らかのトラブルに巻き込まれていたのでしょう。気付けなかったことが悔しくてなりません。
クラス写真を見て、一目で大体のことがわかりました。
蜜原蜂野。この女生徒一人だけが写真の中で浮いている気がしたのです。身なりが小綺麗とでもいいましょうか。むしろ彼女以外の生徒がどこか小汚く感じられ、蜜原蜂野と周囲の歪な関係が表れていました。わたしでなければ見逃していたことでしょう。
おそらく蜜原蜂野が卑劣な手を使い、父を追い込んだに違いありません。
父の人生が狂わされたように、この女の人生も滅茶苦茶にしなければ、わたしの気が済みません。
蜜原蜂野。蜜原蜂野。蜜原蜂野。
その美しく整った憎たらしい顔を決して忘れることがないよう毎日睨み、この目に焼き付けていきました。
頭脳に置いてはわたしの方が優れているに違いないのですから、すぐに復讐を果たせることでしょう。
父が少しずつ元気を取り戻し、外を歩けるようにまで心が回復したことは、そんなわたしにとってささやかな喜びでした。
久しぶりの外出から帰ってきた父の手には缶や瓶が入ったビニール袋がぶら下がっており、中身はお酒のようでした。
父が家でお酒を飲むなんて、初めてのことだったかもしれません。
真人間だった父の意外な一面に、興奮と安堵が混ざったような、心が数センチメートル浮いたような、どきどきとわくわくとした不思議な気分になり、思わず母に父のことを話すと母も同じ気持ちだったようで、二人でにやにやしながら、お酒を飲む父を眺めていました。
缶も瓶も空になると、父は再びお酒を買ってきました。
それも飲み干せば、またもや買ってくるものはもちろんお酒です。
ひたすら同じ行為を繰り返しているようでしたが、それでも機械のごとく全く変わりない動作をするわけではなく、少しずつ行動パターンが増えていきました。
まずお酒を飲むスピードが上がり、それと比例するように飲む量も多くなりました。
お酒の空き瓶が増えるに連れて、父の口から暴言が飛び出るようになりました。
いつの間にか暴言は母とわたしに向けて吐かれるようになり、次第に暴行へ変わっていきました。
わたしの憎しみの対象も、一人増えてしまいました。
元々血が繋がっていないのですから、そんなものなのでしょう。
夏休みに入り家にいる時間が長くなれば、当然ながら殴られることも更に多くなりました。
家の外へ逃げようにも、父が働かずお金がないためどこにも行くことができません。淫行教師の娘を泊めてくれるクラスメイトだっていません。
お酒の飲み過ぎでお金がなくなった父は遂に生活費に手を出し始め、そのせいで母は働かざるを得なくなり、わたしは父と二人だけで過ごす時間が増えました。
わたしを見る父の目に変な熱がこもっていることは以前より感じていたので警戒はだいぶしていたのですが、大の大人を相手に勉強しか取り柄のない子供が敵うはずもなく、すぐに組み敷かれ性的暴行を受けてしまいました。
体も心も痛かったです。
好きな人との幸せを夢見ていた行為は、吐き気がするほど気持ちの悪いものにすり変わりました。
実際にわたしが嘔吐したところで父が止まることはなく、それから毎日のように、母が出掛けてから帰ってくるまでの間ずっと犯されていました。
泣き叫んでも喚いても暴れても、結果は変わりませんでした。
偶然か奇跡か、仕事に行った母が予定より早く帰ってきた日がありまして、わたしはその「ただいま」という声に最大級の感謝を捧げ、苦痛に歪んでいた顔は思わず綻んでいました。
相変わらず父はわたしの上に乗り腰を振っています。
この姿を見ればきっと母は怒り狂い、父を追い出してくれることでしょう。
異様な雰囲気を察したのか、母の足音は恐る恐るといった感じでゆっくりとこちらへ近付いてきます。
覗き込むように顔だけ見せる母の目と、救いを求めるわたしの目が確実に合いました。
そのときの母の動きは驚くべき速さでした。
わたしたちの横を通り過ぎると必要な荷物だけまとめて家を出ていきました。
母が帰ってくることは二度となく、父は一日中わたしを求めるようになりました。
一つ、父がお酒以外にお弁当を買ってくるようになったことは称えることでしょうか。
日夜父の都合で振り回され、僅かな隙間の時間で少しだけ眠る生活を繰り返すことで、わたしの中の日付の感覚も時間の感覚も薄れていきました。
母に見捨てられたことも重なり、思考や感情がどんどん麻痺していきました。